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MIHO MUSEUMで「長沢芦雪展」開催!!

2011年3月12日より滋賀県にあるMIHO MUSEUMにて2011年春季特別展「長沢芦雪 奇は新なり」が開催されます。



昨年2010年11月、行方不明であった芦雪の作品がおよそ80年ぶりに発見されたとのニュースがネット上に流れました。
江戸時代の絵師蘆雪の極小画発見 羅漢図、82年ぶり
 江戸時代の絵師長沢蘆雪(1754〜99年)が描き、82年間所在不明だった縦横3・1センチ(約1寸)の「方寸五百羅漢図」が見つかり、滋賀県甲賀市の美術館MIHO MUSEUM(ミホ・ミュージアム)が5日までに発表した。
 蘆雪は円山応挙の高弟。極小サイズの絵には、中央の白象を取り囲む多くの羅漢と、唐獅子や竜、虎が描かれている。美術史家の辻惟雄同館館長は「当時流行していた天眼鏡を使って描いたのだろう。羅漢や動物が生き生きと描かれ、遠近感も感じる」としている。
 同館によると、蘆雪の死後、大阪の寺院に寄進されるなどし、1928年、京都で競売に出品された記録があるが、その後は所在不明だった。今年6月、京都の美術商から辻館長に鑑定依頼があり、保管されていた箱の署名と印から蘆雪のものと特定した。
 来年3月12日から開催する同館の特別展で公開される。
47NEWS

応挙高弟・長沢芦雪作の細密羅漢図 82年ぶり確認
(京都新聞)


長沢芦雪「方寸五百羅漢図」(個人蔵 展示全期間)

一寸四方、縦横わずか3.1センチの小さな小さな五百羅漢図。

100幅の大迫力で五百羅漢を描いた狩野一信や、石峰寺の裏山に石仏で五百羅漢の世界を現わした伊藤若冲とは随分アプローチの方法が違います。少々ひねくれ者のイメージがある芦雪ならやりかねない作品です。

以下、MIHO MUSEUM館長であり、『奇想の系譜』で世に芦雪の名を広く知らしめた辻惟雄先生のコメントです。

昭和の初め売立に出されながら、その後消息を絶っていた幻の作品を眼前にして、驚きと興奮を禁じ得なかった。仔細に検討した結果、『浜園文集』に記録される「方寸五百羅漢図」そのものが、奇跡的に伝えられたものと判断した。
軸の左下にある署名と印には疑問が残るが、元箱の蓋裏に貼られた署名と印は、疑いなく芦雪自身のものだ。
だが、図が芦雪自身のものであることは、絵がなによりもよく物語っている。おそらく当時流行の天眼鏡の力を借りての仕事と思われるが、それを用いたとしても、このような細かな仕事は容易ではあるまい。にもかかわらず、羅漢や動物たちには、さまざまなかたち・ポーズの変化がつけられ、一つ一つが余裕をもって生き生きと描かれており、遠近感の的確な表現すら見受けられる。画面右下隅の虎の肢体、とりわけその長い尾の特徴が、薬師寺の「松に虎図襖絵」の虎と同じである点も指摘できる。
『浜園文集』の記述によると、「方寸五百羅漢図」は、新書画展に出品され、大阪での芦雪の急死に際して葬儀のあった寺院に寄進されたものと、その稿本に当たるものとの二種類あった。
そのどちらに当たるかは、今後の検討にまたねばならない。


小さな小さな「方寸五百羅漢図」の初お披露目だけがこの展覧会の目玉ではありません。今回初めて公開される約40点の芦雪作品も出展リストに名を連ねています。

初出品作品の脇を固めるのが、芦雪を語るに際し、外せないメジャーどころの作品たち。代表的なのがこの一枚。拝見するの東博の「対決展」以来となります。


長沢芦雪 重要文化財「虎図襖」無量寺蔵
(展示期間:4月19日〜5月8日)
京都東福寺派の錦江山無量寺の本堂仏間と室中の間の襖絵で左側に填められている。画面の右側で岩が描かれている二面は、廊下から最も離れた仏間の二面には、斜めに突き出た大きな岩が描かれ、室中の襖三面に実際の虎よりも大きな虎を描く。両前脚を突き出したその姿は、突き出た岩を蹴っていままさに出てきた瞬間を表現している。
署名は第1面右上に「長氷計冩」と墨書し、その下に「魚」(朱文氷形印、欠損なし)を捺す。


