青い日記帳 

TB&リンク大歓迎です!
<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< サントリーミュージアム[天保山]初の現代アート展開催中!! | main | 「平泉展」 >>

「小杉放菴と大観」

出光美術館で開催中の
「近代日本画のロマン 小杉放菴と大観−響きあう技とこころ−」展に行って来ました。



昨年9月にここ出光美術館で拝見した「近代日本の巨匠たち」展に出ていた「金時遊行」等の印象が強かったせいもあり、小杉放菴に対して、今まで「日本におけるルソーのような画家さん」といった漠然としたイメージで捉えていました。

数点こちらで小杉放菴の作品を拝見し勝手に田舎生まれ田舎育ちの素朴な画家さんといった間違ったイメージを抱いていました。


小杉放菴「湧泉

ところが今回の展覧会でまとめて小杉放菴の作品を60点近くたっぷり、じっくりと拝見し解説を読みこれまでの放菴に対する印象ががらりと変わりました。

ラシやポスターからその展覧会の核となる作品や見どころが、上手く伝わらないことしばしば起こります。「天のうづめの命」一枚だけでは観に行くべきか、パスすべきかどうにもこうにも迷うところ。

小杉放菴(1881〜1964)は、かつて未醒(みせい)と号を称し洋画を描いていた時期もあったそうです。まずこの時点でも既に驚き。とりわけ19世紀フランスの画家ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌに憧れ、日本を離れ洋画の勉強のためにヨーロッパまで当時わざわざ出かけてもいるのです。この時、放菴32歳。

(ちなみにピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌはあのゴーギャンも強い影響を受けた画家さんです。→「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」の横長の画面や画中の人物など

放菴がヨーロッパで描いた作品も展示されていました。

スペイングラナダ娘」1913年

マティスら野獣派(フォーヴィズム)の影響を色濃く残した作品です。
ところがパリでたまたま見かけた池大雅の「十便帖」(模写)に接し「自分の内なる東洋」に突如目覚めることに。それは洋画家・未醒の終焉でもありました。

帰国後、13歳も年上の近代日本画を代表する作家、横山大観に自ら「運命的な出会い」を求めるかのように接したのも東洋、日本画への強い関心の現れだったのでしょう。(以下出光美術館アート・ニュースより転載…「大観が洋画の技法を学んだ初期の作品と、未醒時代の放菴がヨーロッパ留学 前に描いた水墨画を並べ、若き大観の洋画志向と未醒の日本画志向とを照ら し合わせ、二人の必然的な出会いを浮き彫りにします。」)


小杉放菴「出関老子」1919年

洋画家として第6回の院展に出展した作品。カンヴァスに油彩で描かれた紛れもない洋画ではありますが、画題はどう見ても東洋のもの。西洋画家から日本画家への移行期の作品にあたるのでしょうか。

こちらはそれから約3年後に描かれた横山大観の作品。

横山大観「月下逍遙」1921年頃

大観の十八番である「朦朧体」で描かれた作品。
普段は時間をかけずにさっと見て終わりにする大観の作品も、放菴と並べて展示することにより生み出される不思議な調和によって「長居」せざるを得なくなります。

観に行く前は「放菴の作品だけでいいのに〜(大観なんていらない!)」と思っていましたが、大きな間違いでした。ハーモニーを醸し出すために大観作品を数点添えるとは、この展覧会企画された学芸員さんのセンスがキラリと光り、また同時に放菴に対する想いがひしひしと伝わってくる好企画です。

見逃すことのできない展覧会にまたひとつ出会うことが出来ました。
観に行って良かった〜

最後に「今日の一枚

問題:次の二枚の作品のうち、小杉放菴が描いたのはさてどっち?





答え:上が五百城文哉の作品。下が放菴の作品。
共に「日光東照宮」を描いた一枚。

五百城文哉は放菴が18歳で上京するまで生れ故郷である日光の地で師事した画家さん。(以前拝見した「五百城文哉展」の記事

因みに放菴の父親は、日光二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)の神官であり平田派の国学者であった人物。放菴が遠く離れた欧州の地で目にした池大雅の作品に「帰りゆくべき道」を神の啓示の如く発露したのは決して偶然ではなかったこと理解できます。

