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松岡映丘の身内が語る「松岡映丘展」鑑賞のツボ

練馬区立美術館で開催中の「生誕130年 松岡映丘−日本の雅−やまと絵復興のトップランナー展関連イベンとして去る10月15日(土曜)に行われた担当学芸員によるギャラリートークの様子を、松岡映丘氏の身内の方がレポートとしてまとめて下さいました。



ギャラリートークでの解説と身内ならではの観賞のツボも含め包括して下さっています。既に展覧会をご覧になられた方も、まだこれから行かれる方にもこれは必読です。

こんなお話滅多に聞けるものではありません。
会場内の展示風景と共に一言一言噛みしめながら熟読あれ。

・映丘自身についてや創作、作品についての解説は図録にも詳しく載っていますが、練馬区立美術館で観賞するにあたり、ポイントとなる作品について、ギャラリートークで聞いたお話、また、身内ならではのこぼれ話を以下に書いておきます。作品の番号は図録の番号です。



【物語絵】
No.1 鵯越
映丘18歳の作品。平家物語の一場面ですね。義経です。
ちなみに最後の作品も義経が描かれてます。当時の先生は狩野派の流れの人だそうで、ちょっとゴツゴツしたタッチが、武者絵を描きたい映丘には気に入らなくて、その後、やまと絵の流れをくむ先生についたそうです。

・子供の頃の絵と下絵
6歳の時の武者絵、7歳の時の絵、また14歳の作品などがあります。
6歳というのは当時は数えなので、満5歳だそうです。
ギャラリートークによると、映丘たちの父親がすごく絵がうまかったそうで、たぶん、そういう見本をまねて描いたのだろうということですが、それにしても真似ても普通の子供には描けないです。映丘たちの父親の絵も福崎の記念館にはその絵があるそうです。私、いったことあるのですが覚えていません。


  
今回、姫路の美術館にごっそり下絵をおわたししたのですが、展示されている下絵がそれの中のものなのかはよくわかりません。あまりにいっぱいあったので。  

後で出てくる「伊香保の沼」のA4くらいの色つきの下書きとか、明治天皇の肖像の下書きとか、いろいろありました。あとで出てくる「さつきまつ浜村」は大下図がありました。

No.6 宇治の宮の姫君たち
右側のみがこのタイトルで、院展で初めて賞をとった作品。
源氏物語の最後に近いほうの「橋姫」がモチーフで男性は薫です。
院展での受賞理由は、古典を題材に美しい鮮やかな色彩で描いたことだそうです。それまでの卒業制作などとは色が違います。

No.9 嵯峨野の月と No.11春光
この2つ、練馬では隣に展示しています。この間で色があきらかに変わり、春光はとても鮮やかになっていると、ギャラリートークで言ってました。

No.12 道成寺
歌舞伎にもなってる道成寺。
描かれている女性は清姫ではなく、後日談で、鐘供養の場に現れた白拍子が実は清姫の怨霊で、鐘に入いるや蛇になって暴れる話で、滝沢歌舞伎でタッキーもやってます。この白拍子は、最初から目線が鐘にいっているところに注目ですって。



ちなみにこれは、姫路の時のポスターになっていました。
姫路の開会のタイミングまでぎりぎり桜が残っていてすごいタイミングでした。この作品をはじめ、映丘の作品には桜が多く描かれています。いずれもこの時代にはないソメイヨシノではなく山桜ですね。

映丘とは関係ありませんが、道成寺は山種美術館が持ってる小林古径の連作が好きです。
古径の出身地が私の地元なので、高校のときに地元で古径展があり、そのときに授業の一環で観た古径の作品に感動して日本画が好きになり、学生時代も新潟でやってた日本画の展覧会はよくみてました。横山大観などを持ってる小さい美術館もあったし。



No.13 月
図録の表紙になってます。
我が家からいっています。
背景の白は実は光沢があって、姫路の時に、図録の写真を撮影したカメラマンにお会いしたら、光ってしまって写真をとるのが大変だったと言ってました。
松江では光沢がわかりました。
練馬では、しゃがんで下から見ると光っているのがわかります。
月の光を光る白で表現したのかと思っていたのですが、ギャラリートークによると、最近の研究では、その昔、高貴な人に贈り、もらった人は塗り絵をしたみたいです。

No.24 草紙洗
うちにありましたが、美術館の方がきたときに始めてみました。
箱書きが奥さんの静野の手によるものでした。 
「月」は最初から映之に、ということで義父から受け取っていましたが、「草紙洗」は妹の真美さんに、ということになってました。お雛様の頃に一緒に飾るようにということだったらしいです。

