青い日記帳 

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「藤原道長展」

京都国立博物館で開催された
特別展覧会「金峯山埋経一千年記念 藤原道長 極めた栄華・願った浄土」展に
行って来ました。(展覧会は5月27日で終了)



相国寺の「若冲展」へ行く前に時間があったので、
目覚ましついでに京博にまず立寄って「お宝」鑑賞。

のつもりが、とんでもない。「ついで」だなんてゴメン。
おかげで目が爛々と冴え渡りました。京都畏るべし。

↓これが有名な道長が書いた日記、国宝「御堂関白記」

じゃなくて出展リストの一部。
赤点を付けたところは「重要文化財」もしくは「国宝」
140点あまりの出展作品のうち重文でも国宝でもないものを探すほうが大変。

因みに本物の国宝「御堂関白記」はこちら。

寛弘四年八月に記された日記。
因みに寛弘四年は西暦で1007年。
そう今から丁度一千年前に書かれたものです。

レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿が今から遡ること約500年前。
イタリアに比べ紙にとって決して条件の良くない高温多湿の日本で
1000年もの永い年月を経てもかくも立派に現存しているとは驚き。
って言うか、まさに奇跡です。悠久の歴史に思いを馳せることしばし。

因みにこの「御堂関白記」来年東京でも公開されます!
特別展 陽明文庫創立70周年記念「宮廷のみやび―近衞家1000年の名宝」 2008年1月2日(水)〜2月24日(日) 東京国立博物館
藤原北家の流れをくむ近衞家の当主で内閣総理大臣であった近衞文麿が設立した陽明文庫には、千年余りに渡って伝わった宝物が約20万点(うち国宝は8件、重要文化財は59件)も収蔵されています。このコレクションを中心に、近衞家の名宝を一挙に公開します。

京博の今回の展覧会見せ方が上手だな〜と感心しました。
第一章から第四章まで重文、国宝山ほど散りばめつつ豪華な前フリが。
(前フリと言っても、こんな度肝を抜くオオモノも)
大阪・安岡寺蔵
重要文化財「千手観音坐像
同じ千手観音様でも博物館の道を挟んである三十三間堂のそれとは随分と違った印象を与えます。第一印象「何だこれ!!」でした。

そしていよいよ、今回の目玉である国宝「金銅藤原道長経筒」の展示されている部屋へ導き、そこで圧倒的な「威厳」を見せつけるように動線が引かれていました。

京都・同聚院蔵
中心のその展示室には唯一道長が本願し彫らせた需要文化財「不動明王坐像」(仏師康尚)が鎮座し、その脇には極楽往生を具現化した巨大な国宝「子島曼荼羅図のうち金剛界」が掛けられていました。

奈良・子嶋寺蔵
画像ではこの曼荼羅図の100分の一の迫力も伝えられませんが
これ高さ3.5mもある巨大な且つ荘厳なそして圧倒的なものです。

ヨーロッパの大きな教会に入るとその荘厳さに同じく圧倒されますが
それと同じような体験を京博にて出来るとは。目が覚めるどころか
体中に電気が走り佇立した後、ひれ伏してしまいそうになりました。

そしていよいよ真打登場。
奈良・金峯神社蔵
国宝「金銅藤原道長経筒
 今回の特別展覧会の主役がこの経筒である。ちょうど1000年前の寛弘4年(1007)8月11日に金峯山(きんぷせん)山上に埋められた。そのことは銘文と道長の日記「御堂関白記(みどうかんぱくき)」の記述から明白である。
 高さ約36センチ。鍍金(ときん)が施され今も金色に輝いている。その表面には500字余の願文が刻まれていて、道長が釈迦や弥勒や蔵王権現に経巻を捧げた意図がよく分かる。釈迦へは感謝を。阿弥陀には極楽往生を。そして弥勒がこの世に現れる56億7000万年後までこの経巻を保管することが最大の目的だったのだ。
 元禄年間に山上から出土し、今に伝わる。平安時代で最も有名な貴族、藤原道長のこの金銅経筒が現存することは日本史の奇跡のひとつと言えよう。

(京都国立博物館学芸課考古室長 宮川禎一)