そうすると…櫻田山神社の39代目にあたるこの人の行く末は如何に。

「小杉放菴と大観」展は3月22日まで。お勧めの展覧会です。
とらさんのブログにとても丁寧に展覧会について書かれてあります。


出光美術館
〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階


小杉放菴の原風景―そして小杉放菴記念日光美術館はこうして創られた
小杉放菴の原風景―そして小杉放菴記念日光美術館はこうして創られた
石川 正次


次回の出光美術館の展覧会は…

日本の美・発見I 水墨画の輝き ―雪舟・等伯から鉄斎まで―
2009年4月25日(土)〜5月31日(日)
水墨画は唐時代の中国に生まれ、12世紀末頃に日本に伝わった東洋独特の造形芸術です。その絵画表現における根本的な立脚点は“自然界に溢れる色彩の再現を放棄する”という特異なものであり、そのために水墨画独自の高度な技法が洗練され、みずみずしいモノクロームの世界が生み出されました。本展では、室町時代から近代までの水墨画を展示し、日本水墨画の歴史とその表現の広がりをご覧いただきます。想像以上に自由で、豊かな表情をもつ水墨の世界をお楽しみください。


それでは最後に「今日の美味


十勝味倶楽部の「十勝焼きいも スイートポテト
北海道に行ってきたWさんからのお土産。
お菓子と焼いもの中間?ほくほくと湯気が立つような錯覚さえ。
甘さ控えめ、これは美味い!!ありがとう〜Wさん。

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1691

JUGEMテーマ:アート・デザイン


「金太郎」「良寛和尚」など優しい画風で知られる小杉放菴(1881〜1964)は、若い頃は未醒(みせい)と号したほど、酒好きで豪放磊落な洋画家でした。日光で高橋由一の門人・五百城文哉に洋画を学びますが、青雲の志おさえ難く、18歳で上京、小山正太郎の画塾・不同舎に入ります。当時、世界的に流行したフランスの画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌを崇拝し、シャヴァンヌに似たフレスコ画の作風で、30歳には文展で連続して最高賞を得ました。この賞をきっかけにヨーロッパに遊学しますが、パリで江戸時代の文人画の巨匠・池大雅の画帖「十便帖」の複製に自分の“帰りゆくべき道”を発見してから、次第に日本画に傾倒してゆき、昭和期には放庵(後に放菴)の画号で日本画を専ら描くようになります。

洋画家としての名声をほしいままにしながらも、自分の理念にまっすぐな放菴の生き方は、日本画家・横山大観(1868〜1958)をも惹き付けました。自らの画業模索の時期にあって、洋画に新境地をたのんだ大観。東洋の精神を愛した洋画家・放菴。運命的な出会いを果たした二人は、日本美術史に一大事件を起こしました。二人がたてた、日本画・洋画の区別なく研究する自由美術研究所の構想は、岡倉天心亡き後の再興日本美術院にそのまま受け継がれ、放菴を筆頭に日本美術院にはじめて洋画部門ができたのでした。

歴史上では切り離せない二人ですが、二人の交流を描いた展覧会は何故かほとんどありませんでした。放菴と初代館長、出光佐三の交友によって築かれた出光コレクションの放菴作品は、国内屈指の質・量であるだけでなく、放菴と大観が生きた激動の時代に集められたものでもあります。本展では、画技を磨きあった大正時代の二人に焦点をあて、二人の画風が近づき、また離れて、それぞれの個性が輝いて昇華してゆく美の過程を約80件の作品で紹介します。洋画と日本画の心地よいハーモニー。共に「東洋」に憧れ、日本の自然を愛した二人の心のふれあいでたどる展覧会です。
展覧会 | permalink | comments(7) | trackbacks(6)

この記事に対するコメント

こんばんは
ずっと待っていた展覧会なので、嬉しかったです。
描かれた人物たちが皆、のほほん&ほんわか系で可愛くて可愛くて・・・

大観の、のんびりムードな絵が放菴との出会いから生まれていったと言うのも、素敵な話です。

>十勝焼きいも スイートポテト
「放菴と大観」のほこほこムードにぴったりですね♪

しかし未醒の頃の洋画作品も、わたしはけっこう好きです。
遊行七恵 | 2009/03/12 10:28 PM
@遊行七恵さん
こんばんは。

そうそう、遊行さんお好きだったはずと
思いながら観てきましたよ。

大観なくていいのにと
思っていましたがあれないとダメですね。
展覧会として一段格が上がったように思えます。

「今日の美味」貢物によって
成り立っているようなものです。
Tak管理人 | 2009/03/12 10:37 PM
こんばんは。

ソルボンヌ大学講堂のの壁画はシャヴァンヌ。
東大の講堂の壁画は小杉放菴。
偶然 or 必然?