長沢芦雪「富士越鶴図」個人蔵
(展示期間:4月26日〜6月5日)
大きく聳える富士山とその後ろから丹頂鶴が連なって見る者の方へ飛んでくる。富士山の左側は雲でぼかされている。頂上付近にかかる雲は、洋風画からの影響が指摘されている。編隊を組んで飛んでくる鶴は簡略で、愛らしい姿で描かれている。富士山と朝日と鶴、いずれも吉祥を表す作品である。
もと広島の旧家に伝わった作品で、「蹲る虎図」同様、制作された場所と時期が特定できる数少ない作例。署名は画面右下に「平安盧雪冩」とあり、「魚」(朱文氷形印、欠損あり)を捺す。


長沢芦雪 重要美術品「月夜山水図
頴川美術館蔵

これらの他にも重要文化財「山姥図絵馬」厳島神社蔵、「牡丹孔雀図」下御霊神社蔵、「群猿図屏風」草堂寺蔵、「絵変わり図屏風」個人蔵、「双鹿図」京都国立博物館蔵、「唐獅子図屏風」佐賀県立博物館蔵、「芦雪肖像」千葉市美術館蔵等といった、芦雪ファンならずとも一度は観ておきたい作品が。

2006年に開催された、プライスコレクション「若冲と江戸絵画」展で我々の度肝を抜いた「白象黒牛図屏風」(エツコ&ジョウ・プライス・コレクション)もロサンゼルスから久しぶりに海を渡って日本にやってきます。(展示期間:3月12日〜4月10日)


白象黒牛図屏風
横たわる牛の前でちょこんと座す、このわんこ元気かな〜

若冲展ではお邪魔出来なかったけど、今回の芦雪展は是非とも伺いたい。全作品の展示替えスケジュールとか出してくれないかしら。遠征して観たい作品ないとがっかりだし。

2011年春季特別展
「長沢芦雪 奇は新なり」

会場:MIHO MUSEUM
http://miho.jp

開催日:2011年3月12〜6月5日
休館日:月曜日(3/21は開館、3/22は休館) 
※入館は16:00まで
開催時間:10時〜17時

※会期中一部展示替えあり

学術講演会 4月23日(土)13:00〜16:00
「芦雪画の魅力」(仮称)
冷泉 為人 (冷泉家時雨亭文庫 理事長)
河野 元昭 (秋田県立近代美術館 館長)
辻 惟雄 (MIHO MUSEUM 館長)
・第一部 13:00〜14:30 3名による講演(各30分)
・第二部 14:45〜16:00 鼎談、質疑応答


MIHO MUSEUM
〒529-1814 甲賀市信楽町桃谷300
http://miho.jp
0748-82-3411

アクセス
車:新名神高速道路 信楽ICより約15分
公共機関:JR石山駅南口より MIHO MUSEUM行きバス約50分

MIHO MUSEUM 2011年年間スケジュールはこちら

もう幾度となくご紹介していますが、司馬遼太郎の作品中に「蘆雪を殺す」というタイトルの短編があります。師匠である円山応挙も勿論登場します。芦雪の一筋縄ではいかなぬ性格など、いつものようにまるで見て来たかのように記されています。

一部ご紹介。文庫本「最後の伊賀者」に収録されています。

 去年の春、丹波亀山侯の家来だという男が訪ねてきて、
 「殿様が、どういうわけか足下の絵がおすきである」と、尊大な態度でいった。蘆雪は叩き出してやるかと思ったが、あやうく気持ちをおさえた。亀山松平家五万石からの注文というのはえがたい名誉である。
 「画題に注文がある。殿は三国志の玄徳劉備がおすきでな、檀渓越えの図をかいてもらいたい、とこう申される」
 「承知つかまつりました」
 「ついては」
と、米田外記はいった。「その下絵ができたら、四条の応挙殿にみせていただきたい」
 「応挙先生に?」
 「左様、お手前の師匠殿でござったな」
 「いかにも」
 蘆雪はむかむかしてきた。亀山侯は自分の技量をあやぶんで、師匠の応挙の修正をえさせようというのか。
 「さればいっそその玄徳図は師匠の応挙先生にたのまれればいかが」
 「いや、殿はお手前の絵がおすきじゃ」
 よくきくと下絵を応挙に見せよ、というのは亀山侯の指図ではなく、この米田外記という納戸役人の勝手な小知恵から出たものらしい。米田は絵がすきで、画壇にも精通している。あるいはこの役人は事大主義で、殿様が蘆雪などに絵をかかせることを好んでいなかったのであろう。
 察するところ、
 「いや、お言葉ながら、蘆雪は京で評判がわるく、虚喝漢などと取り沙汰されておりまする。応挙こそしかるべきかと存じまする」
ということぐらいは、殿様に申しあげたかもしれない。そこを殿様は「いや、蘆雪にこそかかせてみたい。ぜひ頼んで来よ」とおしてこの男を派遣したのであろう。

