青い日記帳 

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美術史家に聞く第五回:宮下規久朗先生(後篇)

大好評の美術史家インタビューシリーズ第5回目は現在、神戸大学大学院人文学研究科准教授でいらっしゃる宮下規久朗先生。

前回(前篇)では少年時代から現職に至るまでのお話伺いました。→美術史家に聞く第五回:宮下規久朗先生(前篇)はこちら

兵庫県立近代美術館、東京都現代美術館へお勤めだった頃の激レア写真も提供して頂きTwitterやFacebookでも大きな話題となりました。


宮下規久朗(みやしたきくろう)
1963年名古屋市生まれ。美術史家、神戸大学大学院人文学研究科准教授。
東京大学文学部卒業、同大学院修了。著書に、『カラヴァッジョー聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞など受賞)、『カラヴァッジョ一西洋絵画の巨匠11一』『モディリアーニ モンパルナスの伝説』(以上、小学館)、『食べる西洋美術史」『ウォーホルの芸術」(以上、光文社新書)、『カラヴァッジョヘの旅』(角川選書)、『刺青とヌードの美術史』(NHKブックス)、『裏側からみた美術史』(日経プレミアシリーズ)など多数。

《写真:ヴェネツィア、カ・ドーロにて 筒口直弘氏撮影『芸術新潮』掲載写真(2011年)》

さて、今回の「後篇」では我々が実際に絵を鑑賞する際のポイントや身に付けておきたいこと、またお勧め美術館などをお聞きしました。

目から鱗のお話ばかり。正真正銘の美術マイスターが語る美術鑑賞のイロハにプラスαとくとご覧あれ!

Tak「絵(作品)を観る際のポイントや気を付けている点や身に付けておくとよいことなど教えて頂けますでしょうか。」

宮下「これは自論なのですが、美術はすべて繋がっているので、例えばイタリア美術に興味や関心があっても、実際に目にすることのできる日本美術やアジアの美術、そして現代アートまで、よいものなら何でも観てまわることが大事だと思います。だから、美術史をやる者は学芸員になれば、専門分野や館の方針に関わらず、必ず得るものがあり、勉強になるのです。」

「視覚的な記憶の蓄積がすべてだといってよいでしょう。単純に言うなら、以前観た作品と目の前にある作品を比べながら観ることが肝要です。自分の心の中に、鑑賞の座標軸を設けて、そこに位置づけるのです。比較のための作品の記憶やデータがあればあるほどよいわけです。だからこそ沢山色んな作品を観て比較ファイルをどんどん厚くすることが大事なのです。」

Tak「『作品の比較ファイルを自分の頭の中に持つ』なるほど納得です。」

宮下「西洋美術は好きだけど仏像は興味がないからまったく観ないとか、曼荼羅は好きだがモダン・アートには興味がないなんていう学生もいますが、それでは駄目なのです。神戸大学文学部の美術史研究室では、隔週の金曜日の午後に、関西の美術館・博物館や古社寺を回るゼミをずっと続けていますが、美術史を専攻する学生は4年間のうちにかなりの数の美術にふれることができます。たくさんの作品を、説明を受けながら実際にじっくり見るという経験ほど重要なものはありません。分野は関係ないのです。」

Tak「経験すればするほど深く観られるということですね。」

宮下「そうです!美術鑑賞は尽きることありません。年をとって視覚経験を積めば積むほどますます楽しくなり、死ぬまで楽しめるのです。また言葉がわからなくても、視覚芸術は国境や言語の壁を超えるものです。古今東西、世界中の美術はすべて同じ感性と知性で味わうことができるのです。」


大阪市立美術館「プラド美術館展」会場で解説(2006年)

宮下「絵画のみならず造形物(例えば古代遺跡やトーテムポール、絵馬や呪物のようなものまで)も美術として同じように鑑賞できます。そうした目を養っていると、たとえば知らないアジアの国を訪れた際にもその国の造形物を観ただけで、その国の人々の暮らしや文化が見えてきます。これは料理も同じで、その国の文化を知るには、その国の料理を食べるにしくはないと思います。美術を見て、料理を味わう、旅の楽しみはそれに尽きますね。私は美術以外では飲食に目がなく、美術と食事の関係については、2007年に出した『食べる西洋美術史』(光文社新書)にこうした思いのたけを込めて綴っています。」

Tak「絵画を「観る」ことの他に「知識」は必要でしょうか?」

宮下「よく絵を観るのに余計な知識は不要だという方がいますが、大きな間違いだと思います。知識は視覚経験と同様に、あればあるほどよいものです。あって困ることは絶対にありません。」

