青い日記帳 

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「文豪・夏目漱石展」

江戸東京博物館で開催中の
特別展「文豪・夏目漱石 -そのこころとまなざし-」へ行って来ました。



一昨日の記事「漱石展のお土産」でごまかし、この展覧会についてはもう触れないつもりでいたのですが、ogawamaさん遊行七恵さんご両人から熱いコメント頂戴してしまったので引くに引けず筆を。

展覧会の名称がシンプルに「夏目漱石展」だけだったら、お勧め展覧会になったかもしれませんが、頭に「東北大学100周年記念、朝日新聞入社100年、江戸東京博物館開館15周年記念」なんて妙な冠を付けちゃうあたりが主催者のセンス疑い怪しげなムードを漂わせます。漱石への敬意がほんとにあるのか疑問。

それでも、公開されている資料は超一級品揃い。行って見て損はありません。
夏目漱石という明治を生きた作家の凄さを肌で感じ取ること随所でできます。

ogawamaさん同様に漱石は「スペシャルに好き」ですので個人的には大満足の展覧会でした。(ただし、そうでない方にとっては15分もあれば十分。)

何度か紹介していますが、漱石が明治44年(1911)8月15日、和歌山県の県会議事堂で行った有名な講演『現代日本の開化』は100年後の現在でも決して色褪せることありません。当時は相当これに対し批判もあったそうです。西洋諸国を追い越せ!と国家一丸となっている時分に『現代日本の開化』はかなりセンセーショナルな内容です。

それで現代の日本の開化は前に述べた一般の開化とどこが違うかと云うのが問題です。もし一言にしてこの問題を決しようとするならば私はこう断じたい、西洋の開化(すなわち一般の開化)は内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。ここに内発的と云うのは内から自然に出て発展するという意味でちょうど花が開くようにおのずから蕾(つぼみ)が破れて花弁が外に向うのを云い、また外発的とは外からおっかぶさった他の力でやむをえず一種の形式を取るのを指したつもりなのです。もう一口説明しますと、西洋の開化は行雲流水のごとく自然に働いているが、御維新後外国と交渉をつけた以後の日本の開化は大分勝手が違います。

今月の新刊でこの「現代日本の開化」をはじめ漱石の講演8篇を収録した文庫本が発売になりました。「私の個人主義」も収録されています。
漱石 傑作講演集 (ランダムハウス講談社 な 2-1)
漱石 傑作講演集 (ランダムハウス講談社)
夏目漱石

漱石がスペシャルに好きな理由はこのような「100年先を見据える目」を有していたことがまずあげられます。これらの視点は小説の中にも時折見え隠れしています。以下は「三四郎」一節。三四郎が熊本から東京へ向かう汽車の中で乗り合わせた広田先生との会話です。

「お互いは哀れだなあ」と言い出した。「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。もっとも建物を見ても、庭園を見ても、いずれも顔相応のところだが、――あなたは東京がはじめてなら、まだ富士山を見たことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一(にほんいち)の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。我々がこしらえたものじゃない」と言ってまたにやにや笑っている。三四郎は日露戦争以後こんな人間に出会うとは思いもよらなかった。どうも日本人じゃないような気がする。
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。


これらとは別に学生時代に確か夏休みの読書感想文の宿題で読んだ「こころ」も今あらためて読み直してみると「三角関係の恋に敗れ自殺したK」なんて的外れな理解をしていた自分が情けなくなりつつ、漱石が巧みに仕組んだ「仕掛け」が気になって気になって何度も読み直してしまいます。

漱石研究家では小森陽一氏と石原千秋氏が新書などで積極的に自説を展開されています。どちらかというと石原千秋派かな。以前も何かの折に紹介したかもしれませんが、この本は超お勧めです。「こころ」のキーパーソンは「静」だった!

『こころ』大人になれなかった先生 (理想の教室)
『こころ』大人になれなかった先生
石原 千秋


話はちっとも展覧会ネタに触れていませんので少しだけ。
遊行七恵さんがコメントにラファエル前派の作品に漱石が傾倒していたことが良く分かったとの感想書かれていましたが、まさにその通り!

