青い日記帳 

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「絵画を謳う・工芸に憩う」展

とちぎ蔵の街美術館で開催中の
「収蔵品展 絵画を謳う・工芸に憩う」に行って来ました。



2月11日建国記念の日、どうしても一枚の絵をこの目で観たく、車を駆り向かった先は栃木県栃木市。都内から東北自動車道を快調に走らせ一時間半で到着。とちぎ蔵の街美術館を訪れるのは今回が三回目。

過去二回の記事はこちら。
「田中一村の世界展」@とちぎ蔵の街美術館
小江戸野州栃木「お蔵のお人形さん巡り」

今にも泣き出しそうな空模様の中、とらさん同様場所を失念してしまい、周囲を車で右往左往。(とらさんのようにタイミング良く女子高生は現れず)それでも何とか直感を頼りに「蔵の街駐車場」へ。そこから美術館までは歩いて2,3分。

江戸時代に建てられた古い土蔵をそのまま美術館に改築。かつて「おたすけ蔵」と呼ばれていた土蔵は今や風情ある美術館に。内部もなるべく造られた当時のまま。それでもしっかり足腰の不自由な方用に内部にエレベーターも設置。そうそう、この美術館何と二階建てです!


【蔵の歴史】
当美術館を含む土蔵群は「おたすけ蔵」の名で知られ江戸時代から続く善野家(釜佐)の土蔵です。善野家の先祖は近江商人で、延享年間(1744-48)に同じ町内の善野喜兵衛より分家し、その後、米などを扱うほかに大名などを相子とした質商も営んで、栃木を代表する豪商となりました。江戸時時代に困窮人救済のため多くの銭や米を放出したことに由来するとも、また失業対策事業として蔵の新築を行ったためとも言われています。
屋敷内には大通り沿いの店舗に続いて文庫蔵を取り込んだ大規模な住居部分があり、これら三棟の土蔵はその奥に位置します。店舗・住居・土蔵群という構成は栃木の伝統的な商家の典型です。その中で、「おたすけ蔵」は蔵の街栃木にとって最も重要な蔵造りの建物であるとともに、商都栃木の歴史を語る貴重な文化遺産です。
蔵の建築年代は、東蔵が床板の墨書銘により文化年間(1804-1818)初期、中蔵が内部の落書により天保2年(1831)以前、西蔵が床板の墨書銘により天保11年(1840)であることが判明しており、栃木市に現存する多数の蔵造りの建物の中でも最古の土蔵群です。


さて、今回の旅の目的は2007年に栃木市内で見つかった喜多川歌麿の肉筆画「女達磨図」に他なりません。(こちらの記事の下方に発見当時の下野新聞と読売新聞の記事が画像戸とにもあります)

歌麿目当てではありますが、毎度のことながら展覧会会場へ足を踏み入れるとそれはそれは興味深い作品ばかりで目を奪われっぱなし。栃木市が購入したり寄贈を受けた謂わば「栃木市お宝展」例えば…


高野薫邦「」1988年  田中一村「秋草図」1945-54年

田中一村の作品8点が2007年に寄託。日本のゴーギャンとも呼ばれる田中一村の作品がまたここで拝めるとはラッキー.蔵の中で観る一村はまた格別。

高野の作品は2003年に寄贈されたもの。1点だけの展示でしたがぴんと背筋を伸ばし、クローズアップされ描かれた蓮池からは力強ささえ感じることが出来ました。天井が低い蔵の美術館では高さ2m近くある作品に対しスケール感覚失い圧倒されてしまいます。


小杉放菴「面壁図」 北大路魯山人「志野茶碗」1950-55年頃

癸生川コレクション(けぶかわ)と石井コレクションがこの美術館の作品の中核を成しています。上記二点は共に癸生川コレクション。2階展示室は主にお茶の道具を中心に展示。大変贅沢な空間となっていました。

この日は珍しく、実の母親も連れて美術館へ。茶道の先生をしていた母にとっては歌麿よりも癸生川コレクションの茶道具の方が俄然興味があったよう。少しだけ親孝行した気分。これも「おたすけ蔵」のなせる技かと。

目的の歌麿「女達磨図」は2階の最後の展示室に掛けてありました。


喜多川歌麿「女達磨図」1790-1793(寛政2-5)年頃

先日の記事でも少し触れた通り、この作品は歌麿が江戸を離れ栃木市へ実際に来て描いた可能性が高いそうです。千葉市美術館の浅野秀剛氏により鑑定がなされ、筆法や署名から歌麿の真筆と断定。

