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「ゴーギャン展」

国立東京近代美術館で開催中の
「ゴーギャン展」プレスプレビューにお邪魔して来ました。


「ゴーギャン展」公式サイト

質・サイズ共にゴーギャン作品の最高傑作との呼び名の高い名作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」が初来日!このボストン美術館の至宝は、過去パリに1949年と2003年に2度「帰国」しただけで、その他一切他国へ貸し出しされぬ門外不出のコレクション。

1987年に同じ東京国立近代美術館で総出展作品数約150点から成るゴーギャンの大回顧展が開催されたそうです。しかしその時は貸出叶わず。。。

国立近代美術館の悲願とも言うべきこの名作。今回の展覧会の目玉作品でありますが、決してこれ一枚だけの所謂、一点豪華主義的な展覧会に堕していない点にまず感心させられました。


縦139.1cm×横374.6cmの大作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

画家として活躍した期間が、実はたったの20年しかないゴーギャン。その短い画家人生の中に於いても、印象派→ポン=タヴァン派(ブルターニュ時代)→タヒチ→「死」と作風の変遷は、素人目にも明らか。

国内の美術館所蔵のゴーギャン作品のみならず、海外の美術館(ニューヨーク近代美術館、クライスラー美術館、プーシキン美術館、テート・ギャラリー、シュトゥットガルト州立美術館、リエージュ近代美術館、ワシントン、ナショナル・ギャラリー、メトロポリタン美術館)所蔵の名作を東京展の為だけに借り受け展覧会を構成。


浅瀬(逃走)」1901年 プーシキン美術館

各美術館の貸し出し条件が前回20年前の「ゴーギャン展」の時と比べものにならないほど厳しくなっていることや、作品の評価額高騰に伴う保険金負担の増額。等など現在こうした類の展覧会を開催するのは、我々の想像をはるかに凌駕するほど困難を極めることのようです。

昨年から今年にかけ横浜美術館で開催された「セザンヌ主義」にセザンヌの作品がほんの僅かしか展示されず、「セザンヌに影響を受けた画家展」の様相を呈してしまったのは、まだ記憶に新しいところ。(因みにゴーギャンは大のセザンヌ・ファン。セザンヌの作品を自身所有していたほどです)

メジャーどころの画家の展覧会を開催するのは、まず不可能となりつつある昨今。そんな逆風何てなんのその、今回の「ゴーギャン展」には53点もの正真正銘のゴーギャン作品が集結しています。

勿論その53点の中には「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」も含まれています。これ一枚観るのにどれだけ時間かけたらいいのか想像つかないほど「読み解き甲斐」のある作品です。


自画像」1894年頃 個人蔵

それでも中には「出展作品数が少ない!」と憤慨なされる方もいらっしゃるかもしれません。でも今の経済状況や上記のメジャー作品を取り巻く諸事情を鑑みると、逆に「よくぞここまで!!」と必ずや拍手送りたくなろうかと。「量」が叶わぬならと「質」に徹底的にこだわった展覧会のように感じました。

僅か20年という画家人生の初期作品から最晩年までを「良質」の作品で紹介してくれる「ゴーギャン展 2009」。今年度見逃せない展覧会のひとつに入っていましたが、あらためて展覧会を拝見し、その思い確信に変わりました。ゴーギャンが決して好きではない自分でもゴーギャン作品の魅力に危うく開眼させられそうになるほど。

この夏イチバンの展覧会間違いなし。

展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 野生の解放
第2章 タヒチへ
(『ノアノア』連作版画)
第3章 漂泊のさだめ



会場入口では上から目線のゴーギャンがお出迎え。

以下、会場内の様子を中心にご紹介。
尚、画像は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。

第1章 野生の解放

オスニー村の入口」1882-83年 ボストン美術館

株式仲買人として安定した生活を送っていたゴーギャンが、突如仕事を辞め画家の道へ。奥さんもさぞかし驚いたことでしょう(呆れて三行半つきつけても、おかしくありません)画家の道へ誘い込んだのは印象派のカミーユ・ピサロ。この作品も明らかにピサロ風。

