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『美術史家に聞く』第三回:高橋明也先生(後編)

好評のインタビュー記事、シリーズ『美術史家に聞く』第3弾は三菱一号館美術館館長の高橋明也氏。8月末にお届けした前編では、高橋明也氏の幼少時代から三越一号館美術館立ち上げまでをご紹介しました。

『美術史家に聞く』第三回:高橋明也先生(前編)

後編では更に突っ込んだお話を伺えることが出来ました。高橋氏の濃厚で深い提言どこまで再現出来たか若干不安もありますが、ご一読願えれば幸いです。


三菱一号館美術館

Tak「高橋館長は国内の展覧会には行かれます?」

「以前程は行けなくなってしまいましたね。忙しくて。内覧会とか行っても絵を観ている時間よりも挨拶している時間の方が多いし。それと国内の西洋美術の展覧会がほとんど『何とか美術館展』といった、ワン・レンダーのパッケージものになってしまっているでしょ。もちろん、パッケージ展と言っても、作品のレヴェルで言えばものすごく質の高いものも多いです。キュレーションだって海外の専門家が作る充実した展覧会もかなりある。でも、受け手側が主体的に企画の斬新さで切り込むような展覧会は残念ながら少なくて、海外で観る展覧会の高い質からはかけ離れたままなんですよね。これだけ西洋美術の鑑賞の歴史が重ねられているのになかなかその差が埋まらない。90年代はまだそれでも意欲的な企画が散見されましたけれども。他方、日本・東洋美術関係は、時々はっと感心させられるようなものがありますが。」

キュレーションをしっかりして誰かが演出している展覧会が西洋美術では少なくなってしまっているのは寂しい。

「西洋美術館の『ブラングィン展』などはとてもしっかりしていたと思うけれど、ああいった展覧会をやっても実際それほど観客が増えないとすれば、お金を出す主催者はだんだん及び腰になりますよね。コストばかりかかるという訳で。見応えのある展覧会は益々海外に行かないと観られないという現実は寂しく、僕自身は何とかそれを埋めようと思って、80年代以降、ここまで展覧会を手掛けてきたのですが、いかんせん、ちょっと虚しくなることも時々あります。やっぱり日本は、どこまで行っても「極東」というマージナルな特性から抜け出せないのかな、というようにです」


国立西洋美術館開館50周年記念事業 
フランク・ブラングィン Exhibition of Frank Brangwyn
国立西洋美術館
2010年2月23日〜5月30日

Tak「そうなると企画される学芸員さんのモチベーションも上がらないですよね。」

「そうなんです。それが日本の場合大きな問題なのです。「西洋美術」プロパーな問題から離れて、一般論的に言っても、「展覧会」というもの、そしてそれを企画する学芸員の企画力に対する評価システムというのが日本にはほとんど存在しないのです。きちっとした議論があるべき新聞、TVなどのメディアも、その点では全く中途半端な状態です。」

「大きな海外展の展覧会の主催をメディア自身がやってきた歴史があるので、どうしても公正を欠いてしまう、それならあまり核心に触れることは書かない、というオール・オア・ナッシングの雰囲気が近年まで大新聞・放送を中心とする美術メディアには充満していたような気がします。もちろん、それを打破しようとして努力していた記者の方々の存在もよく知っていますが。」

「そのため、学芸員も 折角いい仕事をしていても美術館で全うせずに止めてしまう人、大学へ移っていってしまう人も多い。実際、卑近ですが、日本の場合、新興のなんだかよく分からない職種である「美術館学芸員」より昔からのインテリ職業である「大学教員」の方が世間的評価が上なようなところがあって、さらに、現実的な話で言えば少なくともちょっと前までは圧倒的に教員の仕事は楽でしたからね。そうなると途中で皆出て行ってしまう。結局美術館には学芸員のノウハウは蓄積されないし、折角築きあげた海外の美術館や学芸員同士のとコネクションも皆そこで止まってしまう。とても残念ですが、それが日本の美術館界の実情なんです。」

