![]() 2007.09.28 Friday
「フェルメール 「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展」
国立新美術館で開催中の
国立新美術館開館記念「アムステルダム国立美術館所蔵 フェルメール 「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展」に行って来ました。 ![]() アムステルダム国立美術館(通称ライクス)にアスベスト問題が降って湧いたのが2003年5月。本館を閉館しフェルメールやレンブラントの作品もしばらく観られないのかと落胆していたら、主だった作品(マスターピース)を特別展示場のフィリップス・ウイングで公開と決まり一安心。 ![]() 1998年7月閉鎖前のライクスにて撮影。 ![]() 2005年3月フィリップス・ウイングにて撮影。 初めて実物をこの目で見たフェルメール作品が「牛乳を注ぐ女」こともあり、想い入れもひとしお。過去に数える程度しか貸し出されていないこの作品が日本で観られるという僥倖。実物を目にしてもイマイチ信じられないのが実情です。 ![]() Johannes Vermeer, 1632-1675 (Rijksmuseum Dossiers) Mariet Westermann さて、フェルメールの作品が一点だけ来日し注目を浴びた展覧会は今までにも何度もあります。2000年以降だけでも、『恋文』:「レンブラント、フェルメールとその時代展」(国立西洋美術館他)、『絵画芸術』:「栄光のオランダ・フランドル絵画展」(東京都美術館他)、『窓辺で手紙を読む女』:「ドレスデン国立美術館展―世界の鏡展」(国立西洋美術館他)、『恋文』:「アムステルダム国立美術館展」(兵庫県立美術館のみ)と毎年のようにフェルメール関連の展覧会が開催されています。 勿論これらの展覧会の目玉はフェルメール作品ではありましたが、他にもレンブラントなど有名どころの作品も含めた出展構成でした。ところが今回の「フェルメール 「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展」は違います。ズバリ「牛乳を注ぐ女」一点に的を絞っての展覧会構成となっています。 口の悪い方は「何だ、一点豪華主義じゃないか〜」と言われるかもしれません。 でも甘んじてその言葉受けるだけの優れた作品が「牛乳を注ぐ女」なのです。 今回の展覧会は一枚のフェルメールを中心に構成されているのです。 「牛乳を注ぐ女」を中心にして展覧会が構成されています。 特に第一章はイントロダクションとして大変重要です。 (第二章にフェルメールが一点だけ展示してあります) 第一章「黄金時代」の風俗画 ・台所の情景と女の使用人 ![]() ヤン・ハーフィクスゾーン・ステーン「金物を磨く女」1658-1660年頃 「牛乳を注ぐ女」と同じく家事に勤しむ女中さんの姿を描いた作品です。 この作品についてはこちらの記事でも紹介しましたが、熱心に働くメイドさんを単に描いた作品ではないそうです。胸元を開け視線をこちらに向けて何やら蠱惑的な笑みを浮かべています。鍋の外側を磨いている様子が描かれていますが、これは見かけだけを美しく取り繕うという中身の伴わない校正を表しているそうです。 オランダの風俗画にはこうした道徳的教訓や揶揄を表した作品がほとんどです。では、「牛乳を注ぐ女」はどうでしょう?ヤン・ステーンの作品とあらためて比べてみるとかなり雰囲気が異なることが分かります。フェルメールは主人をたぶらかす「悪女」として描かれることの多かったそのような「意味」をできるだけ排除しただただ家事に専念する女中さんのありのままの姿を描いたことになります。 ・室内で こちらの記事に書いたテル・ボルフ「農婦の衣装を着けた娘」1659年頃やカスパネル・ネッチュル「子供の髪を梳く母のいる室内」1669年を参照してください。 ・行商と屋台 ![]() キリング・ヘリッツゾーン・ファン・ブレーケレンカム「魚売り」1650-70年頃 スーパーに買い物に行かれる時、マイバック持参されますか?