最後の伊賀者
「最後の伊賀者」
司馬 遼太郎



長沢芦雪[ながさわろせつ](1754-1799)
江戸時代中期の絵師。
若くして円山応挙(1733-1795)に弟子入りし、天明2年(1782)に出された『平安人物志』画家部にも名を連ねる。天明6年(1786)34歳のとき、和歌山県南部に約4ヶ月間滞在し、無量寺[むりょうじ]等の寺院に、大胆でユニークな作品を数多く残している。その他、代表作として、「山姥図絵馬」(広島・厳島神社蔵)、「猿図襖絵」(兵庫・大乗寺)や「宮島八景図」(文化庁)などがある。芦雪独特の奇抜な構図や表現から、伊藤若沖、曾我蕭白らと共に奇想の画家の一人として近年注目されつつある。


長沢芦雪 重要文化財「群雀図襖」成就寺蔵

夏目漱石『草枕』の中にも蘆雪登場します。

 余はまず天狗巌を眺(なが)めて、次に婆さんを眺めて、三度目には半々(はんはん)に両方を見比(みくら)べた。画家として余が頭のなかに存在する婆さんの顔は高砂(たかさご)の媼(ばば)と、蘆雪(ろせつ)のかいた山姥(やまうば)のみである。蘆雪の図を見たとき、理想の婆さんは物凄(ものすご)いものだと感じた。紅葉(もみじ)のなかか、寒い月の下に置くべきものと考えた。宝生(ほうしょう)の別会能(べつかいのう)を観るに及んで、なるほど老女にもこんな優しい表情があり得るものかと驚ろいた。あの面(めん)は定めて名人の刻んだものだろう。惜しい事に作者の名は聞き落したが、老人もこうあらわせば、豊かに、穏(おだ)やかに、あたたかに見える。金屏(きんびょう)にも、春風(はるかぜ)にも、あるは桜にもあしらって差(さ)し支(つかえ)ない道具である。余は天狗岩よりは、腰をのして、手を翳(かざ)して、遠く向うを指(ゆびさ)している、袖無し姿の婆さんを、春の山路(やまじ)の景物として恰好(かっこう)なものだと考えた。余が写生帖を取り上げて、今しばらくという途端(とたん)に、婆さんの姿勢は崩れた。

Twitterやってます。
 @taktwi

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=2406

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見る人の眼に快い刺激を与え、生きる活力を呼び覚ます―
これこそ美術に求められる最も重要な機能のひとつでしょう。
江戸時代も後期に入った18世紀、京都の人々が画家たちに期待したのは、まさにこの効用でした。
それに応える形で、画家たちは新奇な趣向を凝らし、斬新な表現を競い合い、伝統ある京の町には創造の息吹があふれました。
長沢芦雪(1754-1799)は、そうした「京都画壇のルネサンス」ともいえる気風を代表する一人です。
偉大な師、円山応挙(1733-1795)に学び、習得した技法を自在に駆使して、穏健な師のスタイルとは対照的な、奇抜で機知に富んだ表現を展開しました。大胆な構図、斬新なクローズアップ、動物の生き生きとしたユーモラスな表現と動き、師の自然観察をさらに進めた光の表現、対象の大きさを逆手に取った視覚遊戯など、鋭い観察眼と機知的感覚で、傑出した作品を生み出しました。
本展では、「虎図襖」(和歌山・無量寺蔵)、「白象黒牛図屏風」(エツコ&ジョウ・プライス・コレクション)、「富士越鶴図」(個人蔵)などの代表作品をはじめ、82年間行方不明だった「方寸五百羅漢図」(個人蔵)を含めた新出作品40点以上を合わせて展示します。初期から晩年までの選りすぐりの作品を通して、天才的エンターテイナー芦雪の魅力とその全貌をお楽しみください。
【会期中展示替えがあります】

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この記事に対するコメント

み・に・い・き・た・い!です。
芦雪も若冲に負けず劣らず大好きです。
プライスさんの白子犬、元気だと良いですね〜!
ai | 2011/02/11 11:53 PM
「対決」で見た虎図が出会いかな?
去年の年賀状に使わせていただいて、以来、ファンです。
昨日無量寺さんにお電話して、「いつ行っても芦雪さんを見られますか?」と聞き、30分あまり、話し込んでしまいました。
串本も行きたいけど、ミホにも展示かえのたびに行こうと思っています。
今からワクワクして待っています。
こんどうかずこ | 2011/02/22 11:39 AM
美術館HPに展示スケジュールUPされましたね!
尽 | 2011/03/13 9:31 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2011/05/30 5:47 PM
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