要するに、美術館を巡る環境がまだまだ未成熟なんですね。専門職としての学芸員という概念が念仏のように唱えられているだけで、実際には仕事内容はなかなか「雑芸員」の範疇を出ない。その意味では、将来のこと考えると大学へ移ってしまうのもよくわかります。展覧会を回すのに精いっぱいで、研究的な仕事がほとんど現状では出来ませんからね。アウトプットばかりでインプットする時間が全くない。皆疲れ果ててしまいます。ですから、僕もこれまで何度かそういう誘惑に駆られました。アメリカなんかでは逆に、大学で学生の就職の面倒など見るのは鬱陶しいので、なんとか美術館に行きたい、現場で「作品」と対峙する仕事をしたい、戻りたい、という人も多いのですけれどね。」


「丸の内パークビルディング」「三菱一号館」敷地内の「一号館広場」には、彫刻家ヘンリー・ムーアの作品「腰掛ける女」他彫刻4体が展示されています。

Tak「具体的にどのような問題点があると思われますか?」

「例えばフランスなどでは学芸員自身が美術館で働いていることに、強い自信と責任感を持っています。それは美術館とそこに働いている人に対するリスペクトと社会の中での必要性に対するコンセンサスが社会全体にきちんとあるからです。それが日本には決定的に乏しいことなのでしょうね。だから美術館で働いている人にはフラストレーションが溜まる。やっている仕事の重さと責任にも関らず、認知されていない、という燥焦感が高まるのかもしれませんね。外から見えてない部分が多く、理解されにくい。それゆえ、自分の仕事に対しても自信を持てなくなってしまうという悪循環。」

「きちっとした仕事として社会に認知されず、「美術館員や学芸員って何をやっているのですか」に始まって、「好きなことやれていいですね〜」とかよく言われますが、趣味的な仕事と思われるのでしょうね。世間的に「は〜、美術館にお勤めですか…」でそこで話がストップしてしまう(笑)何をやっているのか分からないクエスションマークな職業なんでしょうね。実際僕が勤め始めた80年代頃には「大変ですね〜いつも展示室の端で座っていて」とか、「切符切っているのですか?」なんて言われたこともあるくらいだからね。さすがに最近は言われませんが…」

「まあ、学芸員に限らず、美術・芸術の仕事全体がこの国では社会のマージナルなところに置かれ続けてきたわけですから、仕方ないと言えば仕方ないかもしれません。だって、良く思うのですが、先進国の国を代表する紙幣には必ず美術家や音楽家が描かれていますよね。日本では政治家ばかり。僅かに夏目漱石や樋口一葉などの文学者が入っていますが。」

Tak「海外では美術館に対する社会的関心は高いのですか?」

「そりゃ、日本とは全然違いますよ。美術館員の給料そのものは我が国と同様決して高いわけではないけれど。」

「フランスでは一般の人でもどんな展覧会が開催されていて内容や評判はどうだとか、新収蔵作品は何だとか、今のルーヴルやオルセーの館長が誰だかとかも良く知られているし、館長が変われば人事がすぐに話題に上り、美術館リニューアル計画が出れば新聞で細かに報道されます。美術や美術館が身近な話題として常に存在しているんですよね。」


「大体、フランスなどは本省の文化省がとても強力で、文化行政そのものの強さが両国では全く違うという背景がありますから。日本では残念ながら文化庁長官といっても政府閣議にも出られない立場だと言われます。国立美術館はさらにその末端の機構ですから、国の中での落とし込みの位置が全然異なるのですよね…。オルセー美術館などでは学芸員が大臣などと直接話す事が日常的にありましたが、少なくとも私が国立西洋美術館にいた間は、大臣はおろか、本庁の担当官と話す機会も全くと言っていいほどありませんでした…。現場と行政が全く乖離しているのは、この国はどこでもそうなのでしょうが、残念ですね。」」

Tak「アメリカではどうしょう?」

「アメリカはもっと民間の資金に拠っていますから、さらに具体的で、一般市民と並んで企業人も数多く美術館には関与しています。美術館の運営や方向性にはもっとドラスティックに皆が関心を持っていますよね。本当に都市生活の中心にあって文化の中核を担っているのがアメリカの美術館ですから。美術館員はそのため、まるで企業人かと思うくらいの社交性や社会性を身にまとっています…。実際にお金や作品を引っ張ってこなければなりませんから。他方で、ボランティアの層も厚いし、市民に向けたエデュケーションのプログラムの充実度は凄まじいものがあります。花形館長の給料などはサッカーチームの監督並みに高いですし…。その代わり、先のリーマン・ショックの際など、メトロポリタン美術館を筆頭に、どこもあっという間に緊縮財政に陥りましたね。経済活動の影響を直接的に受けます。」