印象派時代のゴーギャンの絵。魅力に欠けるように見えてしまいます。どうしても。絵描きとして駆け出しの頃の初々しいゴーギャン作品に出会えます。

印象派から距離を置くようになり、ゴーギャンはブルターニュ、ポン=タヴァン村へ。印象派の「光」を捨て平面なまるで日本画のようなフラットな「色」により画面構成を。1993年にBunkamura他で開催された「ゴーギャンとポン=タヴァン派展」思い起こさせます。


右より「ブルターニュの少年と鵞鳥」、「家畜番の少女」共に1889年

そして、「我々〜」以外に一枚だけこの展覧会で見逃せない作品を選べと言われたら、迷うことなくこちらの作品を選択。

純潔の喪失」1890-91年 クライスラー美術館

モデルはジュリエット・ユエ。パリで彼女を孕ませたままタヒチに旅立ってしまったゴーギャンが描き残した作品。何とも不思議な作品です。右手に花を握りしめ、左手でキツネ?を抱え横たわる裸婦。限られた色面で構成された横長の画面の中では彼女もまた風景の一部のように見えてしまいます。

あたかも右後方に描かれた葬列(もしくは結婚式?)に参加する人々が実は主役であるかのように。因みにゴーギャン作品の中にはしばしば小動物が登場。キツネ目の人物も。この作品に描かれているキツネはゴーギャン自身なのかもしれません。

えーと、彼女の年齢14歳だそうです。24歳だそうです。
この辺の女性ファン激減させるゴーギャンの下半身事情については、今月号の「芸術新潮」にとっても詳しく書かれています。必読です。

芸術新潮 2009年 07月号 [雑誌]
ゴーギャンという人生〈編・解説〉丹尾安典

「芸術新潮」がゴーギャンという人物像にスポットを当てているとするならば、こちらの「もっと知りたいゴーギャン」は作品に焦点が。

レビュー:『もっと知りたいゴーギャン』

ゴーギャンのことについて、ほとんど何も知らなかった自分にとってこの2冊は、まさにバイブル的良書。人間的にはどうしようもない人だった面も多々ありますが、次第に彼の作品には共感を得るものがチラホラ。絵も生き方もとっても真っ直ぐな人だったのかもしれません。

しかし、それにしても・・・

そうそう、このセクションに、ニューヨーク近代美術館より大変重要且つ貴重な作品である「洗濯する女たち、アルル」1888年 が展示されています。これがまさか東京で観られるとは!

第2章 タヒチへ

上から目線の自画像から始まるこの章では、関連する作品を並べて展示する工夫も採られています。例えば、左の2点。

絵画「エ・ハレ・オエ・イ・ヒア(どこへ行くの?)」1892年
彫刻「オヴィリ」1894-95年
「オヴェリ」と同様のブロンズ像がタヒチのゴーギャンの墓にあるそうです。


タヒチで絵を描き、パリに一旦戻ってから彫刻を制作。
同じように見えて所々に違いが。間違い探しのように会場で目を左右に。

更にこの隣の展示室には同じようなモチーフの版画作品も。

『ノアノア』連作版画

ナヴェ・ナヴェ・フェヌア(かぐわしき大地)」1893-94年

普段こうした展覧会で、版画は比較的さらりと流し見してしまうこと多いのですが、今回は違いました。その一番の理由が単純明快。見応えがあるからに他なりません。


右3点「テ・ポ(夜)」1893-94年
タヒチの愛人テハアマナが夜、闇に潜む死霊の気配に怯えている場面だそうです。

同じ版画でも、木版「自摺り」「ルイ・ロワ版」「ポーラ版」とそれぞれ違いが。
それと同時にそれぞれ異なる額装も与える印象に変化を与えます。

タヒチの強い日差しを浴びた色彩豊かな油彩から、版画まで。照明の落とされた版画展示室を抜けるとその先は第3章。いよいよ「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」の登場です。

