青い日記帳 

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「完全復元伊能図全国巡回フロア展」

東京都江東区深川スポーツセンターで4月11日、12日開催の
「伊能忠敬日本測量開始210周年記念〜完全復元伊能図全国巡回フロア展〜」に行って来ました。



江戸時代、伊能忠敬により作成された「伊能図」(いのうず)の名で知られる「大日本沿海輿地全図」(だいにほんえんかいよちぜんず)。

明治時代に焼失し原本自体は失われてしまいましたが、国内外で保管されていた伊能図の写しを基にデジタル技術を駆使し全214枚を見事に甦らせ公開。

美術には全く興味関心の無い同僚から「明日と明後日、深川で伊能図公開されるので観に行く」と聞かされ、自分も急遽予定を変更し深川へ。

深川スポーツセンター3階の体育館フロア一面に復元された伊能図がびっしり!


フロアには最も大きな「伊能大図」(214枚)「中図」(8枚)「小図」(3枚)がまさに足の踏み場もないほどびっしりと敷き詰められています。

「中図」「小図」と言ってもこの大きさです。


3万6千分の1の縮尺で東西47メートル、南北45メートルにもなる最大の「伊能大図」に至ってはそのままでは体育館に収まり切らず、仕方なしに北海道を分離させ日本海部分に配置。


214枚からなる「伊能大図」の1枚の大きさが畳一枚に匹敵するサイズ。
どれだけのものだか見当もつかないほど巨大。

寛政12年(1800年)から文化13年(1816年)に渡り、伊能忠敬が中心となり日本国中、くまなく実測し作成した日本地図。さながら一大国家プロジェクト。

最初はほとんど趣味の延長だったものが、いつの間にやら幕府のお墨付き事業へ。現代人の我々のイメージとしては江戸から出発しぐるりと日本一周なんて少々お気軽な感じで捉えがちですが、測量旅行は全部で10回。約17年を費やしての大仕事。人から「やれ」と言われ出来るものではありません。

伊能忠敬の執念の如き熱意がなければ、到底完成などしなかったでしょう。
「伊能大図」の上を実際に江戸から東北、北海道、北陸、山陰、九州、四国、山陽、東海とぐるり一周歩いてみましたが、これだけでもしんどい。

それなの伊能忠敬は実際に全国各地を歩いて測量して周りこれだけ、精密な日本地図を作りあげてしまったのですから、驚き以外の何物でもありません。


銚子付近。忠敬が50歳で隠居するまで生活した香取市佐原の近く。

忠敬50歳までは酒造家(商人)として才覚を奮い、第1次測量を開始したのは何と56歳になってからだというのですからこれまたビックリ。


宮城県、松島。
第2次測量時に本州東岸を実測。リアス式海岸や松島のような小島の多い東北沿岸は船を使い計測したとか。九十九里浜とは対照的に複雑に入り組んでいる東北の海岸線の測量はさぞかし大変だったかと。


伊勢、志摩。
伊勢神宮、内宮と外宮もしっかり確認できます。
伊勢神宮には第5次測量と第6次測量でそれぞれ立ち寄ったそうです。因みに第6次測量の際は元旦を伊勢で迎え、初詣も。


現在ベネッセハウスや地中美術館が建つ瀬戸内海に浮かぶ直島。
これだけリアルだと何処に地中美術館が現在あるのかもすぐ分かります。

四国金刀比羅宮もしっかり記載されています。

“金毘羅 船々追い手に 帆かけて シュラシュシュシュるんるん
唄い出したくなる楽しさ。


京都、奈良は更に詳細に神社仏閣まで記載されています。

もしかしてあるかな〜とおもったら…

やっぱりありました!興福寺!!手前には東大寺も。
「薬師寺展」「阿修羅展」の次は「東大寺展」来年は東大寺が熱い!

こんな感じで、ゆうに1時間以上はこの体育館にいました。
伊能図見ていると時の経つことすっかり忘れてしまいます。

予想通り、東京(江戸)周辺はひっきりなしに人の群れが。

指をさし「ここ、ここ私の実家!」なんて楽しげな会話が絶えず飛び交っていました。小学校に入学し学校でもらった「地図帳」を飽きることなく見ていた頃に皆さんお戻りになられた様子。

地図には浪漫があります。

浪漫はまた人を動かす原動力ともなります。
伊能忠敬を「偉人」とさせたのも間違いなくそのロマンに他なりません。
お金のため、名声のためにやっていたら、全く割の合わない仕事です。
(実際に測量旅行の最中に大病を患ってしまったりと苦難も多かったそうです)

この伊能図を国外に持ち出そうとしシーボルトが捕まってしまった事件はあまりにも有名ですが、会場内の関連年譜を見ていると、隣に居合わせた方から「これが凄いんだよ!」とある「事件」を教えて頂きました。
1861年(文久元年)
アクテオン号を旗艦とするイギリス海軍の測量艦隊が来日し沿海測量と測探を行った際、監督の幕府役人が持ち込んだ伊能小図を艦長のワード中佐が見て、幕府に依頼して同図を譲り受け、沿岸測量を中止して引き揚げた。
極東のこんな国にまさかこれほど正確な地図が存在するとはゆめゆめ思っていなかったのでしょう。以後、ヨーロッパで発行される世界地図に描かれる日本列島の姿が急に正確になったそうです。


明治以降、三角測量による帝国図に逐次更改されていった「伊能図」ですが、何と昭和4年(1929)まで測量の難航した地域では伊能図がそのまま利用されていたそうです。部分的ではあるにせよ、伊能図は108年間の永きに渡り生き続けたことになります。あらためて恐るべし伊能忠敬。そしてこれほどまでの偉人が日本にかつて居たことに同じ日本人として誇りに思わずにはいられません。

とてもエキサイティングな展覧会でした。

最後に「今日の一枚


やっぱり最後は富士山で!!