Tak「何だか日本と海外ではまるで別の職業のようですね。」

「繰り返せば、膨大な時間や手間、金銭をかけて仕事をし、実際社会で多くの人に様々な形で感銘をあたえているのにもかかわらず、日本だと趣味の延長で働いている程度にしか思われていないのが学芸員に代表される美術館人のような気がします。」

「学芸員を補佐したり、学芸員と共同して作業する広報とか普及、・教育、資料担当、レジストラー、さらにロジスティックスやマネージメントの担当者に至っては日本では本当にまだ未熟な状態です。たぶんまだ概念すらも十分に確立されておらず、働く場も少ないし、その為なかなか人も育っていない。こういう色々な分野の人たちがどんどん育たないと、美術館の力はなかなか発揮できませんし、実際には美術館活動の中心に居なければならない学芸員自身も、事務職員の命令で専門分野の仕事を片付けさせられるアウトサイダー的立場におかれ続けるのですよね。欧米の美術館では、こういうスタッフが学芸員の何倍の数もいて、学芸業務を下支えしているのです。」

「海外と単純に比較しても仕方ないけど、地道に100年位は待たなければ修正されないような気もして、ちょっと最近暗い気持ちです。根底には明治期以降のこの国の急速な近代化の中で醸成された、簡便な「ジェネラリスト志向」に付随する「専門家を尊ばない風土」があるような気がします。 「欧米に追い付け、追い越せ」の作業の中では、手っ取り早く成果を出すテクノクラートのジェネラリストが必要だったのですよね。もちろん、それに甘んじている側にも問題があるのでしょうが。スミマセン、つい脱線して饒舌になってしまいました…」

【秘蔵画像】

1965年イタリアのピサにて斜塔をバックに撮影された一枚。可愛らしいフィアット、チンクエチェントの傍らに立つ少年こそ小学生時代の高橋明也館長です。

Tak「ところで、展覧会開催するのに外注する仕事にはどんなところがあるのでしょう?」

「「音声ガイド」「ミュージアム・ショップ」「内装デザイン・施工」「運送・展示業務」「保険」「監視業務」「チラシ、ポスター・デザイン」など色々ありますよ。展覧会に付随する「保存・修復業務」などもそうです。それから、カタログを制作する際の編集者やテキストの翻訳者など。高い専門性をもつ研究者や学生さんなどにも仕事をお願いすることは多いです。それぞれ展覧会の度にその都度決めています。つまり、必要なのは高度なプロフェッショナリズムの集積なのですね。ですから僕はよく、学芸員の仕事を映画監督のそれになぞらえることがります。いかにそういう専門家の人たちの能力を統合して作り上げるかが、展覧会制作の醍醐味であり、愉しさなんですよね。自分の力というよりも、合気道のように、優れた他者の力を巧みに使うことのできる人が「展覧会名人」だと思います」


三菱が夢見た美術館―岩崎家と三菱ゆかりのコレクション」展2010年8月24日(火)〜11月3日(水・祝)

「例えば「三菱が夢見た美術館」展のポスター、チラシは、前回の服部一成さんの「マネとモダン・パリ」展のものとは打って変わったデザインになっています。今回はサントリー美術館で仕事をされているデザイナーの方にお願いしたので、どことなくサントリーの美術展の匂いがあるかもしれません。でも、サントリー美術館は一貫したデザイン・コンセプトに基づいた綺麗なものをいつも作られていますが、ウチはロゴマークをベースにしつつ、むしろそれぞれの展覧会ごとにその個性を強調するやり方を取っていこうとしています。次の「カンディンスキーと青騎士」展ではまた全然違った、20世紀美術らしいヴィヴィッドな雰囲気のものになります。」