「漱石文庫」の蔵書リストを見ると文学関係の本が一番多いのは当然として二番目に多いのが「芸術」関係の本なのです。(その後に「哲学」「語学」と続きます)

そしてまさか「文豪・夏目漱石」展会場でウォーターハウスの作品が目に飛び込んでこようとは予期していませんでした。(漱石が所蔵本の中の一頁にこの作品が載っていました。実際にこれが展示されているわけではありません。念のため)

John William Waterhouse「The Lady of Shallot」1888年  

J・W・ウォーターハウスが描いた「シャロットの女」、漱石が所蔵していたテート・ギャラリーのカタログに載っている作品です。

そしてこれまた「三四郎」からの引用になりますがこんな一節があります。

三四郎と美禰子は顔を見合わせて笑った。肝心(かんじん)の主脳が動かないので、二人とも書物をそろえるのを控えている。三四郎は詩の本をひねくり出した。美禰子は大きな画帖を膝(ひざ)の上に開いた。勝手の方では臨時雇いの車夫と下女がしきりに論判している。たいへん騒々しい。
「ちょっと御覧なさい」と美禰子が小さな声で言う。三四郎は及び腰になって、画帖の上へ顔を出した。美禰子の髪(あたま)で香水のにおいがする。
 絵はマーメイドの図である。裸体の女の腰から下が魚になって、魚の胴がぐるりと腰を回って、向こう側に尾だけ出ている。女は長い髪を櫛(くし)ですきながら、すき余ったのを手に受けながら、こっちを向いている。背景は広い海である。
「人魚(マーメイド)」
「人魚(マーメイド)」
 頭をすりつけた二人は同じ事をささやいた。この時あぐらをかいていた与次郎がなんと思ったか、
「なんだ、何を見ているんだ」と言いながら廊下へ出て来た。三人は首をあつめて画帖を一枚ごとに繰っていった。いろいろな批評が出る。みんないいかげんである。


ここで登場する「人魚(マーメイド)」こそウォーターハウスのこちらの作品。
J・W・ウォーターハウス「人魚」
John William Waterhouse「A Mermaid」1901年

今回の展覧会のカタログは一般書籍として販売されていますが、その中であの佐藤伸宏氏は「小説の中の絵画」というコラムの中で「三四郎」に書かれた「人魚」についてこう言い及んでいらっしゃいます。一部だけ引用。

 上の場面において我々読者が美禰子の背後に「人魚」の姿を透かし見る時、その視野の中でヨーロッパ世紀末芸術に於ける多様な〈宿命の女〉のイメージヘの通路が開かれるだろう。ウォーターハウスの他にバーン=ジョーンズやロセッティらが描き出した人魚とともに、ヴィーナスやモナリザ、キルケ、サロメ等々の数多の〈宿命の女〉のイメージがそこに姿を現わすことになる。またこの場面をとおして美禰子を「人魚」の本性を宿した存在として見出すならば、作中で「官能」の「激しい刺激」をもたらす「残酷な眼付」、「オラプチュアスな表情」に言及されるその人物像が鮮明な輪郭を備えて浮かび上がることになるだろう。

文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし
文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし

もしかして夏目漱石、この文庫文のキャッチコピーにもある通り、「超弩級のロマンティスト」だったのかもしれません。

「先生ったら、超弩級のロマンティストなのね。」
文豪ナビ 夏目漱石 (新潮文庫)
文豪ナビ 夏目漱石 (新潮文庫)

それでは、まとまりませんが「今日の一枚


漱石自身が描いた作品です。
正確には模写した作品。

元の絵はこちらのミレー「鵞鳥を追う少女」

漱石がロンドン滞在時代から愛読していた雑誌のミレー特集にあった作品を模写し彩色を施したもの。「天はニ物を与えず」という言葉が如何に嘘かということこれからもよくわかります。どこかの誰かさんたちの模写といったら…ああ、比べること自体傲岸不遜でした。

関連エントリ
漱石展のお土産

相変わらずサービスが悪い割には高飛車な江戸博さん。作品リストはないのですか?と尋ねると「ホームページからダウンロードできます」との返答。唖然。今欲しいから聞いているのに!石原さんに言いつけちゃうぞ!