No.28 住吉詣
源氏物語の「澪つくし」。
おじいさんは源氏の中でも好きなモチーフがいくつかあって、「夕顔」とこの「住吉詣」は複数描いています。
夕顔は、こんどの斗真の映画にも出てくるかな。ポイントは、この頃と、次の「伊香保の沼」との違いだそうです。


 
No.31 伊香保の沼
映丘は、合理的、科学的な精神の持ち主だったので、日本画では普通の輪郭線に対して、「現実にはそんなものはない」ということで、やまと絵の技法と現実との矛盾にいろいろ悩んだのだそうです。
そこで悩むところが面白いし、「合理的、科学的な精神の持ち主」というのは、まさに映之も同じでしたから、血筋かもしれません。
そして、その矛盾を見事に融合させたのがこの「伊香保の沼」だそうです。手前の方に描かれている草花は輪郭線なく色だけで表現され、着物のしわなどは線で描かれています。



No.33 千草の丘
詳細は「美の巨人たち」を見てもらったほうがいいと思います。
とにかくおじいさん、モデルにした水谷八重子が大好きだったそうです。
会場には、作品と水谷八重子本人と一緒にうつった新聞記事があります。

【武者絵】
おじいさんはとにかく武者絵が大好き。
武者絵を描くに当たり、自分で鎧を着て、実際に来たときの動きやポーズを確認してから描いていた徹底した実証主義者だったそうです。
映之はそういうところも受け継いでました。で、たしかに実証してこその作品だったわけですが、要はとにかく鎧が大好きだったという話が図録に詳しく載っています。



No.26 池田宿
『太平記』の一場面で、後醍醐天皇の陰謀に加担した日野俊基が捕らえられるシーン。
会場に一緒に展示されている下絵と、さらにもう一つの作品もあわせてみてください。
ポイントは、中心に描かれている俊基のガニ股だそうです。
俊基は敵につかまって護送されるわけだから、命の危険を感じているので、命を守るために鎧を着てるということで、「池田の宿」のとなりに、装束の上から鎧を着た作品があります。
しかし、護送される人間が上から鎧を着られるわけがないだろう、ということで、映丘は、鎧を下に着せたことが下図を見ればわかります。
当時の絵巻物にはがに股の男性がよく描かれているそうで、こういうことではないかとのことです。

映丘は「美術解剖学」というのにのっとって、描くときは下に着ているものから描いていったそうで、下書きには鎧が描かれてるのがよくわかります。

・生き人形の写真
顔がおじいさんで、おそらく等身大と思われる生き人形の写真があります。
亡くなる2年くらいまえに作られたそうですが、間接が動く人形なので、遺影的な記念品として作ったとは思われず、晩年、体調が悪くて自分で鎧を着られなくなってきたので、この人形に着せて武者絵を描いていたのではないか、とのお話でした。



・大下絵
大きな下絵が3枚ほどあります。
映丘の作品の中には、関東大震災や戦争で消失したものもあります。
下絵のある「めしい」の本画は、近くにイタリアへいったときの写真やスケッチがありますが、そのときにバチカンが買い上げたそうです。バチカンはそうやって世界中の美術を買ってるんでしょうねえ。

イタリアから帰った映丘は映画がほんとに好きで、お弟子さんの杉山寧さんに映画の絵を描かせたほどだったそうです。

【風景画】
No.8紅葉の秋
映丘が始めて描いた風景画だそうです。
やまと絵は元々風景を描くものではなかったけど、風景を描きたいというのが映丘の中に強くあって、その最初の作品がこれです。
場所は白河だそうです。
作品のそばに「一遍上人絵巻?」みたいなのも一緒に展示してありますが、その中に似た紅葉があり、映丘は、白河でこの紅葉を見たときにその絵巻を思い出し、その絵巻と目の前の風景を融合させたのがこの作品だそうです。映丘は常に古典を自分の作品に活かしています。

この作品は、柳田國男におくられ、柳田家にずっとあります。
今現在は、遠野に移築された柳田家の日本家屋が別荘になっており、92歳の娘さんが真冬以外はずっとそちらにいるそうです。
また、開会式でお会いしたお孫さんの話によると、柳田家の暖炉のマントルピースの上にいつも飾られていたそうです。

No.41 真鶴
映丘の次男、春樹さんのところにある作品です。



No.58 大三島
宮様たちが御飯を食べるお部屋にあるそうです。
東京から持ち出せないので、姫路の学芸員の方も初めて観たとのことそうです。鳥居は描かれていませんが神様がいます。
そしてここには、日本の甲冑の4割があるんだそうです。直接、描かれてはいませんが、ここに鎧があると思うだけで、映丘は嬉しかったんじゃないかと、ギャラリートークで話されていました。

