青い日記帳 

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『もっと知りたいゴーギャン』

傷害、殺害事件の容疑者が逮捕されテレビの映像を見て「あ〜事件起こしそうな人だよね〜悪そうな面しているわぁー」と開口一番。「あの人ならやりかねないね」と。

このニュースを目にした時、きっと同じような感じ覚えた方多いのでは?

Van Gogh's ear 'was cut off by friend Gauguin with a sword'
Telegraph.co.uk - ‎May 4, 2009‎

ゴッホの耳を切り落としたのは、ゴーギャンか、ドイツの歴史家が新説を説く
IBTimes 2009年05月06日


ゴッホ「包帯をした自画像」1889年1月

1888年12月23日 35歳のゴッホはゴーギャンと口論の末、自分の左耳の一部を切断するという大変ショッキングな事件を発作的に起こしたとされます。世にいう、ゴッホの「耳切り事件

以下、Wikipedia フィンセント・ファン・ゴッホより
1888年にポール・ゴーギャンと南フランスのアルルで共同生活をする(他に十数人の画家の仲間達を招待していたが、来たのはゴーギャンだけだった)が不和となり、ゴーギャンに「自画像の耳の形がおかしい」と言われると、自らの左の耳朶(じだ)を切り取り、女友達に送り付ける

ゴッホ手ずから耳の一部を切り取り、しかもあろうことかそれを紙に包み、馴染みの娼婦の元へ届けたというのですから、この後アルルの街から追い払われるように精神病院送りになってしまったのも確かに頷けます。

A local newspaper reported that at 11:30 on Dec. 23, 1888, Van Gogh handed in his severed ear at a local brothel; the recipient of the grisly parcel, a certain Rachel, was understandably upset. This story was substantiated by the policeman who investigated the incident.


ゴッホ「包帯をしてパイプをくわえた自画像」1889年1月

アルル町長殿、この男の異常な言動は近隣の住民、とりわけ婦女子にとって不安極まりない状態です。公共の安全のため、ぜひとも彼を家族に引き取らせるか、精神病院に入院させるべく御手配ください」(「芸術新潮」1990年8月号より)こうしたアルルの住民の署名運動まで引き起こしてしまったゴッホの「耳切り事件」

ゴーギャンもこの事件をきっかけにアルルからゴッホのもとから去り、二人はその後二度と会うことなくそれぞれ短い生涯を別々の地で迎えることになります。

しかーし、今回ドイツの歴史家が唱えた新説はこうです。
なじみの売春婦をめぐって口論になり、ゴーギャンが剣を振り下ろすとゴッホの耳がそげ落ちた。故意か事故かは不明だが、ゴーギャンは剣をローヌ川に捨て翌日、警察には「ゴッホが自分で切り落とした」と説明。事件後、ゴーギャンが家を出たため、失意のゴッホは沈黙を守り続けたという。

この記事を目にしてまず最初に「ゴーギャンならやりかねないな」と。そして「あ〜事件起こしそうな人だよね〜悪そうな面しているからー」

精神的に病んでいたゴッホが夢見たゴーギャンとの共同生活に行き場のない閉塞感を抱き「耳切り事件」を起こしてしまったというこれまでの定説も納得できます。

しかし、それ以上に自分の心の中で見事に符合したのが今回の新説「ゴーギャン真犯人説」なのです。ゴーギャンならやりかねません。ヤツは悪者ですニョロ


ゴーギャン「『黄色いキリスト』のある自画像」1889〜90年
この春オルセー美術館で撮影してきた一枚です)

もとより、ゴーギャンは決してゴッホの理想に応じアルルへやってきたわけではありません。ポン=タヴェンの生活よりも金銭的に安定していたからです。ずばりゴッホの弟テオからの資金援助が目的。

名古屋ボストン美術館で現在開催中の「ゴーギャン展」(7月3日からは東京国立近代美術館にて開催。出展作品数や質は東京展が遥かに上。正式な巡回展ではないようです。「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」が目玉であること以外は)

この「ゴーギャン展」に合わせるように東京美術出版からこちらの本が先月発売になりました。ゴーギャンに関する本、ありそうでないのでこれは貴重な一冊。


「もっと知りたいゴーギャン―生涯と作品」六人部 昭典

元々ゴーギャン嫌いな自分。今回竹橋で「ゴーギャン展」(「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という超大作がやって来る展覧会!)が開催されなければもしかして手にしなかった一冊。

でも、嫌い嫌いと避けているだけではいけません。基本食わず嫌いなだけです。これをチャンスとばかりにゴーギャンの生涯に迫らねば。


しっかりとアルルでのゴッホとの共同生活に至るまで、そして短い生活、「耳切り事件」などなど紹介されています。

それにも増して、ゴーギャンのことあまりにも知らないでいたことが、一通り目を通しただけで分かります。今までゴーギャンの作品沢山観て来ましたが一体何を観てきたのか自分が恥ずかしくなるくらい。。。