当時のオランダはお買い物に出かける時は必ず「マイバック」を持って行ったようです。現在と違い肉や魚はパックに包装されていません。生のままこの絵のように売られています。ですから肉や魚を買いに行く時はこうした金属製のバック?を持参したそうです。 「牛乳を注ぐ女」にも描かれています。マイバック。 ![]() ・飲酒と享楽 ![]() ハブリエル・メツー「食事をする男と女」1659-60年頃 女性が手にしている細長いグラスは「フルート・グラス」と呼ばれるもの。今回の展覧会には17世紀の実物のフルート・グラスも展示されています。現在まで割れずに残っているのは数少ないと聞きます。 また女性の額脇についている黒い点。これは当時流行したmouche(ムーシュ)と呼ばれた「つけぼくろ」だそうです。大きな付けボクロです。肌をより白く見せる為にこうしてホクロをこの辺りに付けたそうです。先程紹介したブレーケレンカムの「魚売り」に描かれた女性にもつけボクロが! さて、ムーシェも付け男性と二人でお酒を飲んでいるシーンです。当然道徳的な戒めが描かれているのでしょうが、ここで注目すべきはテーブルに置かれた「パン」です。粗食の国オランダを代表するかのような硬そうで美味しくなさそうなパンです。でも同じパンをフェルメールが描くとまるで違ってしまいます。 ![]() ![]() ![]() 何なのでしょう?この違いは。 尤もパンがこんなにキラキラと金物のように輝くわけありません。 メツーの作品に描かれたパンの方が「現実的」ではあります。 しかし、フェルメールはそれを上回る「超現実的」なパンを さり気なく、でもとても重要なアイテムとして配置しています。 消失点や作品の構図も大切ですが、こういった違いを見比べるだけでもフェルメールの作品が他の作家のそれと如何に違うかが手に取るように分かるはずです。 ![]() ヤン・ハーフィクスゾーン・ステーン「家族」1665-68年頃 今まで紹介してきた「風俗画」とかなり違った感じを受けます。 ヤン・ステーンはこうした大勢の人を作品に描くことを得意とした画家さんです。この作品の他にも同じようなものが数点展示されています。「風俗画」はこのような吉本新喜劇のような大勢系の作品と画面に単身もしくは二人の姿を描いた作品に大別することができます。勿論フェルメールは後者に属します。 オランダには現在でも「ステーンのような家」という言い回しがあるそうです。それはここに見られるように「陽気でにぎやかで乱雑な家庭」のことを指すそうです。もしそれに対し「フェルメールのような家」という表現があったら…きっと物音ひとつ聞こえない静謐な家のことを示すのでしょう。そんな家ないですけどね。 私はステーンのようなにぎやかな風俗画を最初苦手としていました。でも次第にフェルメールとは違う良さを発見しだし今では比較することなく単体で楽しむようにしています。それでもこの絵の中心に配置された「黄」「青」「赤」の色の組み合わせから「牛乳を注ぐ女」のそれと重ねて観てしまったりします。 ![]() ヤン・ハーフィクスゾーン・ステーン「ワインを飲む男と女」1668-70年頃 こちらはステーンの珍しく大勢系でない作品です。フルート・グラスがまた登場しています。フェルメールの作品と比べると色が褪色しくすんでしまっています。特に青色は歴然。ラピスラズリという大変高価な原料を使って描いただけあり「牛乳を注ぐ女」は江戸時代に描かれた作品とは思えないほどの発色を保っています。 ドイツ、ベルリン国立絵画館所蔵のフェルメール「紳士とワインを飲む女」1659年頃 を想起させる作品でもあります。 ・版画 ![]() ヤーコブ・マータム 「『エマオの晩餐』のある台所の場面」1603年頃 聖書に登場するシーンが奥に小さく描かれています。手前は台所。 沢山のとうてい食べ切れそうにないほどの食材が所狭しと描かれています。 慌しく家事に追われる女性を描くのも風俗画の代表的なテーマでした。 ところが「牛乳を注ぐ女」が立つキッチンにはパンとミルクしかありません。 