青い日記帳 

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「アンカー展」

Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の
「故郷スイスの村のぬくもり アンカー展」に行って来ました。



クリスマスを待ち望むべくチケットブース脇に設置された大型アドベントカレンダーの最後の窓が開いた日に「アンカー展」へ出かけて以来中々感想を書くことができませんでした。

書けなかった大きな理由。
スイスの中央部のインス村出身であるアルベルト・アンカー(1831-1910)はどうしてこんなにも生涯を通して子供を対象に作品ばかりを描いたのか。自分なりの答えが導きだせなかったからです。

しかし、こうして年が明けてからでも書いているということは、その「答え」が見つかったのかと言えば否。考えれば考えるほど底なし沼にずるずると…

赤ずきん

Bunkamuraのサイトにある解説のように「宮崎駿のアニメで日本でもよく知られるようになった「アルプスの少女ハイジ」のイメージとも重なるものです。」等、表層だけで語るのであれば、こんなに記事を書くのが楽な展覧会もまずないかと。「今まで観たこともない純粋な絵に触れられて感動した。」とかね。

「美しかった」とか「かわいかった」とか。

美しく、かわいい子供たちを描いた作品に混じって、とても陰鬱な雰囲気が背後に潜んでいるような作品がぽつりぽつりとありました。たとえば「悲しみに沈む家族」「治癒師」「快方を待つ少女」などの作品。もしくはこちら。

快方に向かう少女

「死」を思い起こさせる影のある作品がこうして描かれたのはきっとアンカー自身が自分の子供を二人幼くして亡くしていることも影響しているのだろうということは、ある程度想像がつきます。

しかし、それを差し引いてもまだ陰鬱な影の正体は完全に見破ることができないように思えてなりません。何かもっと別の理由があるのではないかと。それが子供を多く描いた謎の解決につながるのではと考えもしました。


死の床につくリューディ・アンカー」1869年
日本人の感覚からすると、こうして亡くなった子供の絵を描くことは理解に苦しむことです。(日本人だけでなく現代人と言い換えた方がいいかもしれません)非理性的な行動のように思えます。

「Sleeping Beauty」(スリーピングビューティー)という言葉があるそうです。「眠れる森の美女」ではありません。死んだ人(子ども)の写真のことです。儚く消え去ってしまった我が子に親ができるせめてものこと。それは最期の姿を美しく着飾り、まだ新しい技術であった「写真」に残してあげることだったそうです。

気持ちよく眠っているかのような姿で写してあげる。それは失われた「未来」を与えてあげることでもあったはずです。誰しも携帯で気軽に気が向けば何でも撮影できる今と違い、写真がまだまだ「高嶺の花」であった時代のお話です。

Secure the Shadow: Death and Photography in America
Secure the Shadow: Death and Photography in America
Jay Ruby

ところで、写真が特殊な技術ではなく、広く一般にも拡がりをみせていた時代がアンカーが画家として活躍した時代でもあります。画家にとっては写真の存在は基本的には邪魔です。というより驚異の対象でもあります。

静物画の名手と言われたアンカーがいくら巧く静物画を描けたとしても、サロンに入選したとしても、写真の前では歯が立ちません。
静物(お茶の時間)

展覧会を観ていると隣にいらしたご婦人らが「まるで写真のように、奇麗ね〜」と仰っているのを耳にしました。アンカーが聞いたら卒倒してしまうことでしょう。

21世紀に、憎き商売敵に比せられ賞されるとはよもや思いもしなかったかと。

マリー・アンカーの肖像

ただし、写真を強く意識していたことは間違いありません。この時代の画家の宿命でもあります。前出の「死の床につくリューディ・アンカー」もカメラに頼るのではなく、「写真のように自分で描く」ことに岐路に立たされた画家としての意地すら垣間見ることできます。

さて、さて写真の発達に加え、もう一点考えに入れなければならないことがあるように思えます。それはアンカーが生きた時代です。【1831-1910】この時代、ヨーロッパは世紀末思想に覆われ、さらに1914年には第一次世界大戦も勃発します。社会的に非常に不安定な、未来を予測できない時代であったわけです。