でも、その前に映像で予習。4分もある長めの映像ですが、「我々は〜」を読み解くキーワード、ヒントを実物を観る前に簡単にインプット。酒癖の悪い上司と違いとてもあっさりさっぱりとした映像。逸る気持ち抑え観ておくこと大事かと。


第3章 漂泊のさだめ
さて、いよいよ目玉作品とご対面の時が。



現代アート等でこれよりも大きな作品やオブジェ拝見していたとしても、想像していた以上に「巨大」に感じる作品です。必ずしも大きさとは単なるサイズだけではく、作品が有している魅力も含め感じるものだと実感させられます。

たった1点のみで、これだけの広い空間に耐えうる存在の作品、そう滅多にありません。また使い古された表現ですが、図版と実物の差がこれほどまでに大きい作品も珍しい。「本物を観る意義」何て事を小難しく語るよりも近代美術館のこの部屋に立てば肌で感じ取ること出来ます。容易に。

「我々〜」については、様々な解釈、読み説きがなされていますが、まだまだ謎多き作品。3月に行われた記者発表会の席で、東京国立近代美術館、主任研究員であるダンディーなイケメン鈴木勝雄氏から伺ったお話は…


謎の多い大作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」も右から左に時間の流れがあり、
右端に描かれた赤ん坊(眠る赤子・生誕・聖母子)が「我々はどこから来たのか
中央に群がる人々(楽園のエヴァ・誘惑と堕落)が「我々は何者か
左端に描かれた死を迎える寸前の老婆(人間の不幸)が「我々はどこへ行くのか」と解釈できるとか。

謎解きはこれだけではありません。
まだまだ山ほど解釈生まれてきそうです。

ゴーギャンの最高傑作
《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》作品解説


目玉作品に対峙しあれこれ考えを巡らせ、後は帰るだけ…ではありません。最後の部屋こそが今回の「ゴーギャン展」の真骨頂、自分が最も感銘を受けた部屋です。


ファア・イヘ・イヘ(タヒチの田園) 」1898年 テート・ギャラリー
テ・パペ・ナヴェ・ナヴェ(おいしい水)」1898年
ワシントン、ナショナル・ギャラリー


赤いマントをまとったマルキーズ島の男」1902年 
リエージュ近代・現代美術館
女性と白馬」1903年 ボストン美術館

最終章である3章の解説は、これまで漠然と抱いていたゴーギャンに対するイメージに大きな揺さぶりをかけるものでした。以下、リリースの文章引用。
1893年にパリに戻ったゴーギャンを待っていたのは、タヒチ時代の作品に対する無理解であった。パリの美術界に幻滅した画家は、1895年、二度とヨーロッパに戻らない覚悟で再びタヒチを目指す。しかし、健康状態の悪化と財政の逼迫により制作もままならない日々が続く。ゴーギャンをさらに深い悲しみに突き落としたのが、最愛の娘の死の知らせであった。自らの運命を呪いながら、ゴーギャンは遺言としての大作《我々はどこから来たのか》の制作に着手する。絶望の淵での創作とはいえ、そこには人間存在への哲学的な思想が静かに語られていた。未開の地を求め続けた画家は、1901年にマルキーズ諸島に移住して、最後の日々を送る。晩年の作品に頻繁に登場する馬は、彼岸に向けての旅立ちを暗示しているのかもしれない。


最後に「今日の一枚


出口と入口を分けるパーテーション。入口側から見るとゴーギャン「自画像」が。そして出口側からだと…「我々は〜」に。うん?だまし絵展??