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1161
日本を代表する文豪・夏目漱石は、1867年(慶応3)、江戸・牛込馬場下に生まれました。誕生の翌年、江戸は東京と改められ、元号も明治へとうつります。漱石の人生は、明治時代のはじまりから終わりまでに、ほぼ重なります。
この展覧会では、漱石の生い立ちから文学者としての歩みを、東京にはじめて里帰りする東北大学「漱石文庫」の漱石の旧蔵品をはじめ、自筆の書・絵画、後世に名を残した美術家たちによる初版本のデザイン稿、さらに漱石が暮らした当時の東京の様子を伝える地図、版画、写真などの関連資料も併せた、計800点あまりというかつてない規模でたどります。
松山・熊本そしてロンドンでの異文化体験や、美術や落語に代表される幅広い趣味の世界などにも目を向け、漱石が明治という時代とともにあった約50年の生涯の中で、何を見つめ、何を考えてきたのか、その軌跡を振り返り、今なお色褪せることのない漱石の魅力と、文学作品の中にあらわれた明治の諸相を紹介します。


展覧会 | permalink | comments(9) | trackbacks(3)

この記事に対するコメント

漱石展にウォーターハウスが出ておりましたか。
虞美人草関連で「夏秋草図屏風」が出たりすれば最優先で見に行っていたかもしれません…。

ただ展示自体はなかなか良さそうですね。出来ればまた時間を作って見に行きたいです。
はろるど | 2007/10/08 11:57 PM
こんばんは
えっへっへ押しちゃったようですね(笑)。
書き上げたらまたTBさせてもらおうとワクワク中です。
『幻影の盾』などまさにラファエル前派の画家たちが愛するような作品だと思います。
美禰子や藤尾などは本当にファム・ファタールですね。

これまで文学館で開催されてきた漱石展の規模を軽く超えてしまった一方、あのショーバイぶりには「ううむ」でした。
(ついでに「越後の笹飴」も売ればよかったのに)
でもその収益で他にもいい展覧会をしてくれることを、秘かに祈りつつ・・・

遊行七恵 | 2007/10/09 12:10 AM
Takさん、こんばんは
ご無沙汰しております。
この展覧会、面白そうですね!漱石の蔵書、特に書き込みには興味があります。自由に見られたら、どんなに楽しいか分かりません。
漱石のラファエル前派好きは、結構有名で、だいぶ前に読んだので記憶はあやふやですが、佐渡谷重信『漱石と世紀末芸術』や尹相仁『世紀末と漱石』は面白かったです。残念ながら2冊とも絶版のようです。
漱石つながりで、過去記事をTBさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
lapis | 2007/10/09 12:25 AM
こんばんは。
まあびっくりしました。あのウォーターハウスの絵が
出てるのかと思って、でもあのお話は芳賀徹氏もS49年
発行の「絵画の領分」で三四郎をまるで絵画小説とでも
呼びたいとして、マーメイドのことなど、挿絵いりで
書いていらっしゃいます。
ますます行きたいところが増え、嬉しい悲鳴です。
ありがとうございました。
すぴか | 2007/10/09 12:44 AM
時代を越えて漱石と同じ絵を鑑賞できるって嬉しいですね。
タイムマシンがあるなら、漱石と絵画談義したいです。

ロンドンでは彼の下宿が残っていますよね。
明治村の彼の家にも行きました。
あまりの違いに驚きました。

あの時代、西欧文化と日本文化の狭間で、どんなこと思ったでしょうね。
TAKさんのこの特集で、漱石の好みがちょっとわかる気がしました。ありがとうございます。
ピノコ | 2007/10/09 9:31 PM
レビューとリンクありがとうございます♪
漱石先生も素敵ですが、Takさんの過去の関連エントリ(「漱石の凄さ」とか)も素敵です。

