青い日記帳 

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国芳とアンチンボルト

     

アンチンボルト(Giuseppe Arcimboldo 1527-93)と歌川国芳(1797-1861)

時代や国は違えども「寄せ絵」を得意とした二人の画家さん。
調べてみると、二人とも同じような扱いを受けてきたようです。
頑張って絵を描いている時には、それほど高い評価を受けず、
しばらく時代が過ぎてから見直される。。。

フェルメールやラ・トゥールのように謎だらけで
数世紀経ってから「発見」された扱いまでではないにしても…バッド

ところで、アンチンボルドの影響を国芳は受けたと思います?
それとも、全くアンチンボルドの絵は知らずに「寄せ絵」を
独自にあみだし描いたと思います?

今となっては、これこそ謎で分かりませんが、果たして真相は?

江戸の絵を愉しむ―視覚のトリック
江戸の絵を愉しむ―視覚のトリック
榊原 悟

こちらの本では関連性は無いと書かれてありました。

私も単なる素人の勘に過ぎないのですが、
国芳は影響を受けていたとは思っていません。美容室

因みに二人はこの「寄せ絵」だけでなく
「上下絵」(さかさ絵)まで同じように描いていたのは驚きです。

驚きついでにアンチンボルトのこの「水」とい絵も驚き(怖いびっくり
           



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この記事に対するコメント

Takさん、こんばんは。アンチンボルドと国芳の関係は興味あるテーマですね。実は最初は私も国芳が自分で想いついたのだろうと思っていました。

02年10月に芸大美で開かれた“ウイーン美術史美術館名品展”にアンチンボルトの“冬”、“水”が出品されましたが、この展覧会をみて神田にある浮世絵の画商と二人の関係のことを話していたら、この画商はアンチンボルドの絵を国芳が真似たみたいですねと言ってました。
芸大であった講演会でこういう説明があったようです。

私は別の資料をみていて、ミラノ生まれのアンチンボルドのあと彼のような奇画をかくアンチンボルド派がオランダにいたということを知りました。当時オランダから日本に西洋画(銅版画)が入ってましたので、こういう奇画もあったのではないかと思います。そんなわけで02年10月の時点で国芳のアイデアではないと思いました。

そして、昨年、Takさんも見られた“版画、東西交流の波展”に決定的なことが出てました。国芳の唐土廿四孝です。これはダヴィッドの“サン・ベルナール峠を越えるナポレオン”の構図を参考にしてます。飯島虚心が書いた国芳伝によると、国芳が西洋画を数百枚傍らにおいて自慢をしていたといいます。

この展覧会でわかったことは浮世絵師たちは予想以上に西洋画のことを知っていたということです。長崎から入ってきた西洋の絵の画法、遠近法や構図がかなり刺激になってます。
写楽の大首絵も西洋画の明暗法を参考にしてると言われてます。やはり、アンチンボルドのあの絵はなかなか想いつかないと思います。

榊原さんの“江戸の絵を愉しむ”はいい本ですね。彼は関係ないと思ってるのでしょうが、私は版画展を信じますね。
いづつや | 2005/02/23 12:00 AM
@いづつやさん
コメントありがとうございます。

なるほどーー
こうしてキチンとしたご意見伺うと
影響あったように思えてきますね。
素人の直感は当てになりません(^^ゞ
これだけの事実があるなら
なんらかの形で「寄絵」を観ていて
おかしくないですね。

浮世絵師も相当西洋画を目にしていたという
事実もまた然り。納得です。

いづつやさんのものの見方の深さには
いつも感心させられるばかりです。
近代美術館でお話伺ったときもそうでした。
そして今回も。感服しました。はい。

話変わって。。。
最近美術館のショップで売っている
アンチンボルトのフィギュア気になります。
かなり高いのですが、リアルです。。。
オランダ製らしいです。
Tak管理人 | 2005/02/23 7:57 AM
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