Tak「最後に、今までに行った海外のおススメ美術館3つ教えて下さい。」

「全く脈絡無いので良ければ、以下のようです。」

1:フランス、スペイン国境の町バイヨンヌにあるボナ美術館
1、はなかなか行く機会も無いような小さな田舎町の美術館。でも19世紀美術をやっている人はマスト。ボナというサロン画家の位置がドラマティックに判明します。

http://www.museebonnat.bayonne.fr/

2:スイス、サンモリッツにあるセガンチーニ美術館
2、は感動的なセガンチーニ最晩年の3部作があります。ここでしか観られません。

http://www.segantini-museum.ch/

3:USA, ヒューストン、ド・メニル財団美術館
3、はレンゾ・ピアーノの建築とシュルレアリスムの作品の大コレクションがテキサスの光の中に美しい調和を見せる。

http://www.menil.org/

番外:南フランス、サン・ポール・ド・ヴァンスにあるマーグ財団美術館
番外は、もう多少古色を帯びてきたけれど、南仏の自然の中にジャコメッティやミロの野外彫刻が心地よく並んでいる環境型美術館の先駆。」

http://www.fondation-maeght.com/

三菱一号館美術館開館記念展「マネ展」の真っ最中の大変お忙しい時期に、お時間割いて頂きインタビューに応じて下さった高橋館長にあらためて感謝致します。

お話して下さったこと、伝えたかったこと上手くまとめられているかとても不安ではありますが…


高橋 明也(たかはし あきや、1953年 - )は、日本の美術史家、三菱一号館美術館初代館長。東京都出身。
東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。ドラクロワやマネを中心とする19世紀フランス美術史専攻。1980年より2006年まで国立西洋美術館研究員。1984年から86年にかけて文部省在外研究員としてパリ・オルセー美術館開館準備室に客員研究員として在籍。国立西洋美術館主任研究官・学芸課長を経て2006年、三菱一号館美術館初代館長に就任。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックによるポスター及びリトグラフ250点あまりの「モーリス・ジョワイヤン コレクション」を館として購入、所蔵作品の核に据えた。三菱一号館美術館は2010年4月6日開館。開館記念展は「マネとモダン・パリ」。
父はフランス文学者で元早稲田大学教育学部教授の高橋彦明。小学生だった1965年から66年にかけて父のサバティカルに伴いパリに滞在した。

Wikipediaより。

『美術史家に聞く』第三回:高橋明也先生(前編)

シリーズ『美術史家に聞く』

第一回:小池寿子先生
第二回:池上英洋先生


三菱一号館美術館 開催中の展覧会

三菱一号館美術館開館記念展〈ll〉「三菱が夢見た美術館−三菱家と三菱ゆかりのコレクション」
会期:2010年8月24日(火)〜11月3日(水・祝)

【三菱一号館美術館今後のスケジュール】

レンバッハハウス美術館所蔵「カンディンスキーと青騎士」展
会期:2010年11月23日(火・祝)〜2011年2月6日(日)

「王妃の画家ヴィジェ=ルブラン マリー・アントワネットと18世紀の女性画家たち」(仮称)
会期:2011年3月〜5月

「ジャポニスムの立役者たち—欧米で愛された陶磁器・銀器・装飾品」(仮称)
会期:2011年6月〜8月

「トゥールーズ=ロートレック モーリス・ジョワイヤン・コレクション」(仮称)
会期:2011年9月〜11月


【三菱一号館美術館次回展】

レンバッハハウス・ミュンヘン市立美術館所蔵
カンディンスキーと青騎士展

2010年11月23日〜2011年2月6日

ワシリー・カンディンスキー(1866−1944)とフランツ・マルク(1880−1916)が中心となって結成されたグループ「青騎士」(デア・ブラウエ・ライター)は、その後の20世紀美術に多大な影響を与えました。本展は「青騎士」揺籃の地ミュンヘンのレンバッハ・ハウス美術館の所蔵品よりカンディンスキーを中心に「青騎士」の運動を紹介する、わが国で初めての展覧会となります。

http://mimt.jp/aokishi/

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Twitter @taktwi

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http://bluediary2.jugem.jp/?eid=2244

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モネと画家たちの旅―フランス風景画紀行
監修:高橋明也
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