アンカーも一時、印象派に傾倒しこのような作品を描いていた時期もあったそうです。(この作品は出展されていません)


しかし、印象派風の絵も先にあげた静物画もすべて投げ捨て、故郷の情景、とりわけそこで暮らす子供たちの姿を描き残していきました。ここで展覧会を観終えた後の「アンカーは何故、子供を対象に作品ばかりを描いたのか?」という大きな疑問に回帰します。

本来作家性から疑問を解いていくのが本筋でしょう。ただアンカーについて書かれた日本語の文献が無くそれは不可能。(この展覧会自体、日本初の回顧展でもありますからね)

となると残された道はアンカーが生きた時代性、及び社会性から答えを導き出していかねばなりません。そう考えるとどうしても先にあげた「写真」や「将来が不安な時代」といったことが謎を解くキーワードになるのではないでしょうか。

窓辺で編み物をする少女

アンカーはきっと未来の希望を子供たちだけに託したのだと思います。

世紀末から20世紀という新しい時代。それは今までにない大きな世界的な戦争を経験した時代です。大人たちが。

明るい希望ある未来を創造してくれるであろうことを願い、自分の生れ故郷のインス村の子供たちを来る日も来る日も描いたのではないでしょうか。

そういえばアンカーの描く子どもたちは総じて幼くあどけない姿で描かれていつつも、どこかしら大人びた眼差しを有していると思いませんか?
筆記板を持つ小学生

決して下を向かない、強い意志を感じさせる眼差しです。
子どもたちに未来を託したという見方まんざらでもないかと。

そして、アンカーがこの世を去って数年後に生を受けたフィリップ・アリエスが後にこの有名な著書を著したのも、何かのつながりがあるのではと思わせる展覧会でした。
子供の誕生
「子供の誕生」 フィリップ・アリエス

雨降り

河原和枝「子ども観の近代」より引用。
今日のわれわれの子ども観、つまり〈子ども〉期をある年齢幅で区切り、特別な愛情と教育の対象として子どもをとらえる見方は、フランスの歴史家、フィリップ・アリエスによれば、主として近代の西欧社会で形成されたものであるという。アリエスは、ヨーロッパでも中世においては、子どもは大人と較べて身体は小さく能力は劣るものの、いわば「小さな大人」とみなされ、ことさらに大人と違いがあるとは考えられていなかったという。子どもは「子ども扱い」されることなく奉公や見習い修行に出、日常のあらゆる場で大人に混じって大人と同じように働き、遊び、暮らしていた。子どもがしだいに無知で無垢な存在とみなされて大人と明確に区別され、学校や家庭に隔離されるようになっていったのは、十七世紀から十八世紀にかけてのことである。
子ども観の近代―『赤い鳥』と「童心」の理想 (中公新書)
子ども観の近代―『赤い鳥』と「童心」の理想 (中公新書)
河原 和枝

軽くさらりと観るのもよし、初見の画家さんの内面性を探るのもまたよし。観たその時よりも後になってから、じわじわと考えさせるものがある展覧会です。

こういった画題の作品もきちんと描けるから見過ごせない側面も。

王妃ベルトと糸紡ぎの少女たち

Bunkamuraでの展覧会は1月20日まで。
その後以下の美術館に巡回するそうです。
郡山市立美術館 2月2日〜3月23日
松本市美術館 4月8日〜5月18日
美術館「えき」KYOTO 5月24日〜6月22日


それでは最後に「今日の一枚


髪を編む少女」1887年

「窓辺で編み物をする少女」もそうでしたが、古典絵画の素養もしっかりと有していたことを示す作品です。(国立美術学校へ通ったわけですから当然)

アンカーと時代性について考えた際、色々と述べてきましたが、もしかしてベストな時期に画家として活躍できたのではないかな〜とふと思ったりもしました。

今日の美味


11月9日にオープンしたばかりのガレット専門店、ガレットリア。
Bunkamuraから松涛美術館へ向かう途中にあります。

別館で詳しく。
Galettoria(ガレットリア)