ゴーギャンのゴの字もろくに知りもせず、嫌い嫌いと言っていたのですから笑止千万。でもね、彼の生涯知ると「もっと嫌い」になること請け合い。この本読んだばかりだったのでタイミングの良さに驚いた次第。そう「ゴーギャン真犯人説」。彼ならカッとなってフェンシングの剣でゴッホの耳切り落としかねません。


ゴーギャン「ひまわりを描くファン・ゴッホ」1888年

この絵を見たゴッホは「これは確かに僕だ。でも発狂した僕だ!」と叫んだそうです。何かある度にゴーギャンは自分はもうパリに帰ると口にしたそうです(実際にゴッホの弟テオ宛ての書簡にも記されています)繊細なゴッホの気持ちにわざと揺さぶりをかけるかのような言動です。

アルルを後にしたゴーギャンは1891年にタヒチ行きを決意。1894年にはパリに出戻りますが生活は上手くいかず再び失意の念を抱き1895年タヒチへ。病魔にも侵され自らの死を決意して描いた大作が今回日本に初めてやって来た「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

これまた謎に満ちた大作ですが、「もっと知りたいゴーギャン―生涯と作品」ではページを増やしこの名作に詳しく言及。

「ゴーギャン展」観る前に後に是非読みたい一冊。
喰わず嫌いはいけません、いけません。
嫌いなニンジンもちゃんと食べなきゃね。

竹橋、東京近代美術館での「ゴーギャン展」は7月から。
「ゴーギャン展」記者発表会

ゴーギャン展公式サイト


ゴーギャン展公式サイト

「耳切り事件」の真相は闇の中ではありますが、悪人ゴーギャンの傑作を前に「おまえ本当はどうなの?」と今から問いかけてみたい気持ち満々。

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」だけでも絶対観たいと思っていたのに、こんな新たなネタまで投下されるとは。悪運の強い男だこと。

最後にこんな興味深い文をひとつご紹介。
ゴッホがピストル自殺した訃報を知ったゴーギャンは…
ゴーギャンは言った。
「この死がどんなに痛ましくとも、ぼくはさして悲しみはしない。なぜなら、ぼくはこの事態を予測していたし、また自分の狂気と闘うこの男の苦しみを知っていたからだ。いま死ぬことは彼にとって大きな幸福だし、まさしく苦しみの終わりなのだ」(ベルナール宛書簡・1890年8月)。

南海のイエス=ゴーギャンにも「ゴルゴタの丘」は迫っていた。はじめに見た自画像と1896年のそれとをくらべてみるがよい、受難の救世主には、もはやジャン・ヴァルジャンの悪魔的な活力は失せている。

やがて処刑はゴッホと同じく"自殺"という形でおこなわれたが、結局は未遂に終わった。
あるいは、イエスが死に、悪魔が生き残ったというべきなのかもしれぬ。
出典「芸術新潮」1987年3月号(悪役ゴーギャンの魅力)より。

隣は前出の「芸術新潮」1990年8月号(ゴッホ最後の70日)

ゴーギャンの大傑作が来日すると知ってすぐ探し買い求めた一冊がこの「芸術新潮」1987年3月号(悪役ゴーギャンの魅力)徹底的に知りたくなるんですよね〜自分。気が向くとですが。7月までまだまだゴーギャンの悪人ぶりしっかりチェックしなくちゃ。同じ「悪人」としても。


ゴーギャン「自画像」1896年

それにしても、

イエスが死に、
   悪魔が生き残ったというべきなのかもしれぬ。


なんて正鵠を射た表現なのでしょう〜深く納得。
こういう鋭いフェンシングの剣のような文章書きたいなー

もっと知りたいシリーズからはゴッホも出ています。
こちらも合わせて!→レビューはこちら
もっと知りたいゴッホ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
「もっと知りたいゴッホ―生涯と作品」 圀府寺 司

☆現在オランダ、ファン・ゴッホ美術館で開催中の「Van Gogh and the colours of the night」(ファンゴッホと夜の色)展の感想はこちらです。

【関連エントリー】
- 「ゴーギャン展」記者発表会 | 弐代目・青い日記帳
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- 高い!!ゴーギャン | 弐代目・青い日記帳
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「もっと知りたいゴーギャン―生涯と作品」六人部 昭典
ゴーギャンの数奇な人生と、作品が示す象徴主義的な傾向。本書では、ゴーギャンの生涯を辿るとともに、様々な作品の魅力と本質に迫る。ビジュアルを豊富に用い、「ゴーギャンという謎」を解き明かす。

おまけ:
1888年ゴッホの申し出で、ゴーギャンとお互いの自画像を交換した二人。
それぞれの自画像はこちらにアップしてあります。

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1748

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この記事に対するコメント

名古屋のゴーギャン展行って参りました。
確かに展示点数と質はちょっと微妙なところだとは思いました。
ただそれを圧して「我々はどこからきたのか 我々は何者か 我々はどこへいくのか」は素晴らしい作品でした。
名画の持つ「目を離させない」魅力があります。
あれは解ける事のない謎掛けだと思います。