「ゴーギャン展」は9月23日までです。巡回はしません。
名古屋展とは出展作品大幅に違います。

「ゴーギャン展」公式サイト

NHK放送センタースタジオパークギャラリーで「ポール・ゴーギャンの世界」も7月26日まで開催しています。

【「ゴーギャン展」関連番組(NHK)】 
・ハイビジョン特集 楽園の絵は百年の時を超えて〜ゴーギャンと日本〜
7月20日(月・祝)午後9時15分〜10時45分 [BS-hi]

・夏の特集 楽園の絵がやってきた〜ゴーギャンと3人の日本人〜
8月1日(土)午後5時〜5時48分 [総合]

・ETV特集 楽園への夢の果てに〜池澤夏樹とゴーギャン、文明への問いかけ〜
9月6日(日)午後10時〜11時30分 [教育]

・美術番組 日曜美術館
8月30日(日)午前9時〜10時 [教育]
9月6日(日)午後8時〜9時 [教育] ※再放送

【関連エントリー】
- 「ゴーギャン展」記者発表会 | 弐代目・青い日記帳
- 『もっと知りたいゴーギャン』 | 弐代目・青い日記帳
- ゴーギャンのひまわりは... | 弐代目・青い日記帳
- 高い!!ゴーギャン | 弐代目・青い日記帳
- 「美術散歩」 | 弐代目・青い日記帳
- 野獣派!!マティスのひまわり | 弐代目・青い日記帳

最後に「今日の美味


「ゴーギャン展」ロールクッキー(缶入り)アーモンド風味のチュイールとバター風味のラングドシャにそれぞれアモンドミルクチョコレートとホワイトチョコが。一缶で四度美味しいさ楽しめます。右はショップ内に設けられたタヒチコーナー.

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NHKエンタープライズ
(2009-08-21)

 19世紀末の爛熟した西欧文明に背を向け、南海の孤島タヒチにひとり向かった画家ポール・ゴーギャン(1848-1903)。 その波乱に満ちた生涯は、芸術に身を捧げた孤独な放浪の画家の典型といえるでしょう。
自らの内なる「野性」に目覚めたゴーギャンは、その特異な想像力の芽を育む「楽園」を求めて、
ケルト文化の伝統を色濃く残すブルターニュ、熱帯の自然が輝くマルチニーク島、ゴッホとの伝説的な共同制作の
舞台となった南仏アルル、そして二度のタヒチ行きと、終わりの無い旅を繰り返しました。
その過程で、自ずと人間の生と死、文明と野蛮といった根源的な主題に行き着きます。
このような人間存在に関する深い感情や思索を造形的な言語を通して表現すること、これがゴーギャンの絵画の
課題だったのです。
タヒチで制作された畢生(ひっせい)の大作《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》
(1897-98年)は、画家が目指した芸術の集大成であり、その謎めいたタイトルとともに、後世に残されたゴーギャンの精神的な遺言とも言えるでしょう。この展覧会は、日本初公開となるこの傑作を中心に、国内外から集められた油彩・版画・彫刻約50点の作品を通して、混迷する現代に向けられたメッセージとして、あらためてゴーギャンの芸術を捉えなおそうとするものです。

展覧会 | permalink | comments(22) | trackbacks(11)

この記事に対するコメント

ゴーギャン展のロールクッキー。
一缶で4種類の味が楽しめるっていいですね〜。
ゴーギャン展の会場でしか売られていない、限定クッキー
なのかな?
コンドル | 2009/07/03 11:10 PM
初日に行ってきました。
会場かなり寒かったですね。
ゴーギャンの作品だけを集めた展覧会、おっしゃるように企画構成するのは大変だったでしょうね。
ゴーギャンの遺言作品なのですね、あの大作は!
ゴーギャンは自殺を図っているのですから!
いやあ大変な展覧会をみました。
言葉が出てきません。
二階のビデオコーナーで平山郁夫がゴーギャンの作品を木版で再現なんてやってましたが、なにやってるんだか。
oki | 2009/07/03 11:22 PM
ゴーギャン展!
いよいよ始まったのですね(^o^)
これは行かなくっちゃ☆
しかも見応えありの展覧会なんて♪
あぁ、日記拝見してるだけでもうワクワクしてきちゃいました。
サッチャン | 2009/07/03 11:45 PM
@コンドルさん
こんばんは。