この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1255

JUGEMテーマ:アート・デザイン


 アルベール・アンカー(1831-1910)は、スイスの中央部のインス村(ドイツ語名/フランス語ではアネ)出身の、19世紀のスイスで大変な人気を博した画家です。日本ではあまり知られていませんが、国民的画家としてスイスの人々に親しまれ、その作品は国内の多くの美術館に所蔵されており、没後100年近く経つ現代においても、その人気は衰えることがありません。
 これは、アンカー自身がそうであったように、家族や人と人とのつながりを大切にし、平凡な中にも幸せな日々を送る人々を、愛情を持って描いた作風に起因しているといえます。
 アンカーは、創作活動のために秋から春までパリに暮らし、夏だけ故郷に滞在する生活を30年間送りましたが、一貫して描き続けたのは、パリではなく、生まれ育った故郷インス村の情景でした。“おじいさんが子どもたちに話をしている情景” 、“赤ん坊の世話をする少女”、“髪を編んだり、編み物や糸を紡ぐ少女たち” ― 村の子どもや老人などの日々の生活を題材に様々な世代が幸せに共生している姿を描き、とりわけ、『アルプスの少女ハイジ』を思わせる少女像は定評があります。加えて、細密で穏やかな色調で描かれた作品の数々は、古きよきスイスの質実剛健さを表現しており、アンカーの人生観を支えたプロテスタントの信仰も影響しているといわれています。
 誰にも親しみやすく、理解しやすい、 “故郷”という国境を越えた広い考えを基にしたテーマを常に持っていたアンカー。スイスの人々の心を捉えて離さない情景の数々は、我々日本人が見てもどこか懐かしく、ぬくもりを感じさせます。
 本展は、ベルン美術館の協力を得て、油彩を中心に素描も含めた100余点の作品で構成される、日本で初めて本格的にその画業を紹介する回顧展です。


展覧会 | permalink | comments(11) | trackbacks(8)

この記事に対するコメント

こちらのブログを開いて「アンカー展」というタイトルが見えたとき「きれいだった〜」「かわいかった〜」「心が洗われた〜」「癒された〜」という記事であるわけがない、と思いました。
やっぱりTakさんらしいなあと思いながら拝読いたしました。
私もご他聞に漏れず99.9%「癒されました〜」という感想を書いております^^;
去年の疲労困憊していたときに見に行った展覧会でしたもので…

はな | 2008/01/09 5:13 PM
アンカーは一方老人や、新聞を読む男性も描いていますよね。
僕にはそこに哲学者カントの言う「経験によって鋭く研ぎ澄まされた判断力」の力の大切さ、未来を担う子供たちを導く存在としての経験者の必要性をこの画家はしっかり認識していたようにも思うのです。
老人を描いても、それは子供を導く存在で、決して子供を単に可愛がる存在として認識していないように思われます
oki | 2008/01/09 10:05 PM
Takさんこんばんは。
アンカーの描く人物はみなかしこそうなところが特徴だな〜と思って観ていました。特に横顔に気品があるように思います。
愛する家族の遺体を描くのはわりと西洋画ではよくありますが、描いている最中の気持ちはいかばかりだったでしょうか・・・。
Takさんの深い考察さすがですね〜。
家族写真のような対象への愛情を感じました。
優しい気持ちになれたという記事を書いた私でした(^^)


しのぶん | 2008/01/09 10:41 PM
@はなさん
こんばんは。

どうも素直でなくて申し訳ないです。
でも、どうして?何故??という疑問符
頭に浮かびっぱなしでした。

作家性は調べることできなかったので
時代性や当時の社会性などから考えて
いけたらな〜と思っているうちに
そろそろ展覧会も終わりですね。

@okiさん
こんばんは。

描いていますが、主たるテーマではないですよね。
>老人を描いても、それは子供を導く存在
この点はよく分ります。
「大人」がすっぽり抜け落ちてしまっているのも
「現状」に対する不満の現れであるのかもしれません。

