青い日記帳 

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「村山槐多展」

渋谷区松濤美術館で開催中の
「ガランスの悦楽 没後90年 村山槐多」展に行って来ました。


 
村山槐多(むらやまかいた)という画家の名前はあまりご存じの方はいらっしゃらないかもしれません。僅か22歳の若さでこの世を去ってしまった天才画家です。同じく夭折の画家関根正二と比較されたりします。

・村山槐多(むらやま かいた、1896年9月15日-1919年2月20日)
・関根正二(せきね しょうじ、1899年4月3日-1919年6月16日)


槐多の描き出す作品は一言で表現するなら「ためらいがない。」そんな作品です。絵にしても文にしても表現するとなるとそれを第三者の目に触れることを想定してしまうものです。自分のような凡人はもう躊躇いの連続。心底思うところを覆い隠さず表現できたらどんなにか精神が癒されることでしょう。

学生時代、想いを寄せる人に「好きだ。」と言う。これほど難儀なことはありません。眼前に居る大好きな人と自分の間に、薄く透明な壁が立ち塞がり言葉を伝えられないもどかしさ。そんな思いに駆られた経験一度くらいはあるはず。

ところが、槐多はその壁を易々とすり抜けられる事の出来る、そんな人のひとりだったようです。槐多が、京都府立一中時代想いを寄せた相手はひとつ下の美少年、稲生きよし。

あなたはベルサイユ宮殿に住んでる人か、巴里人か花火か絵か音楽か。……ご返事をお暇な時に呉れたまへ」(新潮社『村山槐多』より)

稲生君への想いをしたためた「ピンクのラブレター」1913年頃 が展示されています。今回の展覧会のチラシがピンク色なのもこれで合点がいきます。「村山槐多」とい文字も槐多自身の手によるものを使用。チラシ一枚でもちょっとした宝物。 

さて、稲生君への微塵の躊躇いも感じさせないストレートな思慕は、結局彼からの返事をもらえず終わりを迎えることになります。待てど暮らせども愛おしい人からの返事が来ない、そんな時に描かれた作品だとされるのがこちら。


稲生像」1913年頃

セザンヌの水彩画の超絶テクニックとピカソの青の時代をコラボさせたような一枚。事情を知って観るとこちらまで槐多の胸の痛みが伝わってきそうな迫真の作品。生気のない横顔はまるで影絵のようです。

影絵と言えば、同じく31歳という若さでこの世を去った梶井基次郎(1901年2月17日-1932年3月24日)の小説『Kの昇天』のこの一節を思い起こさずにはいられません。
「私が高等学校の寄宿舎にいたとき、よその部屋でしたが、一人美少年がいましてね、それが机に向かっている姿を誰が描いたのか、部屋の壁へ、電燈で写したシルウェットですね。その上を墨でなすって描いてあるのです。それがとてもヴィヴィッドでしてね、私はよくその部屋へ行ったものです」
梶井基次郎が、村山槐多の「稲生像」を目にしたという直截的な関係は無くとも、両者の間に同じ「流れ」が存在していたであろことは確か。

「デカダンス」に憧れを抱き、自ら結核で命を落とすことを願っていたとさえ言われる梶井。かたや槐多にも虚無的な死を歓迎していた傾向が。1919年2月、裏庭で倒れていた(病の中、自ら真冬の戸外へ出て行ったそうです)のを発見されるも、看病空しく22歳の若さでこの世を去ってしまいます。

村山槐多と梶井基次郎との関連性について、どなたか文章お書きになっているかどうか、少し調べてみようかと思います。何せ槐多は絵描であるだけでなく、数多くの詩を残してもいるのです。参照:青空文庫


カンナと少女」1915年

「一本のガランス」

ためらふな、恥ぢるな
まつすぐにゆけ
汝のガランスのチユーブをとつて
汝のパレットに直角に突き出し
まつすぐにしぼれ
そのガランスをまつすぐに塗れ
生のみに活々と塗れ
一本のガランスをつくせよ
空もガランスに塗れ
木もガランスに描け
草もガランスにかけ
□□をもガランスにて描き奉れ
神をもガランスにて描き奉れ
ためらふな、恥ぢるな
まつすぐにゆけ
汝の貧乏を
一本のガランスにて塗りかくせ。


※ガランス……茜色


湖水と女」1917年

槐多が恋慕した笹操夫人の肖像画。「カンナと少女」のモデルは槐多のぎょろりと鋭い眼に内面までも凝視され、肩をすぼめ下唇を噛みしめ委縮していますが、40を過ぎた「湖水と女」のモデルは、流石に堂々としたもの。

槐多がどうあがいても手が届かない女性に、きっとモノクロ印刷で目にしたレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」の姿を重ね観たのでしょうか。

退廃的な雰囲気漂わせる作品が多い中にあって、この「湖水と女」は異彩を放っているように見えました。屈折した鈍い光ではありますが…

最後に「今日の一枚


尿する裸僧」1915年

尿(いばり)する裸僧は、槐多自身。一種の自画像です。神妙な面持ちで合掌している上半分。その自分の姿を嘲笑うかのように大胆に托鉢する鉢に向け滝のような放尿をする下半分。このギャップにまず驚かされます。

しかも露わとなった男性器を敢えて色を変え(金色?)目立たせているかのような大胆不敵さ。年下の美少年に恋し、年上の既婚女性に横恋慕する。そしてこの放尿する自画像。まさに「ためらいがない。」の一言に尽きようかと。