拡大してみると…

「道長」と「寛弘四年」の文字がはっきりと刻まれているの分ります。

「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と
詠んだとされる道長自身がこの経筒を埋納する為に大和吉野山の更に奥、
金峯山(奈良県天川村山上ヶ岳)まで京の都から出向いたわけです。
当時の貴族たちの信仰心の厚さ推して知るべし。

しかも道中も毎日きちんと「御堂関白記」を記していたのですから
道長さんって結構マメだったことも分ります。中々出来ることじゃありません。

『伊勢物語』の主人公とされる在原業平も「まめな男」と記されています。
尤も彼の場合は主に女性関係にマメだったようですが。。。

道長と宮廷社会
道長と宮廷社会
大津 透

それでは、「今日の一枚


鬼瓦」です。
ただし、そんじょそこいらの鬼瓦ではありません。
平安京豊楽殿跡から出土した平安京の一隅を守っていた9世紀に作られた鬼瓦です。何だかこれに妙に惹かれました。大切に守られてきたお経や日記、仏像とは違い平安京の香をダイレクトに伝えてくれるそんな気がしました。
この割れ具合もまたをかし。

おまけ:京都国立博物館が放つ次なる特別展覧会はこれ!

特別展覧会「狩野永徳」 10月16日〜11月18日

秋にまた来なさいとおっしゃるのか。。。

因みに「若冲展」図録売り切れてしまったそうです。
図録通信販売のお知らせ

http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1027
「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」
  平安時代を代表する貴族藤原道長(966〜1027)が寛仁二年に詠んだこの和歌は日本人に良く知られています。私たちが平安貴族の時代として想起するのはこの藤原道長の頃ということができるでしょう。道長は左大臣であった寛弘四年に自ら書写した紺紙金字の経巻を光り輝く金銅製の経筒に納め、大和吉野山のさらに奥、金峯山(現奈良県天川村山上ヶ岳)に登山して埋納しました。この寛弘四年は西暦に直すと1007年のこと。今年平成19年(2007)はそれからちょうど一千年目に当たります。
  平安時代の貴族にとって御嶽詣(金峯山参詣)は大変重要な宗教行事のひとつであり、一生に一度は金峯山登山を志すものでした。江戸時代元禄年間に山上ヶ岳から出土した金銅経筒の中からは道長自筆の経巻が見つかっています。またその経筒の表面には五百字余の願文が刻まれていて、道長が法華経や阿弥陀経・弥勒経などに込めた願いが詳しく説明されています。道長は弥勒が現れる五十六億七千万年後の未来に向けて自らの経巻を残そうとしていました。じつは道長はこの寛弘四年八月の金峯山参詣の様子を自筆の日記「御堂関白記」に詳細に書き残しています。おかげで千年後の私たちが京都から金峯山までの行程を具体的に知ることができるのです。
  山上ヶ岳からはこの道長の経筒以外にも豪華な経箱や蔵王権現の像や鏡像、様々な奉納品が出土しており「金峯山経塚」と呼ばれています。この道長の金峯山参詣と埋経が平安時代後期に日本各地で流行する経塚造営のさきがけとなった点で高く評価されています。
  道長の時代は律令体制から中世への変換点にあたる歴史的に重要な時期とされています。また「枕草子」や「源氏物語」をはじめとする女流文学が開花した時代でもありました。さらに美術的・工芸的にも画期をなす時代でした。今回の展覧会では、道長の「御堂関白記」をはじめ藤原実資の「小右記」、藤原行成の「行成卿記(権記)」など同時代の貴族の日記類や、宋代の仏画・経典・陶磁器など同時代の中国のもの、浄土信仰と末法思想を表す仏画や経典、道長の時代の工芸品や仏像、金峯山経塚関係の遺物や京都周辺の経塚関係資料、道長が造営した浄妙寺や法成寺の跡から出土した瓦など、あわせて約140件を展示します。この展覧会を通じて藤原道長の極めた栄華と願った浄土の様相をご理解いただけたらと考えています。

展覧会 | permalink | comments(8) | trackbacks(3)

