青い日記帳 

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「追憶の羅馬展」

大倉集古館で開催中の
「追憶の羅馬展―館蔵日本近代絵画の精華」に行って来ました。



1930年(昭和5年)、イタリア政府主催によりローマ市中心部の展覧会場Palazzo nazionale delle Esposizioniにおいて開催された「羅馬開催日本美術展(通称ローマ展)」

一昨年2007年に水野美術館、北海道立近代美術館、茨城県天心記念五浦美術館を巡回した「大倉集古館の名宝展」と昨年、三越百貨店日本橋本店で開催された「今、蘇るローマ開催・日本美術展」が、いよいよ今年に入り本家本元大倉集古館での公開となりました。

作品保護や展示スペースの関係等から主だった作品の展示替えが前後期とありますが、とりわけ狙いを定めている絵が無いようでしたら、気にせず出かけられても十分満足できる展覧会となっています。(前期は2月8日まで。後期は2月10日から。横山大観の「夜桜」は3月3日〜15日までの限定公開)



ローマで開催された「羅馬開催日本美術展(通称ローマ展)」には、80名の日本画家による177点もの作品が陳列されたそうです。

展示方法もただイタリアの美術館に日本画を並べるだけではなく、日本から内装専門の工匠6名、表具師2名、生花師範1名が同行、会場を日本画の展示にふさわしいように、持参した青畳、欄間、長押、床柱、釘隠等で日本家屋の床の間を再現するなど、大規模な内部改装までする念の入れよう。

展覧会代表を務めた横山大観はじめ日本側のこの展覧会にかける意気込みが、ひしひしと伝わってきます。それに応えるべく作家たちも意欲作自信作を惜しみなく展示。大層華やかであったこと伺い知ること出来ます。

下地の写真は会場となったパラッツオ・デルラ・エスポジチェーネ(1883年にオープンした国立の美術展覧会場。地上3階建て、フロア面積一万平方米。現在もローマ市内に多目的文化施設として顕在。)

小林古径「木菟図」、竹内栖鳳「蹴合」、橋本関雪「猿猴図」、伊東深水「小雨」、菊池契月「
 当時の伊首相ムッソリー二が日本趣味に傾倒し、純日本風家屋をイタリアに造らせたということを伝え聞いた喜七郎が、一九二八年に大観の六曲一双屏風「蜀葵」を進呈したことに端を発したもので、イタリア政府主催という名目ではあるが、実質的には大倉家の個人的な支援の下で行われた展覧会であった。
 この時イタリアに渡った出陳作品の大半は残念ながら現在所在が分からなくなってしまったが、大倉集古館では代表的な作品二七件を現在も所蔵している。


「UP」(東京大学出版会)2009年1月号「『羅馬開催日本美術展覧会』追想」田中知佐子・著より。
三越展の時から気になっていたことですが、ローマ展に出された177点にものぼる作品のうち、大倉集古館が所蔵しているのが僅か27点しかないこと。ローマ展を開催するにあたり、大倉喜七郎は、画料をはじめとする膨大な経費を全て負担(その総額は現在の金額に換算すると50億とも100億とも)。

「出陳作品の大半は残念ながら現在所在が分からなくなってしまった」とありますが、他の作品は一体どこへ消えてしまったのでしょうか?

現在存在が確認されているのは以下の作品のみ。

山種美術館の上村松園「新蛍」・速水御舟「名樹散椿
松岡美術館の堂本印象「母子」・横山大観「梅花
足立美術館の結城祖明「畳嶺蔵雲
遠山記念館の安田靫彦「風神雷神
国立近代美術館の北野恒富「戯れ」・松岡映丘「屋島の頼朝
この他5点は個人蔵。

およそ130点以上の作品が所在不明とは、いくら時代が時代といえどもあり得ないことなのではないでしょうか。この点ばかり気になって気になって仕方ありませんでした。

最後に「今日の一枚


河合玉堂「奔潭」1929年(昭和4年)

玉堂の作品には普段あまり惹かれることないのですが、この屏風絵の前ではただただ呆然自失。墨一色で描かれた激流。ローマでもその轟が会場内にこだまし、ローマっ子たちを唸らせていたこと容易に想像できます。