これだけストレートに生きたら22歳という若さも決して不幸ではなかったのかもしれません。作品数も詩なども合わせれば相当数残されています。

関根正二と比較されることの多い村山槐多ですが、「尿する裸僧」をはじめとする多くの自画像や異性同性分け隔てない荒々しい性への渇望を鑑みると、むしろエゴン・シーレとの比較の方が的を射ているように思えます。

・村山槐多(むらやま かいた、1896年9月15日-1919年2月20日)
・エゴン・シーレ(Egon Schiele, 1890年6月12日-1918年10月31日)


シーレも「自画像の画家」と呼ばれるほど多くの作品を描き、また性的な欲望を包み隠すことのなかった作家。「夭折の画家」という後人が付けた呼び名を好ましく思っていない二人でもあります。

「尿する裸僧」に対抗できるのシーレのこの作品だけ。

エゴン・シーレ「自慰する自画像」1911年

そして、二人とも20代前半に、スペイン風邪(インフルエンザ)が原因で命を落としたという気味が悪いほどの符合。槐多とシーレの関連性についてもどなたかお書きになっているのか調べてみよう。

「ガランスの悦楽 没後90年 村山槐多」展は24日(日)までです。

同じく24日まで、松戸市立博物館で開催している「躍動する魂のきらめき―日本の表現主義」展にも村山槐多の作品が出ています。


渋谷区立松濤美術館
〒150-0046 渋谷区松濤2-14-14
Tel.03-3465-9421

開館時間:10時〜18時(金曜日は19時まで)
入館料:一般300円


【関連エントリー】
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それでは最後に「今日の美味


サンジェルマン」の「ミルフィユ・パイ」Iちゃん色々とありがとう!いい思い出になりました。

@taktwi

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22歳で逝った夭折の天才画家・村山槐多(1896年〜1919年)の回顧展です。
早熟で多感な青年であった槐多は、絵画と文芸に独特の感性を発…»続きを読む揮した、大正が生んだ異色の才能でした。古代への憧憬と現実の恋情とを源泉にした、ロマン性をたたえた表現、対象把握のすごみは、ほかの何ものでもない槐多の絵としか言いようがないものです。
高村光太郎に「火だるま槐多」と呼ばれ、みなぎる生命力をもてあましながらも死に向うデカダンスをまとった槐多は、貧困と宿痾のうちに激しく短い生涯を駆け抜けました。彼の生き方は、近代が生み出した「天折」という魅力的な姿を遺しました。美を具現化する方法として、槐多は個人感情の発露と表現とを融合して、あらたな絵画の姿を私たちに見せてくれたのです。日本近代美術の青春期とも言えるこの時代、その存在は象徴的でさえあります。
今年は槐多が代々木で没してからちょうど90年にあたります。この機会にいまいちど、ガランスを愛した、この魅力溢れる圧倒的な才能を振り返りたいと思います。
油彩、水彩、デッサン、詩歌原稿、書簡など約150点を回顧し、早熟で多感な青年であった槐多の、詩と絵画に駆け抜けた生涯とその世界観をあますところなく、紹介します。

展覧会 | permalink | comments(5) | trackbacks(5)

この記事に対するコメント

ほんと、シーレも槐多も驚くべきほど共通点がありますね。
早世、若者の情熱、デカダンス・・・
洋の東西、時代を問わず、芸術家の気質というのは似ているのでしょうか。
一村雨 | 2010/01/22 4:24 AM
昨日、この展覧会を覗いてきました。
文芸と絵画の才能を兼ね備えていたおそるべき作家ですね。
槐多とシーレの類似性。同感です。
とら | 2010/01/22 8:50 AM
今日見てきました。
チラシも図録もほんと素敵です。

シーレもスペイン風邪で亡くなっているんですね。
シーレに対しては苦手意識があったんですが、
もうちょっとよく知りたくなりました。
よめこ(nest_design) | 2010/01/22 4:34 PM
こんにちは。22年の生涯でも、その「濃さ」に圧倒されました。シーレとの類似性は私も同感です。芸術の神のいたずらでしょうか...?
noel | 2010/01/23 8:23 AM
@一村雨さん
こんにちは。

世紀末の耽美的な抒情性を文学にせよ
絵画にせよ日本でもヨーロッパでも
上手く表現してくれた彼らの作品が、
だらだらした自分の生活に渇を入れてくれます。

@とらさん
こんにちは。

文学的な才能も随分とあったようで
これは新たな発見でした。今までとは
違った目で絵画作品にも接せられます。
シーレとのシンクロ率高すぎですよね〜

@よめこさん
こんにちは。

あの図録の絵画と文芸の扱いが
上手いこと取れているなーと。
あれこそ槐多ワールドなのでしょうね。

シーレはクリムトと並べられてしまうのが
不幸な点で、彼自身だけで見ると劇的で
物語性に長けた波乱の人生送っています。

@noelさん
こんにちは。

芸術の神は時としてニクイことしてくれます。
カラヴァジョと等伯が同じ年に亡くなっているとか。
偶然では片づけられない何かがありそうです。
Tak管理人 | 2010/01/23 9:59 AM
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渋谷区立松濤美術館で1/24まで開催の 「ガランスの悦楽 没後90年 村山槐多」
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「村山槐多」展チラシ 「松濤美術館」正面     「村山槐多」展案内 「松濤美術館」中央吹抜部池 渋谷区立松濤美術館で開催されている「ガランスの悦楽 没後90年 村山槐多」展、再度観に行ってきました。昨年11月に観たのは「前期」、今回
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村山槐多 ガランスの悦楽 | Art and The City | 2010/01/23 8:17 AM
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