青い日記帳 

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「ウィリアム・ケントリッジ」

東京国立近代美術館で開催中の
「ウィリアム・ケントリッジ ー歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……」に行って来ました。



京都国立近代美術館にて2009年9月4日(金)〜10月18日(日)まで開催された「ウィリアム・ケントリッジ」展。東京国立近代美術館では今年1月2日からスタートし2月14日、そう今週の日曜日で会期終了となります。

もし、まだご覧になっていらっしゃらない方、もしくは気になってはいるけど二の足を踏まれている方、騙されたと思って竹橋まで是非足を運んでみて下さい。見逃してしまうと広島まで追いかけねばなりません。(広島市現代美術館2010年3月13日(土)−5月9日(日))

日本ではほとんど知られていないこの作家さんについて、2006年に東京都現代美術館で開催された「カルティエ現代美術財団コレクション展」の図録からプロフィールを引用します。

ウィリアム・ケントリッジ(William Kentridge)
1955年ヨハネスブルク(南アフリカ共和国)生まれ、ヨハネスブルク在住。
ウィリアム・ケントリッジは哲学と政治学を学んだ後、ファインァートと演劇の世界に転向した。70年代から、ケントリッジは映画制作者、舞台やオペラの監督、イラストレーター、そして版画家として、政治や経済に対する疑問を投げかける多層的な作品を制作してきた。
彼の作品の多くは母国の痛ましい歴史に直接的、あるいは間接的に関連している。概してケントリッジの作品は、人間の条件について熟考し、記憶と感情の特質や、社会的対立の暖昧さと複雑さとを探求している。ケントリッジの短編アニメーション映画は、自ら描いた木炭画を基に制作される。作家はそれに描き加えたり消したりして手を加え、修正していく。つまり、それぞれの場面は、デッサンを何度も変化させ、消したり重ね合わせたりという過程を経て制作されるのである。ひとつの作品は数枚のデッサンから成り、幾度もの変化を経た画面にはその制作過程の痕跡が残されている。紙の上に残されたその記憶から、夢のようなイメージが重なり合い、つながっていく物語が生まれるのである。




「南アフリカ出身のアーティスト」という冠は、ケントリッジの作品を理解する上で必要不可欠な要素でありがら、反面それが観賞を妨げることになるような気がしてなりません。とりわけ頭でっかちで情報に左右されやすい自分のような人間にとっては。

原美術館所蔵、ロバート・ホジンズ主演の「メモ」と名付けられた3分ほどの作品で、ケントリッジの独自の手法「木炭とパステルで描いたドローイングを部分的に描き直しながら、1コマ毎に撮影する気の遠くなる作業から生み出される」アニメーション・フィルムをまず「予習」。

側聞でしか知り得ないアパルトヘイトなど南アフリカが抱える政治的問題が登場してくるのは次の木炭ドローイングが展示してある部屋から。一気呵成に心の奥深くまで一気呵成に攻め込んで来る勢いのある作品群。

ただし、ケントリッジ作品の真骨頂はあくまでも映像。木炭ドローイングは映像と映像の部屋をつなぐ謂わば休憩スポット。自分の頭の中をリセットし(出来ないけどね)次の作品に向かわせる場でもあります。



会場入って間もなく最初の大掛かりな映像ブースに。ここでは専用のヘッドフォン(音声ガイド風)を係員から手渡されます。暗闇に浮かぶ5つのスクリーンに応じチャンネルをそれぞれ1〜5に合わせ観賞。

プロジェクションのための9つのドローイング」です。

木炭とパステルで描いたドローイングを部分的に描き直しながら、1コマ毎に撮影する気の遠くなる作業から生み出され」た重苦しい内容のアニメーション・フィルム(基本モノクロ)が9本。全て拝見すると約1時間を要します。

映像作品が苦手な自分。まさか全作品を隈なく観てしまうなどと、ヘッドフォンを受け取った時一体誰が予想したでしょう。そこまで魅せる理由は2つ。

まずは何といっても、一見ぎこちない動きに見えるケントリッジ特有の「ドローイング映像」。描いては撮影し、消しまたその上から次のコマを描く。これの繰り返し。勝手に「ホント良く頑張ったで賞」とか賞状持ってヨハネスブルクまで行きたい気分。

ケントリッジとは全く関係ないけど約6500枚をコマ撮りしたこちらの動画もお時間ある時にでも。http://www.nicovideo.jp/watch/sm9519847

もうひとつの理由は耳から入ってくる音楽。やり手の不動産開発業者、ソーホー・エクスタインが炭坑を牛耳る様子が描かれている手描きドローイング映像からはちょっと連想できない荘厳なBGMが。