限定クッキーです。
私は中身よりもどちらかというと
缶の方が欲しかったもので。。。
黄色がとても似合う作家さんですね。

@okiさん
おんばんは。

お早いですね。
会場は気温低めに設定してあるそうです。
公式サイトに書かれてます。

今のご時世、これだけの作品を
集めてくるのは並大抵の努力では
成し得ないこと。昔と違いますからね。

平山大先生の作品まで拝見している
余裕がありませんでした。次回行って
忘れていなかったら観ます。
忘れそうですけどね!
Tak管理人 | 2009/07/03 11:46 PM
@サッチャンさん
こんばんは。
コメント入れ違いになってしまったようです。

想像以上に見ごたえある展覧会でした。
数が少ない分、一枚にじっくり時間を
かけて鑑賞することできます。
いつもと違う展覧会かもしれません。
Tak管理人 | 2009/07/03 11:50 PM
Takさん、こんにちは。
ゴーギャン展、やっているのですね〜。
4年前、大阪でゴッホ展観に行った時、何となくゴッホとゴーギャンの絵のタッチとか色遣いとかを、自分の中で、比較して鑑賞した記憶があります。

先週、京都の相国寺に行ってきました!
金閣・銀閣〜パリからの帰国〜素晴らしかったです。
伊藤若冲や円山応挙、千利休ゆかりの品など、素晴らしかったです。

素敵な展覧会教えて下さってありがとうございました♪
確か、コメント入れたのですが、消えてしまったのかな?!(汗)
Anna | 2009/07/04 8:46 AM
こんにちは。ようやく記事まとまり(多分)ました。
ゴーギャン苦手だったのでどうかなとは思ったのですが、
やはりあれだけ品が揃うと違いますね。
我々、会期末までに何度かその問いを感じていたいものです。

またレクチャー、感想などは別途記事にします。

>純潔の喪失

今回これが一番話題になりそうですね。エピソードも盛りだくさんですし、あの色もまた見事でした。
はろるど | 2009/07/04 10:00 AM
☆ 老人の最後の愛は、乙女の初恋のためにある
(ゴーギャン)

これは、おまけです。
☆ 半世紀 いまもどこがで 幼子が…
(美幌音楽人)
美幌音楽人 | 2009/07/04 3:55 PM
東京のゴーギャン展はかなり充実しているようですねえ。
残念ながら観に行く事はできませんが、今月の芸術新潮の
特集で我慢します(笑

やはり「我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ
行くのか」は色々考えさせる大作ですよね。

ゴーギャンは自画像が多い事や数々のエピソードから自己意識が
強い画家だったと思いますが、その自己意識の追求の果てに
そこを突き抜けて真実に肉薄していったように思えます。

世俗的な成功と没落を経験しながら、自画像に単に自己の投影
だけでなく深遠なものを込めたレンブラントを連想してしまう
のは自分だけでしょうか?
たかぴー | 2009/07/04 11:26 PM
@Annaさん
こんにちは。

海外の大きな美術館のように
自分のところでゴーギャン他
所有していればいいのですが、
残念ながら近美術館には一枚も。。。

そういった不利を承知で開催した展覧会
結果は大正解だったかと。

京都の相国寺の展示は素晴らしいようですね。
新型インフルエンザがなければ自分も
観にいけていたのですが。。。

コメントはNGワードが設定されています。
何かしら引っかかってしまったのかと。
お手数おかけして申し訳御座いません。

@はろるどさん
こんにちは。

記事にまとめるのが大変ですよね。
(自分なんて核心部分がまだまだ)
質の高い作品で構成される
ゴーギャンの回顧展。
これは必見の展覧会ですね。

レクチャー記事も楽しみにしています。
またTB送って下さい!!