X線で調べると当初は右下に洗濯物が入った籠が描かれていたそうです。 過剰な表現を極度に敬遠したフェルメールは結局それを描かずに行火を 小さく描きました。肉も魚も果物も野菜も何もない不思議な台所であるのです。 版画は「牛乳を注ぐ女」の後にも展示されています。 第三章 工芸品/フェルメールと音楽 第四章 版画と素描 油彩よりも版画や素描の方がより大胆な当時の市民の生活の様子を表していて思わず笑みがこぼれます。「牛乳を注ぐ女」で力を使い果たした目にはともて優しい展示構成です。フェルメールチックな作品もちらほら。 ![]() ヘールトライト・ロホマン「布の襞取りをする若い女」1648-50年頃 ダリも惚れ込んだ、フェルメール「レースを編む女」を想起させます。 第五章 偉大なる17世紀の継承と模倣 第六章 19世紀後半のリアリズムの風俗画 こちらの記事を参照してください。 ![]() 日常礼讃―フェルメールの時代のオランダ風俗画 ツヴェタン トドロフ それでは最後に「今日の一枚」 ![]() ヨハネス・フェルメール「牛乳を注ぐ女」1658-59年頃 The Kitchen Maid(The Milkmaid) 45.5×41cmしかない小さな作品です。以前も書きましたが単眼鏡もしくはオペラグラス持参することお忘れなく。広い広い展示室にぽつんとこれ一点だけで展示されています。遠くから観ても画面全体が輝いて見えます。 今回の図録にも書かれていますが、この作品と「女王アルテミジア」との共通点を指摘したA.K.ウィーロックの意見は疑問を抱かざるを得ません。 ![]() 1995年から96年にアメリカ,ワシントンDCのナショナル・ギャラリーとオランダ,ハーグにあるマウリッツハイス美術館に於いて開催された「フェルメール」展のカタログより。詳しくはこちらのページで。 ↓この本には「牛乳を注ぐ女」と「レースを編む女」が原寸大で掲載されています。 ![]() 「原寸美術館 画家の手もとに迫る」 結城 昌子 「フェルメール 「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展」は12月17日まで。 是非、是非。フェルメールを体感してきて下さい。 みなさんの声にお応えしそのうちオフ会もやります。 ![]() 「牛乳を注ぐ女」 ―画家フェルメールの誕生― 小林頼子 【関連エントリー】 - 弐代目・青い日記帳 | フェルメール「牛乳を注ぐ女」初来日! - 弐代目・青い日記帳 | フェルメール「牛乳を注ぐ女」を観る前に。 - 弐代目・青い日記帳 | 「牛乳を注ぐ女」あれこれ - 弐代目・青い日記帳 | 新・あなたが選ぶ「フェルメール」 - 弐代目・青い日記帳 | 「窓辺で手紙を読む女」の感想 - 弐代目・青い日記帳 | 超お得なペアチケット:フェルメール展 - 弐代目・青い日記帳 | 講演会「フェルメールとオランダの風俗画」 - 弐代目・青い日記帳 | 国立新美術館建築ツアー - レセプション:フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展 - 弐代目・青い日記帳 |比べてみようフェルメール - 弐代目・青い日記帳 | 「フェルメール 「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展」 狙ったわけではありませんが、この記事拙ブログCATEGORIES「展覧会」の丁度500本目にあたります。目出度い目出度い。これもひとえに皆さまのおかげ。今後ともどうぞよろしくご愛顧のほどお願い申し上げます。 この記事のURL http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1151 スペインからの独立を果たした17世紀のオランダでは、未曾有の経済的発展を背景に、富裕な市民階級が台頭しました。現実的な生活感覚を有する市民たちの趣味は美術の分野にも反映され、風景画や静物画と並んで、日常生活の情景を描き出した風俗画が流行します。 ![]() |