William Kentridge - Mine (1991)

しかし、これが不思議と合うのです。どの映像作品も荒涼とした冬景色のように物悲しく、索然とした寂寥感が前面に出ています。それを見事に中和する働きを音楽が担っているのです。

ちょっとしたイタズラも楽しめます。観ている映像と違うBGMにチャンネルを変えてしまうこと。これ意外と楽しいですよ。ちょっと飽きたな〜と思ったらお試しあれ。

パソコンの画面を通しyoutubeで観賞可能ですが、音楽が映像を中和させる妙な感覚は、中々分かってもらえないはず。あの薄暗い展示室で観るからこそ。

9つの作品を拝見していて気付くのは、繰り返し登場するモチーフが何点かあること。例えば ↓ の作品の右下にある「杭」のようなもの。生と関連ある記号なのでしょうか、アダムの肋骨のようにも見えます。


そしてモノクロ主体の作品の中に時折登場する。中でも最も顕著に「青」が登場したのは「ステレオスコープ」1999年 という情報社会に警鐘を鳴らすような内容の作品。

色の使い分けに関してはまだまだ考慮不足。

他にも勿論、席を立たさなかった理由は沢山あるように思われます。何せこの映像嫌いの自分が1時間たっぷり使ってしまったのですから。因みにまだ展覧会の最初の部屋。あと5つの映像展示室に8つもの作品が待っているのです。どんだけ時間があれば全部見切れるのやら。

この時点でこの日、この後伺うつもりでいた展覧会を頭の中から消し去りました。「最低3時間は必要」と何方かがTwitterでつぶやいていましたが、嘘ではありませんでした。。。

それにしても、今話題の3D映画「アバター」やCGアニメ全盛の今の時代にあって何故ケントリッジは膨大な手間と時間をかけこのような木炭ドローングアニメを作るのでしょう?ぼんやりと考えていると岡本真佐子氏のこんな文章頭に浮かんできます。少々長くなりますが引用します。
 コマロフは南アフリカの新しい国家づくりの経緯について論じながら、南アフリカでは、国家づくりが何か「即席」にできあがるようなものになりつつあり、「新しい」南アフリカが「電波によってつくり出される空間」上に、非常に強力に生み出されていると述べている。彼が言うには、映像のなかで人々が国歌を歌っていたり、国旗を振っていたり、あるいは選挙の投票のために列に並んでいたりすれば、とたんにその「人々」は「国民」として理解されることになる。そしてこのようなかたちでの「国民」の想像は、本来矛盾や問題を含む「国民づくり」というプロセスを見えなくしてしまい、それがまったく一貫していて矛盾がないかのように見せるのである。
 このような想像は「国民」でなくとも、民族や文化集団であってもかまわないだろう。つまりわたしたちは、「国民」や「文化」「民族」といったものが、いとも簡単にインスタントに生み出されやすい社会に生きているのであり、労働者の大量の移動、移民、あるいは開発に伴って引き起こされる多くの人々の都市への移動などは、この傾向にいっそう拍車をかけている。このような「想像の集団」は、都市ではますます現れやすく、また場合によっては利用されやすくもなっている。この想像は、土地に根ざした、それを生きる人々によって支えられている文化に基づいているものではないだけに、いつどこに、どういうかたちで「想像の集団」が生み出されてくるのかが非常につかみにくく、それがいっそう「危うさ」の感覚をつのらせるのである。
岡本真佐子『開発と文化』
「即席」「インスタント」なCGアニメに対し、まさに「手作り」なケントリッジの木炭映像。

国や文化、民族や人々の生活が、本来動物のいち種である人間の行きかたに軸足を置かず、ただ「イメージ」だけで生み出されている現状を粉砕すべく打ち放たれたカウンターパンチがケントリッジ作品なのではなかろうかと。

ポストコロニアリズムの旗頭のように祭り上げられたバスキアの作品と似ているようでありながら、決定的に違う何かがケントリッジ作品にはあるように思えたからこそ、思わず長居してしまったのかもしれません。

「ウィリアム・ケントリッジ −歩きながら歴史を考える」は2月14日まで。明日、明後日しかありませんが、お見逃しなく。

最後に「今日の一本

William Kentridge, Shadow Procession

こちらは耳覚えのある曲です。

2005年に森美術館で開催された「ストーリーテラーズ―アートが紡ぐ物語―」展で拝見した、キャラ・ウォーカーの『無題(牛乳とパン)』(アメリカ南北戦争前後の白人と黒人奴隷の問題を提起した作品)をふと想起しつつも、また少しズレを感じたのは気のせい?それともケントリッジが南アフリカ出身のアーティストであるというフィルターを通して観ているせい?