神が死んでしまった後の時代、ましてや世紀末。
子どもに未来を託したい気持分らないでもありません。

@しのぶんさん
こんばんは。
TBありがとうございました。

賢そうなのもきっと理由があるのでしょう。
未来を託す子供ですから。
閉塞感を打開してくれる子供たちです。

遺体の扱いが焼いてしまう日本とでは
えらく違うはずです。お化粧して奇麗な衣装を着せ
まるで眠っているかのように描く(撮る)
文化の違いは時たま恐ろしさも垣間見せます。

優しい気持ちになる展覧会のことは確かだと思います。
またこの時季にもぴったりかと。
Tak管理人 | 2008/01/09 10:52 PM
こんばんは。私は結局見逃してしまったのですが、このご感想を前もって拝見していればきっと行ったと思います。ちらしを見て「文化村的(?)な写実の作家の展示かな。」などと思っていた自分が浅はかでした。
サブタイトルにもある「温もり」とは、Takさんの仰るような、子どもに託した未来への眼差しということなのかもしれませんね。ただそれにしても「死の床につくリューディ・アンカー」には背筋が寒くなります。写実的だからこそ、描き手の目があまりにも冷ややかに見えるのは、やはり写真を身近にした我々だけが持つ意識なのでしょうか。アンカーにとっては逆だったのでしょうけども…。
はろるど | 2008/01/09 10:54 PM
こんばんは。
記事お待ちしてました。だいぶご苦労されたようですね。

>どうしてこんなにも生涯を通して子供を対象に作品ばかりを描いたのか。

深く考えてもみませんでした。子供たちの絵に託している何かのせいで、どうにも魅かれないのだろうという感想をもった程度で済ませてしまって。
キリル | 2008/01/10 12:13 AM
こんばんは。
私はアンカーが子どもたちを描き続けた点において、働く農民の姿を描き続けたバルビゾン派のミレーとの共通点を感じます。
描かれた子供たちが、無邪気というよりも大人びて見えるのは、子どもたちを主題として描くのだという画家の信念の表れだと思いました。
Minnet | 2008/01/10 2:07 AM
@はろるどさん
こんばんは。

Bunkamura的な展覧会です。まさに。
クリスマスやお正月にぴったりの。
あまり考えすぎないで観た方が
素直に楽しめると思います。
偏屈モノは損ですね。

写真って自分が子供の頃よりも
もっといえば5年前とも比べ
劇的に変化していますよね。
その時代の写真に対する意識が
どうであったかもう類推すらできないほど。

@キリルさん
こんばんは。

つまらないことで悩みました。
悪い癖です。
素直じゃないな〜と。

何かでも「裏」ありそうですよね。
知る由もありませんが。

次観られる時はもっとリラックスして接したいと思います。

@Minnetさん
こんばんは。

バルビゾン派に惹かれていたとキャプションに
確かありましたね、説明が。ミレーとの共通点は
そのせいかと。鋭いです!

アンカーさんに今の日本を見せたら
子どもの姿もっと描いたでしょうか?
それとも絵筆折ってしまうでしょうか。
Tak管理人 | 2008/01/10 10:46 PM
こんばんは。

ベルン大学で神学を学びながら画業の道に進んだアンカーにとって、
絵を描くことはそのまま信仰心の発露に通じていたのかもしれません。
彼の絵からは、そこに込められた「祈り」のようなものを感じました。
Takさんがおっしゃる「子供に託す未来」という点にも共通するものが
ありそうです。

アリエスへ言及されているのは、さすがだと思いました。
アンカー自身、ルソーやペスタロッツィの大きな影響を受けており
幼児教育に関する記事も書いているそうです。
青の零号 | 2008/01/22 12:10 AM
@青の零号さん
こんばんは。

現在の価値観やものの見方だけで
果たして観てしまって答えがでるのか
どうも納得できなかったので
あれこれと考えてしまった次第です。

もっとも考えたところで答えなど
自分で出せるはずもないのですけどね。

厭世的な気分がかなりあった時代だと思います。
それだからこそ子供に未来を託したのではないかと。

エリエスはきちんと読んだことありませんが
いつもひっかかりのあるテーマです。
Tak管理人 | 2008/01/22 7:02 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/08/06 6:08 PM
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