No.44  さつきまつ浜村
場所は兵庫県の日本海側だそうです。
義父がずっと持っていて、これの同じサイズの下図もありました。この屏風を入れる木のケースに入いれて保管しています。「代表作」といわれているのは、やまと絵で描かれた風景画の完成形だからでしょうか。

No.47 太平楽
明治神宮で行われた神楽の様子です。
義父と一緒にいったときに「ここに僕がいるんだよ」と教えられました。
なるほど、観ている観客の中に映丘一家が!!
この作品の近くに、義父のアルバムにあった家族写真があり、ちょうどその写真とこの作品が同じ頃なので、家族がそっくりで楽しいです。

なお家族写真に写っている知らない大人は家族ではありません。誰だろう?
一番大きい男の子が義父の道男、つぎが次男の春樹、女の子がみどりさんです。
春樹は建築家、みどりさんはバレエ教室をやっていて、バレエ教室はみどりさんの娘がついでいます。
道男は蚕糸試験場で蚕の研究をしてました。

【肖像画】



No.59 右大臣実朝
鶴岡八幡宮で暗殺される直前ですね。
全面的に雪が降らせてあります。
No.35の「小野の雪」で雪をこうやって描くのがかっこいいじゃん、と味をしめたんのではないかとのことです(笑)。
おそらく、乾いた筆に胡粉をつけてたたくようにしたのではないかとのことです。

ギャラリートークのときに学芸員の方がご存知の日本画家の方がいらして、その方によると、こういうふうにすると、普通は絵の具を盛りすぎてしまいがちだけど、映丘はそれをすごく抑えていて、だからこそ、品格があるとのお話でした。
背景の白い部分にも全面的に雪が描かれています。しゃがんで下からみると雪がわかります。

この頃、映丘はもう体調が悪くなっていたので、作品が形式的になってきているというお話もありました。


松岡映丘「小野の雪」

No.61 明治天皇肖像(御茶ノ水女子大蔵)
皇后とセットでお茶の水女子大の講堂の舞台の左右にあって、日頃は幕がかかっていて御茶ノ水の学生もほとんど見たことないだろうという話です。
映丘は、東京美術学校の教授でしたが、近くの御茶ノ水女子大(当時はなんていったのかわすれました)に出張して教えていたのだそうです。その縁でお茶の水にあるそうです。

【最後に】
No.69 矢表 
ガラスなしで観られるのはここだけです。
今回の展覧会は、義経で始まって、最後も義経です。



義経の家来の一人が明るい緑色の鎧を着てますが、「萌黄縅」だと思います。
結婚する前に、義父に初めてあったときに「父なら『萌黄縅の大鎧』っていうね」といわれました。

私自身、松代だったかどこかで、大鎧ではないけど、萌黄縅の鎧を見たことあったので、そういうものがあることは知っていて、義父の話がすぐにわかってよかったです。

・五兄弟の写真
それぞれが研究者、歌人などとして名を残していますが、映丘以外は、それぞれ本職あって、趣味として学究をしています。柳田國男も元々は官僚でした。「仕事より趣味」というか、仕事人間ではないところが、映丘にも映之にも共通しています。


以上、松岡映丘氏の身内の方による展覧会鑑賞のツボはここまで。如何でしたか?一度ご覧になられた方もこれ読まれて再訪したくなったでしょう(かく言う自分もその一人)

そしてこれから、練馬区立美術館「松岡映丘展」へ行かれる方にとっては絶好のテキストかと。今回レポートしてくださった松岡映丘氏の身内のMさんとは、実はこのブログを通して数年前に知り合いました。

こんな駄ブログでも毎日続けていると佳いことあるのです。このご縁をこれからも大切にしていきたいと思います。Mさんご協力頂き誠にありがとうございました。

生誕130年 松岡映丘−日本の雅−やまと絵復興のトップランナー
会期:2011年10月9日(日)〜11月23日(水・祝)
会場:練馬区立美術館
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/

休館日:月曜日
開館時間:午前10 時〜午後6時
※入館は午後5時30分まで
主催:練馬区立美術館・日本経済新聞社

松岡映丘≪千草の丘≫がテレビ東京系「美の巨人たち」で放映されます!
放送日時はテレビ東京で10月29日(土曜)午後10時からです。


関連エントリ
松岡映丘展

Twitterやってます。
@taktwi

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=2666

注:会場内の写真は主催者の許可を得て撮影されたものです。

JUGEMテーマ:アート・デザイン


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練馬区立美術館で「生誕130年 松岡映丘」展を観た! | とんとん・にっき | 2011/11/11 12:38 AM