拙ブログの紹介ありがとうございました。
とら | 2009/03/13 8:17 PM
Takさん
こんばんは

この展覧会はよかったですね...
私は墨で描かれた日本画に引き込まれました...
lysander | 2009/03/14 1:21 AM
@とらさん
こんにちは。

偶然かはたまた必然か・・・
思っていた以上に
楽しめた展覧会でした。
時間ぎりぎりまで館にいました。

@lysanderさん
こんにちは。

油ぎった西洋画にほとほと
疲れたころなので、さっぱりした
水墨画自然と気持ち向かいますね。
Tak管理人 | 2009/03/14 2:51 PM
出光美術館へは今回初めて行ったのですが、
限られた字数の中にそのまま書籍化できるのではないかと
思われるほど充実した解説がなされ、
なおかつ作品に対する深い愛情が感じられるキャプションに感服しました。

きっとすばらしい学芸員の方がいらっしゃるのでしょうね。
このところ小規模美術館で落ち着いて美術鑑賞することが
好きになってきたところでしたが、また一つ好きな場所が増えました。

山種のお花見は千鳥が淵の桜が散ってから
ゆっくり鑑賞して来ようと思いますが、
今週末は府中で山水画です。
prelude | 2009/03/27 1:18 AM
@preludeさん
こんにちは。

ここの美術館は毎回毎回
仰る通りキャプションや
企画内容が充実しています。

自分のところで持っている
作品を主軸に展覧会が
構成できる美術館の強みだと思います。

年に数回発売されている館報も
毎回読み応え十分です。難しく理解できないのも多数。

府中行かねばなりませんね!
帰国してからも忙しい忙しい。
Tak管理人 | 2009/03/27 10:23 AM
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://bluediary2.jugem.jp/trackback/1691
この記事に対するトラックバック
出光美術館で「小杉放菴と大観ー響きあう技とこころ」展が開かれている。 ’98年の春、大阪の出光で回顧展を見て以来、ずっと待っていた。 ...
小杉放菴と大観ー響きあう技とこころ | 遊行七恵の日々是遊行 | 2009/03/12 10:23 PM
 なかなか面白い組み合せの展覧会。早速2日目に行ってきた。 <小杉放菴の生涯> 第1章 洋画家・未醒時代  小杉は本名を国太郎といい、1881年に日光で生まれ、日光在住の洋画家・五百城文哉に学んだ。(五百城文哉展の記事はこちら) 会場には、五百城と小杉
暖色系の油彩画、おおらかな天のうづめの命や、飲んだら分かると 言ってる風の大伴旅人もいいけれど、私がより好むのは日本画とし て描かれた絵です。 その中では、さながら一篇の童話のように、杖を使って石を羊に変 えていく『黄初平』や、自分にそっくりな牛にまた
近代日本画のロマン 小杉放菴と大観 (出光美術館) | 徒然と(美術と本と映画好き...) | 2009/03/14 1:22 AM
雨降りの東京です。目白坂上にある講談社 野間記念館と、丸の内にある出光美術館が、有楽町駅1本でつながっているのに気づいて、どちらも横山大観が並んでいるので、行ってきました。 野間記念館では、 「横山大観と木村武山」「誌上の光彩〜樺島勝一」 会期:3/
野間記念館と出光美術館 | 南風録ぶろぐ | 2009/03/15 10:04 PM
数年前に「美の巨人」たちで東大の安田講堂の「泉」が取り上げられ、はじめてこの画家を知った。東大紛争安田講堂攻防の際、警察の放水を受けて剥がれたしまったのが、20年後に修復されたとのこと。今回はこの下絵が出展されている。油絵具で日本画を描こうとしたもの
小杉放菴と大観−響きあう技とこころ出光美術館 | つまずく石も縁の端くれ | 2009/03/19 4:55 AM
   出光美術館で「小杉放菴と大観 響きあう技とこころ」展を観てきました。いつ行っても、なんか出光美術館って、すごくわかりやすく展示してくれています。過去に出光で観た「文字の力・書のチカラ」展、「志野と織部」展、「国宝・風神雷神図屏風」展、等々