この記事に対するコメント

うぅぅー
行けばよかった。
hyattに泊まっていて目の前だったのに、行きませんでした。
無念。
/m | 2007/05/29 6:02 AM
奥の真中の部屋の展観は圧巻でしたよね♪
真っ赤な壁紙の前に「不動明王坐像」!!そして「子島曼荼羅図のうち金剛界」効果的な演出でした。経筒が並びつづけたり(苦笑) 文書類がおおい展観で ややもすると ちょっと疲れてしまいそうなときに あの インパクト!!
ググっときてしまいました。

永徳展のパンフ置いてましたね(まだ裏の印刷なかったけど。。) そう言えばニ三日前の新聞に 聚光院の永徳・親子襖絵デジタル画像に金の絵の具を施したレプリカが聚光院に収まったと出ていました。来月の利休忌に見に行ってみようと思ってイマス。(非公開寺院だけど利休忌の月釜には入れるんですよ。)
十六夜 | 2007/05/29 8:05 AM
こんにちは
大盛況でした。
そんな善男善女の中、ブツゾーにオビエル私です。
でもラストの獅子吼観音は可愛かったです。
大峯山の地図には感心しました。
平安貴族は信仰にかこつけて結構遠い難所にも出かけているのが面白いです。
実際自分がバスツアーなどで行くと、大抵実感として「遠いなあ」と。
それを公共交通機関ナシで行くのですから、えらいものです。

永徳展に上杉本が来るようです。
遊行七恵 | 2007/05/29 10:24 AM
いい展覧会でしたね。
そして、あんな偶然にもびっくりでしたね。

それにしても、東京もすごいけど、京都も奈良も、
国立博物館は常展示だって宝の山でしたね。
リセ | 2007/05/29 7:32 PM
展覧会、規模が大きかったですね。

若冲のあとで、エネルギー切れでした。
あんまりきちんと見切れていなくて
勿体なかったような気がします。

金峯山参拝にかける信仰心が、代々に渡って
受け継がれて行くというところまでは
何とか受けとめることができました。
ヤンバル | 2007/05/29 11:08 PM
@/mさん
こんばんは。

ハイアットだったら目の前じゃないですか!
ちょいともったいなかったですね。
常設に若冲もありましたよ。

@十六夜さん
こんばんは。

あの真ん中の部屋あえてああいう展示にしたのでしょうか
度肝抜かれました。良い案だと思います。
展覧会も見せ方工夫すると随分と印象違います。

>経筒が並びつづけたり
ですね。一時はどうなるかと。。。

聚光院良いですね。
随分と派手なことやらかしてくれますね。
狩野派だから出来る業。
日記楽しみにしています!

@遊行七恵さん
こんばんは。
TBありがとうございました。

仏像苦手とはこれ意外。
遊行さんにも不得手なものあったとは。
すぐ影響されて大峯山に行ってみたいと
思ったのですが、文明の利器利用して
行ったのでは全く無意味ですよね。

>永徳展に上杉本が来るようです。
ムム。。。やはり行かねば…

@リセさん
こんばんは。

しましまぁ会場内でばったりとお会いするとは
夢にも思いませんでした。奇跡は起こるものなのですね。

奈良博もこの次の日行ったのですが
それこそ宝の山山山でした。

@ヤンバルさん
こんばんは。

エネルギー切れ程度の状態が
丁度良かったかもしれません。
朝一で出かけて心底疲れましたので。

山に対する信仰、日本でも二系列あると
どこかで読みました。それが繋がらないのが
私の駄目なところです。
Tak管理人 | 2007/05/29 11:34 PM
こんにちは。
内容を再確認して、改めて凄い展示だったのだと思いました。
あれほどの栄華を極めても遺構はほとんど現存しないことからも、盛者必衰の理をあらわすですね。

不動明王と経筒が印象に残ったのですが、金峯山道中記に泊まったことのある僧坊が登場するのも歴史が感じられて良かったです。
mizdesign | 2007/06/01 1:54 PM
@mizdesignさん
こんばんは。

若冲展の予習にしては凄すぎましたね。
目に毒です。ある意味。

貴族たちは信仰心もあったでしょうが
もっと別の何かが旅に駆り立てたのでは
ないかと塑像したりもしてしまいました。
Tak管理人 | 2007/06/02 11:24 PM
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