「追憶の羅馬展―館蔵日本近代絵画の精華」は3月15日までです。


財団法人大倉文化財団 大倉集古館
〒105-0001 東京都港区虎ノ門2-10-3 ホテルオークラ東京本館正面
tel:03-3583-0781
日本最初の私立美術館。伊東忠太の設計による中華風の独特な外観が特徴。
開館時間:10:00 〜 16:30(入館は16:00まで)
企画毎にリピーター割引制度(¥200引き)あり。

建物の周りにも展示品が40個もあります(野外展示は無料で観られます)


仁王立像」南北朝時代
仁王は仏法を守護する1対の金剛力士。その起源は中国に求められるが、日本でも奈良時代以降数多く作られ、1方は口を開き、1方は閉じる、阿吽を一対とする形式を取るものが多い。本像2躯は筑波山神社内の春日神社より移されたものと伝わり、特に阿形は鎌倉時代の関東地方における作風に連なる均整の取れた体躯や力強い面貌表現をみせる。


この本はもっと評価されてもいい素晴らしい内容。
詳しくはこちらで。
日本の四季―春・夏 (日本の美)
日本の四季―春・夏 (日本の美)
監修:高階秀爾(大原美術館館長、東京大学名誉教授、文化功労者)

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それでは最後に「今日の美味


芦屋 タカトラ」の「シュークリーム(プレーンとパイ)」
昨年3月30日に東京ミッドタウンにもオープン。価格も手ごろなのが嬉しい。
因みに「芦屋タカトラ」の名前の由来は築城の名手と言われた武将・藤堂高虎だそうです。。。

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「羅馬開催日本美術展(通称ローマ展)」は、1930年(昭和5年)、イタリア政府主催によりローマ市中心部の展覧会場Palazzo nazionale delle Esposizioniにおいて開催されました。大倉財閥を先代・喜八郎より引き継いだばかりの男爵・大倉喜七郎はこの展覧会を全面的に支援し、作品の画料をはじめとする膨大な経費をすべて負担しました。この展覧会には、横山大観が中心となり、当時の日本画壇を代表する日本画家たち総勢80名の手による大正末期から昭和初期の日本画168点が出品されました。また、会場の内装には日本から同行した宮大工らにより大小さまざまな床の間を備えた日本的建築空間が再現されました。本展では、横山大観が日本を代表する作品として取り組んだ名作「夜桜」をはじめ、当館が所蔵するローマ展出陳作品27件を中心とした近代日本画のコレクションを展観します。また、大観の手による展覧会ポスターや大倉家に残された関連資料などもあわせて展示します。



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この記事に対するコメント

こんばんは。三越で見たのでもういいかなとパスしようと思っていたのですが、
やはり別企画ならば見なくてはなりませんね。

>玉堂「奔潭」

この図版を拝見して一気に感心がわいてきました。これは見事でしょうね。

夜桜は何度見てもピンと来ないので、あえて大観を外して行ってきます!
はろるど | 2009/02/06 10:33 PM
@はろるどさん
こんばんは。

玉堂好きなはろるどさんなら是非。
でも展示期間間に合うかな。。。

夜桜は私もどうも駄目です。
期間限定でもったいぶって
出すものでもないかと。
Tak管理人 | 2009/02/08 11:30 PM
素敵な美術館ですね。
日本最初の私立美術館で中華風の建物。
外観だけでも見に行きたくなってしまいます。

あ、タカトラって武将の名前だったんですか!?
スイーツと武将、
意外なとこから名前とってきたんですね〜
ここのシュークリーム美味しいですよね☆
サッチャン | 2009/02/09 9:20 AM
@サッチャンさん
こんにちは。

大倉集古館は美術館というよりも
なんて言ったらいいのか。。。
とにかくトリッキーな?建物です。

2階のベランダからの眺めは中々。

タカトラ都内にも数店舗あるようです。
値段も手ごろですし、何個でもいけそう!
Tak管理人 | 2009/02/10 7:49 AM
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 今、蘇るローマ開催・日本美術展から期待していた展覧会。  前期(1/2−2/8)、後期(2/1-3/15)と分かれるものの当時随一の作家達の作品が垣間見できる素晴らしい機会。 ちなみに大観《夜桜》と菊池契月《菊》のみ(3/3-15)   今回は一番興味深い展覧会開催までの経緯