ゴーギャンは確かに見る限り善い人ではなかったと思います。少なくとも周りの人間を幸福にするタイプの人間ではなかったようです。
それでもその作品は素晴らしい、と思います。
たかぴー | 2009/05/07 11:15 PM
わたしもこれを新聞で読んで「さもありなん」という感想でした。
数年前に三谷幸喜が「コンフィダント・絆」という芝居を上演したのですが、
この時のキャスティングがゴーギャン:寺脇康文、ゴッホ:生瀬勝久、スーラ:中井貴一でした。
寺脇さん、たしかに悪人顔かも?
さちえ | 2009/05/07 11:29 PM
いつも興味深い内容の日記をありがとうございます。

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
ゴーギャンは特に好みではないのですがこの一点は別で、名古屋へ観に行って参りました。

ゴーギャンをモデルにモームが「月と6ペンス」を書きたくなったのが分かるような…
人格と作品の善し悪しの関係なさにも強烈に魅力を感じます。
(身近にいたらそんな呑気なことは言えないのでしょうが…)
あちゃこ | 2009/05/08 12:44 AM
ゴッホの耳切り事件の新説ニュースは、私も見ました。
たしかに「ゴーギャンならやりかねない」という意見に
は、納得しちゃいますねぇ。
私はゴーギャンの絵が好きなのですが、好きなゆえに
いろいろ知りたくて学生の頃は随分、本を読んだのですが
知れば知るほどいい所の無い人で、ビックリしたものです・・・^^;
まぁ、あんまりヒドイ悪人だっかからこそ、タヒチ時代の
最後の作品が感動的なのだと思います。
えび | 2009/05/08 3:02 PM
@たかぴーさん
こんばんは。

>名画の持つ「目を離させない」魅力があります。
>あれは解ける事のない謎掛けだと思います。

謎だらけの名画ですよね。
そして圧倒的な存在感のある作品。
はやく東京に来ないかなーー

本来は性格の良し悪し作品鑑賞と
関係無いのですがねたがねただけに。
確かに彼、周囲の人を不幸にするタイプですね。

@さちえさん
こんばんは。

そのキャスティングなかなかですね〜
スーラの中井貴一が笑えます。

ゴーギャンへのイメージから
誘導された新案のように思えるくらい
彼の仕業としてぴたり符号します。

@あちゃこさん
こんばんは。

「我々は〜」は是非この目で拝見しなくてはと
思っています。チケットもゲットしました。
後は東京にやってくるのを待つばかりです。

肉声とか残っていないのでしょうかね。
声を聞くとまた印象変わるかもしれません。

@えびさん
こんばんは。

納得しちゃいますよね〜
ゴーギャンを知っていればいるほど。

絵はぐっと引き寄せるものありますが
そのあと彼について知ると何だかな〜と
いう気分に。。。
まぁ聖人君子が描いた絵とか
つまらないでしょうけどね。きっと。
しかし「やっぱりーー」です。
Tak管理人 | 2009/05/08 5:41 PM
ゴーギャン説はびっくり。
ゴッホの自画像の繊細な目とゴーギャンの自画像はあまりにも性格の違いが感じられますものね。
モームの月と6ペンスを先に読んでから絵を見てましたが。まあびっくり、、
東京で展覧会が開催されたら、違った見方で見てしまうかも。
いつも、こちらの記事を参考にして見に行ってます。
遅ればせながら、阿修羅に会いに行きました。
素晴らしかったです。
きじたま | 2009/05/08 6:59 PM
こんばんわ。
名古屋で見ましたが、個人的には画集などで見たときの印象とあまり変わりませんでした。確かに大作ですが、魂を持っていかれるほどではないというか。(我ながら少数派だろうとは思いますが)
タヒチシリーズは、「俺が俺が」の自我の強い近代ヨーロッパ人が勝手に苦悩して勝手にユートピア幻想してる感じが好きになれないのですが、その枠を出てないというか。
それこそダ・ヴィンチのヨハネのほうがこのタイトルに合ってる気がしましたし、その後別口で姫路で見た橋本関雪の白猿の瞳の方がよほど粛然とした気持ちになりました。まあジャンル違うし比較にはならないんですが。
あれに感動するのはやはり近現代欧米人(先進国)の感性だと思います。
へっぽこもふ | 2009/05/08 10:31 PM
@きじたまさん
こんにちは。

ゴーギャン説。さもありなん。
性格の違い過ぎる二人が
アルルでの共同生活に
破綻をきたすのももっともですよね。

東京でのゴーギャンの見方
確かに変わるかもしれません。

阿修羅展混雑していませんでしたか?
時間を遅らせると比較的スムーズに
観られるようです。
今後とも宜しくお願い致します。

@へっぽこもふさん
こんにちは。

現代アートなど大きな作品を
見馴れてしまっているので
「われわれ〜」をいざ観ても
ことさら圧倒されるようなこと
もしかしてないのかもしれません。

タヒチに行けばユートピアがあると
思考する時点で痛いです。
当時だって極少数派だったはず。

>ダ・ヴィンチのヨハネのほうがこのタイトルに合ってる気がしました
慧眼ですね!
なるほど〜

近現代欧米人の端くれとして竹橋へ行って
対面して来ますね!!
Tak管理人 | 2009/05/10 11:09 AM
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