>「芸術」関係
北川健次さんの本に「日本で一番早くモナ・リザに(書籍で)言及したのは漱石だ」とあって、漱石の審美眼はすごいんだなーと思っていました。
ogawama | 2007/10/09 11:04 PM
@はろるどさん
こんばんは。

>ウォーターハウスが出ておりましたか
いえいえ、ウォーターハウスの絵が掲載されている
テートギャラリーのカタログが展示さていました。
絵自体ではありませんのでご注意を。

個人差あるかと思います。お時間あれば。

@遊行七恵さん
こんばんは。

押されました。
ただ適当です、記事。

漱石は文学の次に芸術書を多く購入し
読んでいたようですね。美術館などにも
通ったようですし。
青木繁にも見せてあげたかったな〜なんて
頓珍漢なこと考えつつ観ていました。

それにしても漱石の天才っぷりは見事。

@lapisさん
こんばんは。

こちらこそご無沙汰しております。
中々コメント書き込む勇気がなくすみません。

そうですね、仰る通り自由に見られたら
かかりお勧めできる展覧会になるかと。
それが無理でもデジタルデータ化して
閲覧できるとかしてくれると助かります。

TBしていただいた記事、以前も拝読しましたが
今日はプリントアウトして読ませていただきました。
ありがとうございました。

@すぴかさん
こんばんは。

書き方悪かったですね。
すみません、勘違いさせてしまい。
画像でもっているブログですので
これがないとなんとも腑抜けに。

絵画小説とはまさに言い得て妙ですね。
それ読んでみたいです。
教えて頂き感謝感謝です。

@ピノコさん
こんばんは。

いいですね。
これが漱石も惚れた絵か〜と
思いながら観ると感慨もひとしお。

明治村にそういえば家ありましたね
海を望む位置に。

漱石は明治時代の日本を天狗に飛びつこうとしている
とどこかで書いていました。無理なことをしていると
暗に言いたかったのでしょうね。

@ogawamaさん
こんばんは。

昔の記事はそっとしておこうかと思ったのですが
ついつい。。。恥ずかしいものです、過去の文。

モナ・リザ関連もそういえばかつて記事にした
記憶があります。探してリンク貼っておきます!
ありがとうございました。
Tak管理人 | 2007/10/10 12:38 AM
おぉ・・・・漱石だわ。
卒論だったので 感慨深いです。

漱石の模写 はじめてみました。
凄いですわ・・・。

毎回 Takさんには 多くのことを
教えていただき 感謝しております。
これからも よろしくお願いします。

真珠 | 2007/10/10 1:59 AM
@真珠さん
こんばんは。

卒論が漱石でしたか!
なんだか意外です。
外国文学かな〜と勝手にイメージ。

漱石大好きなんです。
あれからもまた一本読み直しました。
読むたびにぐっときます。

こちらこそ真珠さんの日記
楽しみに拝見させてもらってます。
これからも よろしくお願いします。
Tak管理人 | 2007/10/11 11:47 PM
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1、はじめに『虞美人草』の構想は、『ハムレット』に基づいていると多くの論者が指摘している。小谷野敦は、それを受けた上で、以下のように述べている。一見したところ藤尾を主人公にし、若い男女の恋愛を扱っているかに見える『虞美人草』は、背後に、準・公的な対立
またまたTakさんのエントリで発奮して、江戸東京博物館の特別展「文豪・夏目漱石 ...
漱石とiPod touch | confidential memorandum of ogawama | 2007/10/11 10:58 PM
夏目漱石の展覧会が江戸東博で開催されている。 これまで漱石の展覧会は文学館などが多かったので、こうした複合的性格を有した施設での展覧会は初めてらしい。 かなり大掛かりな展覧会だった。 来場者を見ると、文学好きそうな人
夏目漱石展をみる | 遊行七恵の日々是遊行 | 2007/10/11 11:43 PM