「完全復元伊能図全国巡回フロア展」は4月12日まで。
その後平成23年12月までの間、日本各地へ巡回するそうです。


問い合わせ先
〒113-8530 東京都文京区湯島1-2-4
日本ウオーキング協会 伊能図展担当
電話:03-4256-7855


深川スポーツセンター
〒135-0044 江東区越中島1-2-18
東京メトロ東西線・都営大江戸線 門前仲町駅(4番出口)徒歩5分    
JR京葉線 越中島駅(1番出口)徒歩2分


図説 伊能忠敬の地図をよむ (ふくろうの本)
図説 伊能忠敬の地図をよむ (ふくろうの本)
渡辺 一郎

伊能忠敬の大偉業になぞってしまうのは大変、おこがましく、厚かましいことですが、このブログもあくまでも趣味として熱意を注いでいるからこそ、こうして毎日続けられるのかな〜と帰りの電車の中でふと。

これが仕事だったら、興味関心のないことだったら週一回でも更新出来ればいい方。初心忘れるべからず。自分も頑張らねばと背中を後押しされ勇気を与えられた展覧会でもありました。

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それでは最後に「今日の美味


Confiserie Heindl」の「Mozart Kugeln」(モーツァルト・チョコ)
Iさん、Yさんのウィーン土産。ありがとう〜

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1722

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2010年は、伊能忠敬が全国測量の第一歩を踏み出してから210年目にあたります。
伊能忠敬は足掛け17年かけて日本全国を歩いて測量し、正確で美しい日本地図を完成させました。
幕府に提出された伊能図は、明治6年の皇居の火災により焼失し、現在見ることはできません。
しかし幸いなことに、この10年の間に、伊能大図等の副本や模写図が、日本、フランス、アメリカから次々に発見され、その全貌が明らかになりました。
私たちは、千葉県佐原(香取市)の商人・伊能忠敬が、50歳で隠居して江戸に出て、天文・暦学を学び、55歳より72歳までかけて、初めての実測による日本地図を完成させた不撓不屈の人生とその業績を讃え、「伊能忠敬に学ぼう!続こう!」をモットーに伊能大図等を完全復元し、全国各地でフロア展示を開催することとなりました。
200年前の日本はどのような姿で、どのような地名で呼ばれていたのか。完全復元図を身近に観て、ふれて、学んでいただくことにより、大いなるエネルギーを感得していただけることでしょう。明日を担う青少年には、特に一見いただきたいと念願しています。
今回、各地で発見された伊能図等の中から優品を選んで、伊能忠敬が江戸幕府に最終上程した大図214枚、中図8枚、小図3枚を全て揃えて、現物に近い描画としてご披露いたします。
日本写真印刷(株)による最新のコンピューターグラフィックスにより、最も良質に保存されていた国立国会図書館の大図等をモデルに着色、アメリカで発見された大図も美しく蘇りました。
伊能大図は1枚が畳約1畳の大きさです。その全貌を接続して見るためには、巨大なフロアが必要です。フロアがあれば全国どこででも開催いたします。全国各地のみなさまの大きなご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。
展覧会 | permalink | comments(4) | trackbacks(1)

この記事に対するコメント

日曜日の午後に覗いてきましたが、
会場は、熱気ムンムンでした。
伊能忠敬!大した男ですね。
とら | 2009/04/12 6:43 PM
私も今日(日曜日)行って来ました。

「一人の男の執念」に感動しました。

私のブログでは、こちらほどの内容はとても書けませんので

私のブログを見に来た方には「弐代目・青い目日記」を見て

下さいとリンクを張らせて頂きます。

「伊能図」のご縁で格調高いブログに出会えました。
安芸 | 2009/04/13 1:33 AM
@とらさん
こんばんは。

教えてくれた同僚も日曜午後に行ったそうです。
大層混雑していたとか。
また巡回し是非公開してもらいたいものです。

@安芸さん
こんばんは。
コメントありがとうございます。

学生の頃、伊能忠敬について習ってはいましたが
大人にならないとその偉大さとかピンとこないかもしれません。

伊能忠敬に比べたらまだまだひよっ子。
勇気と活力もらってきました。

リンクありがとうございました。
今後とも宜しくお願いいたします。
Tak管理人 | 2009/04/13 6:37 PM
今日2011年4月24日、長野県飯田市鼎体育館で同巡回展を見てきました。とても楽しかったので、帰宅してgoogleっていたら貴ブログが・・。あれ、このブログには見覚えがある!
以前たしか伊藤若冲を調べた時か、はたまた徳川家の秘宝展の後か、よくヒットしては為になる追加情報を頂けるブログでした!いつもありがとうございます。
 さすが、TAKさん。私も伊能忠敬氏の足跡を体育館でたどればよかった、そんなことは思いつかなかった・・・。
まりこ | 2011/04/24 11:09 PM
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 伊能忠敬が17年かけ、9回の大旅行て測量した日本地図。大図210、中図8、小図3枚の原図は焼失しているが、この10年の間に副本や模写図が、日本のみならず外国からも見つかってきた。  これを着色CGパネルとして見せてもらえることになった。新聞やTV