歌麿の肉筆画は意外なことにも現在30点ほどしか残っていないそうです。フェルメール並みの少なさ!「女達磨図」は学術的にも大変貴重な発見。

歌麿が栃木在住の善野伊兵衛に以来され描いた三幅対の肉筆画「雪月花」(「吉原仮宅 深川の雪」「土蔵相撲 品川の月」「新吉原 仲の町の花」)


原寸大の「土蔵相撲 品川の月
肉筆画と言ってもその大きさは目を見張るものがあります。これが三幅対として存在していたのですから驚き以外の何物でもありません。

明治12年(1879)11月23日に栃木の定願寺で善野家によってこの「雪月花」の三幅対が展観されたという記録が残っているそうです。「花」と「月」は現在海外の美術館に現存することが確認されています。が、しかし「雪」(「吉原仮宅 深川の雪」)だけは行方知らずのまま。

昭和23年(1948)に銀座松坂屋で三日間「雪」が公開されたという記録が最後。どこにあるのか未だ分からず。歌麿が美人大首絵を描く契機となったとされる「雪月花」。行方知れずの「雪」を探し求め栃木市内の旧家を探していた時に、たまたま発見されたのが「女達磨図」だそうです。


「雪」(「吉原仮宅 深川の雪」)はいずこに…

さて、今一度「女達磨図」をじっくりと。



墨で描かれた輪郭線だけフォトショで取り出してみたくなる程、実に生き生きとした勢いのある筆致です。歌麿得意の「判じ絵」でも紛れ込んでいるのではないかと思うほど巧みな線が輪郭を織りなしています。

そしてその輪郭線とは対照的にお顔は実に丹念に丁寧に仕上げられていること観てとれます。隣で観ていたかみさんが言っていました「ここまでうなじをいやらしく描けるのだから相当スケベね」と。確かに。「後れ毛フェチ」がもし存在するとしたらもう速攻で画像保存→お宝フォルダ入り間違いなし!

これが数年後、江戸で爆発的な人気を博し一躍歌麿の名を世に轟かせることになる、美人大首絵の誕生の一端を担っているとなると余計わくわく、ぞくぞくさせるものがあります。

美術館から数件先では「女達磨図」初公開提携企画として「街角の小さな美術館」がオープン。そのにパネルで紹介されてあった発見当時の「女達磨図」。こちらを「今日の一枚」に。


かなり、痛みが目立ちます。それもそのはず、この歌麿の肉筆画は所有していた女性の夫が20〜30年前に廃品回収業者から3000円で購入したものだそうです。それを今回の公開に際し修復を。

頭部の強い折れ目はいかんともし難いようですが、他は綺麗さっぱりと。しかしそれにしてもあれだけ傷んでいた状態の時でも「うなじから首すじ」にかけては無傷。歌麿が精魂込めて描きあげた場所なのでしょうきっと。


「女達磨図」初公開提携企画 街角の小さな美術館「歌麿と栃木in太田家見世蔵」が開催されていた太田家見世蔵外観。

ボランティア・スタッフの方々大変お世話になりました。
貴重なお話聞かせて頂きありがとうございました。

「収蔵品展 絵画を謳う・工芸に憩う」は2月28日までです。


栃木市 とちぎ蔵の街美術館
〒328-0015 栃木市万町3-23 TEL:0282-20-8228
JR・東武栃木駅から徒歩15分

スポルディング・コレクション 歌麿 ベストセレクション 1 (額付き)
スポルディング・コレクション 歌麿 ベストセレクション 1 (額付き)歌麿

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- 「肉筆浮世絵のすべて展」(後期) | 弐代目・青い日記帳
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それでは最後に「今日の美味


太田家見世蔵隣の無農薬野菜と茶店「四次元ポケット静」の「じゃがいも入りやきそば」と「手作りチーズケーキ
何でも栃木では焼そばにジャガイモを入れるのが定番だそうです。俄かに信じられない方はこのページを。栃木市観光協会によるじゃがいも入りやきそばの公式サイト?まであります。因みにチーズケーキにはジャガイモ入っていませんでした。

おまけ:

日本・ギリシャ修好通商航海条約110周年記念特別展「写楽 幻の肉筆画」ギリシャに眠る日本美術〜マノスコレクションより
2009年7月4日(土)〜9月6日(日)江戸東京博物館