純潔の喪失はさながら金太郎飴の
工程作業の一場面を観ているようでした。

@美幌音楽人さん
こんにちは。

ゴーギャンは文筆家でもあったそうですね。
多くの遺されたテキストを読み解くのも
ゴーギャンの魅力かもしれません。

@たかぴーさん
こんにちは。

今月の芸術新潮、キレキレですよね。
もう愉しくて楽しくて。
堅苦しくないけど、内容はとても深遠。

ゴーギャンの周りにいた人たちは
彼に振り回され大変だったでしょうね。
もっともそれくらいのオレオレ感ないと
あれだけの偉業は成し遂げられないのかもしれません。

最終的には自分で自分を追い込んだような気もします。

自画像にはえてしてそのよな側面ありますよね。
確かにレンブラントの自画像の変遷と
ゴーギャンのそれを重ね合わせると新たな光
観えてくるように思えます。
Tak管理人 | 2009/07/05 11:00 AM
ノアノアの版画で、作品数は増えているのですが、
油絵は少ないですよね。
まぁ、見やすくて良かったですし、「我々は〜」があったので
嬉しかったのですが、もう少し多くの作品を見たかったなぁとも
思いました。
今となっては、欲張りな願いなんでしょうね。
一村雨 | 2009/07/06 6:54 AM
@一村雨さん
こんばんは。

あの版画も意外や意外良かったですよね。
あれ日本の美術館が持っているのですね。

あれくらいの量を一枚一枚じっくり
拝見するのが丁度いいのかもしれません。
尤も質が高くなくてはダメですけどね。
Tak管理人 | 2009/07/06 9:34 PM
ゴーギャンは意地悪そうな顔してるし、どうなのかなあと思っていましたが、Takさんの記事を見るとやはり観ておかなくては!と思っちゃいますね。
先日は有り難うございました。旅行に行っていて
未だ頂いたチケットも使ってないので急いで行ってきますね。
プル | 2009/07/07 6:13 PM
@プルさん
こんばんは。

私もゴーギャンの絵と人間性
どちらも好きになれなかったので
正直「ゴーギャン展」…と思っていたのですが、
喰わず嫌いも行けないと思い出かけてみると
見え方が今回は随分と違いました。
好きになったわけではありませんが。。。
Tak管理人 | 2009/07/08 6:29 PM
こんにちは。
名古屋ボストン<<<近美でした。
とら | 2009/08/03 9:03 AM
@とらさん
こんにちは。

名古屋はね…
東京近代美術館のキュレーション
冴えわたっていましたね。
Tak管理人 | 2009/08/03 9:45 AM
こんばんは。

ゴーギャンに会ってから一月。
ようやく記事になり、ホッとしました。
彼の人生悲哀を感じつつも
漂流した情熱を理解してくれた人がいたのでしょうか?
芸術新潮、よくまとめてくれました。
下半身とは、直接的な痛々しい言い方で
守ってあげたくもなり・・・
ちょっと豪顔の心象が変わりました。


あべまつ | 2009/08/06 9:26 PM
@あべまつさん
こんばんは。
TBありがとうございます。

芸術新潮のストレートな文章
痛快ですよね〜
あれくらい包み隠さず
書いてくれたほうが
実像はっきりして絵もきちんと
見えたりするものです。

印象派じゃないのですからね。
Tak管理人 | 2009/08/06 11:14 PM
ようやく、ゴーギャン展の記事を書くことができました。ぎゅっと作品が絞られていましたので、ゆっくり堪能できました。図録も良い解説で手許に置いても参考になります。
kazupon | 2009/08/21 8:32 PM
@kazuponさん
こんばんは。

早速拝読しました。
あの作品が見られただけでも凄いのに
イマイチ話題になっていないのが謎です。
日本人ゴーギャン嫌いなの??
Tak管理人 | 2009/08/21 11:48 PM
こんばんは!

ぎりぎりせーふでしたが、念願の「我々はどこから来たのか 
我々は何者か、我々はどこへ行くのか」を拝見出来て自分

自身にも問いただす事が改めて出来ました。これからの新た

な人生に役立つきっかけになりました。takさんのお薦め

に感謝いたします。
さい | 2009/09/22 3:10 AM
@さいさん
こんにちは。

早いもので、この展覧会も
今日で終わりですね。。。
感慨深いものがあります何だか。

思えば記者発表会から
参加させていただき
随分と長い付き合いでした。
Tak管理人 | 2009/09/23 8:22 AM
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