キャラ・ウォーカー Kara Walker(1969-)
カリフォルニア州出身、アフリカ系米国人。美術家。
切り絵およびそのインスタレーションが主な作品。米国の奴隷制度をモチーフの一面としながらも、その切り絵のシンプルなシルエットは多面的な読みを可能にさせる。


尚、ケントリッジ展を企画された河本信治氏(京都国立近代美術館学芸課長)によると、2000年頃「ケントリッジ展」開催しよう!との動きがあったそうですが、諸事情でご破算に。それから10年経過し今やっと日の目を見ることに。新作も加わりパワーアップしていること間違いなしです。

京都国立近代美術館さんは、今最もTwitterでの情報発信が上手く行っている美術館さんです。@MoMAKyoto 素晴らしい〜

それでは最後に「今日の美味


ドゥバイヨル」の「ラ クロワ ルース」“ENROBEZ−MOI! アンローベ モア!”シリーズの新デザイン。箱が捨てられない人なんだな〜

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=2034

JUGEMテーマ:アート・デザイン


MoMA(ニューヨーク近代美術館)でもケントリッジ展開催されます。

William Kentridge: Five Themes
February 24–May 17, 2010

William Kentridge
Museum of Modern Art
(2010-02-28)

ウィリアム・ケントリッジ(1955年南アフリカ共和国生まれ、ヨハネスブルグ在住)は、「動くドローイング」とも呼べるアニメーション・フィルムの制作によって、1980年代後半より現在にいたるまで現代美術における映像表現を牽引し続けているアーティストです。

ケントリッジの映像作品は、木炭とパステルで描いたドローイングを部分的に描き直しながら、1コマ毎に撮影する気の遠くなるような作業から生み出されるものです。絶えず流動し変化し続けるドローイングの記録の連鎖から生まれる彼のアニメーションには、消しきれない以前のドローイングの痕跡が残され、堆積された時間の厚みをうかがわせる重厚さにあふれた表現となっています。

日本での展覧会は、ケントリッジとの3年間にわたる緊密な協力と広範な準備作業を経て実現されるもので、我が国では初の個展となります。19点の映像作品、36点の素描、63点の版画によりケントリッジの活動の全貌を紹介します。
展覧会 | permalink | comments(5) | trackbacks(1)

この記事に対するコメント

こんにちは。
確かにあの赤と青の色遣いは特徴的でしたね。
モノクロの印象が強いだけに霞みがちですが、
ご指摘になるほどと思いました。

社会的メッセージも強いのですが、
エンタメ的な部分もあり、そこがまた楽しめる要因でした。

音楽ファンには選曲も嬉しかったです!

出来れば明日もう一度行きたいなと思っています。
はろるど | 2010/02/13 10:21 AM
広島県民の私、すでに手帳に記入して、待ち遠しく待ってまーす!高階先生の昨年のベスト3に入っていた展示で気になっていました。予習ができました。ありがとうございます!
kaori | 2010/02/13 2:32 PM
@はろるどさん
こんにちは。

何か決まったルールのようなものは
無さそうにも思えるのですが、
作品単体では「意味」が付与されている
ようにも感じられました。
青なので特に気になってしまいます。

そうですよねー
音楽に造詣の深いはろるどさんにとっては
一粒で二度おいしい展覧会ですね!

@kaoriさん
こんにちは。

何が何だか分からずとも心に沁み入る映像に
魅了され、スクリーンの前から立ち去れなくなります。
またご覧になられたら感想おきかせください。
Tak管理人 | 2010/02/14 9:50 AM
こんにちは。私も、2005年、森美術館の「ストーリーテラーズ」展見ました。その時、一番印象深かったのが、このウィリアム・ケントリッジ氏の作品でした。そのストーリーが理解できたわけじゃないけど、すごい衝撃をうけました。デッサン(ドローイング)を動かすなんて、なんて素敵な事をしてしまうんだろう!って。
それが、広島にも来る!知らなかった〜。絶対行きます。
この情報ありがとうございました。めちゃめちゃ感謝です!!
ちなみに、宮崎県からなので、ん〜片道…6、7時間ぐらいかな〜\(-o-)/
コロナ | 2010/02/15 5:57 PM
@コロナさん
こんばんは。

ストーリーを完全には理解できませんでしたが
あの独特の雰囲気だけで、迫ってくる魅力ありますよね。
ドローイングの痕跡がいい味出していました。

京都、東京とまわって最後が広島だそうです。
一日仕事となりますね。
どっぷりケントリッジの世界に浸って来てください!
Tak管理人 | 2010/02/19 5:59 PM
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