公式サイトオープンしています!!
  2007 年に世界遺産に登録されたギリシャ・コルフ島にある国立コルフ・アジア美術館には、ウィーン駐在ギリシャ大使のグレゴリオス・マノス氏が、 19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて、ジャポニズムに沸くパリとウィーンで購入した 1 万点以上におよぶ美術が所蔵されています。
 そのコレクションは 1 世紀のあいだほとんど人の目に触れることがありませんでした。しかし、 2008 年 7 月に日本の研究者による大々的な学術調査が行われ、謎の浮世絵師、東洲斎写楽による肉筆扇面画が発見されたのです。これは写楽が版画での活動を終えた後の 1795 年(寛政7) 5 月に描かれたものとみられ、従来の写楽研究に大きな影響を与える大発見となりました。このほかにも、喜多川歌麿、北斎などの新出の浮世絵版画のほか、江戸城本丸にあったといわれる狩野探幽の屏風の摸本(原寸大)など絵画作品も次々と確認され、ギリシャに眠る秘宝の全貌が明らかになりました。
 本展はこうした調査の成果を紹介するもので、膨大なコレクションから浮世絵、絵画など約 120 件が出品されます。真筆と確認されている写楽の肉筆画が一般に公開されるのは、世界で初めてのことです。


この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1670

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 平成15(2003)年3月に開館したとちぎ蔵の街美術館は、郷土ゆかりの美術工芸と近現代の陶芸を収蔵しています。陶芸は2人の所蔵家からご寄贈いただいた茶陶と水滴などで、それらの作品からは、陶芸家たちの卓越した技を見ることができます。収蔵作品のほとんどは、作家のご遺族や収集家からご寄贈いただいたもので、これらの方々のご協力により当館コレクションが形成されています。
 今回の収蔵品展では、「絵画を謳う・工芸に憩う」として、収蔵品の中から郷土ゆかりの画家・清水登之、橋本邦助、田中一村や鈴木賢二、竹細工を竹工芸の域にまで高めた飯塚琅玕斎らの作品、平成19年に栃木市内で発見され、当館の収蔵品となった喜多川歌麿の《女達磨図》、そして板谷波山や加藤土師萌ら近現代陶芸家の作品など70点を展覧いたします。
 選りすぐりの収蔵品の多彩な表情をお楽しみください。


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この記事に対するコメント

こんばんは。
一枚の名画に逢いに行く旅。
その醍醐味はなんともいえませんね。
そうやって会えた歌麿の肉筆美人画。
その後れ毛を眺めるのも乙なものです。

とら | 2009/02/20 9:26 PM
@とらさん
こんばんは。

まさか迷うはずもなかろうと
高く括っていました。
しかしこの歌麿の描いたとされる
肉筆画良いですね〜
独特の色気があります。
かみさんと観に行く作品ではないかも。
Tak管理人 | 2009/02/21 12:51 AM
こんばんわ。
セクシー女達磨。これ見て歌麿の
子連れの美人山姥を思い出しました。
金太郎に盃で乳か水か何か飲ませてるやつ。
こっちは額から耳あたりの後れ毛が・・
仏門の徒だろうが山姥だろうが
こうなってしまうあたり
業が深いのう!とか思ってしまいます。
達磨だから禅画風に衣装の線は
ライブ感を出して
こんな風にしてみました!という
感じなのに中身はやはりこうなのね・・
いいですねえ。
今回は無理っぽいので画像で我慢
今後の公開を待ちます。
へっぽこもふ | 2009/02/21 9:13 PM
@へっぽこもふさん
こんばんは。

歌麿の作品にはあからさまな
Erosを感じるものが多々あります。
春画のようにダイレクトに描かずとも
しぐさなどで示すそれは
現代人の我々をも釘付けにします。

この女達磨図もはじめ新聞で
拝見した時はさしたる感動も
無かったのですが、こうして
お色直しも終え、実物と対面すると
ぞくぞくするような「美」を感じました。
Tak管理人 | 2009/02/22 7:11 PM
 田中一村 いいですね〜
| 2010/03/14 7:26 PM
@| 2010/03/14 7:26 PM |さん
こんにちは。

はい。一村よいです。
Tak管理人 | 2010/03/17 5:57 PM
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 温かい冬の日。栃木市まで遠出した。とちぎ蔵の街美術館の「収蔵品展ー絵画を謳う・工芸に憩う」という地味な名前の展覧会であるが、2007年に再発見され、修復された喜多川歌麿の肉筆画《女達磨図》が初公開されているのである。  この美術館は2度目。前回は行き
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蔵の街 美術散歩 | 南風録ぶろぐ | 2009/02/24 10:56 PM