「例えばある画家をあらかじめ知っている場合と知らない場合では、展覧会で鑑賞に費やす時間が違うはずです。知らない画家(アーティスト)の作品の前では、立ち止まることすらしないかもしれません。セザンヌの美術史における重要性を理解している人は、小さなセザンヌが展示されていてもじっくり見るものですが、セザンヌについて何も知らない人は、さっさと通り過ぎてしまうでしょう。」

Tak「時折、絵は思うまま感じるままに観るのが…なんておっしゃる方いますが…」

宮下「人間の感性ほど脆いものはなく、ほとんど頼りになりません。それは知識の助けがあってやっと正しく働くものだと思います。」

「先入観なしの無垢な目で見たほうが作品のよさがわかると思いがちですが、知識がいくらあっても絵を味わうことが阻害されることはまったくありません。逆に自分のちっぽけな感性だけに頼って観る方が危険です。美術館や古社寺でなるべく多くの作品を観て、そして同時に本などを通じて知識もどんどん蓄える。そうすれば、作品を見る目がもっと深くなり、楽しくなるはずです。」


熊本FMラジオ出演(2008年)

Tak「毎回この美術史家に聞くではお伺いしているのですが、宮下先生のお勧め美術館を教えて下さい。」

宮下「あらかじめ考えてきたのですが、はからずも、このコーナーに以前登場した畏友にして兄弟分の池上英洋さんとまったく同じになってしまいました。」

・ロンドンのナショナル・ギャラリー
・プラド美術館
・ウィーン美術史美術館

宮下「ロンドンのナショナル・ギャラリーが美術史家に支持されるのは当然で、そこには美術史の教科書的な名作ばかりが並んでいるのです。それは裏を返せば、ロンドンのナショナル・ギャラリーにある作品を軸にして美術史の記述や概説が構築されてきたからです。長く館長を務めたケネス・クラークの啓蒙活動も大きいでしょう。ルーヴル美術館もわが国の東京国立博物館もそうですが、美術史というものは、こうした大美術館にある作品を中心に記述されるので、そこには有名な作品ばかりがあるように見えてしまうのです。」

「プラド美術館には、究極の名作であるベラスケスの《ラス・メニーナス》があるのですが、私はこの絵を超える絵はないと思っています。美術とは、芸術とは何か、絵画の可能性と表象の限界、とにかくこの絵は「絵画の神学」であり、私は「ラス・メニーナスを見ずして美術を語るな」と昔から言ってきました。ほかにもティツィアーノ、ルーベンスといった絵画の最高峰が並んでおり、質で言えば世界一の美術館といえましょう。まだ行ったことのない人は、これからそのすばらしさを初体験できるという意味で幸福だとも言えます。」

「ウィーンの美術史美術館は、私が最初に行った欧米の美術館なので、とりわけ強い印象を持っているのですが、プラドと同じく、ハプスブルク家のコレクションが基になっていて、重厚な雰囲気はこれぞヨーロッパ文明の真髄だと思わせます。ミュンヘンのアルテ・ピナコテークもベルリン絵画館も同じようにすばらしいですね。イタリアでは、美術館よりも実際の教会や宮殿のほうが大事だと思います。」

Tak「池上先生と図らずもダブってしまいましたのでもう一声!」

宮下「こうした大美術館以外で、視点を変えて選ぶとすると、好きなのは以下の3館です。」

・フリック・コレクション(ニューヨーク)
・ハンブルク駅美術館(ベルリン)
・福岡アジア美術館(福岡)

宮下「いずれも、「都会のオアシス」的な美術館で、都市のにぎやかさを一瞬忘れさせる異空間でありながら、それによって大都市の魅力を引き出させる珠玉の美術館です。いずれも一人でゆっくり見たい、とっておきの場所です。
フリック・コレクションは、すぐ近くにある巨大なメトロポリタン美術館とは対照的に、こじんまりとしたホッとできる美術館です。フェルメールも3点ありますしね。暖炉の上に飾ってある、ジョヴァンニ・ベッリーニの大きな《聖痕を受ける聖フランチェスコ》が私の一番のお勧めです。」

「ベルリンのハンブルク駅美術館は現代アート好きにはたまらない美術館です。今や現代アートの中心はアメリカからドイツに移行していますが、ここにはボイスやキーファーがすばらしい環境で展示され、美術館の外壁を飾るダン・フレヴィンの蛍光灯もたまらなくきれいです。」

「最後の福岡アジア美術館は、世界で唯一、アジアの現代美術を体系的に収集展示している貴重な美術館で、博多の繁華街、中州にある都市型の美術館で、私は昔からあちこちで宣伝しているのですが、そのためだけにわざわざ博多に行く価値のある、日本で最も楽しい美術館です。是非一度行ってみて下さい!」


国立国際美術館「モディリアーニ展」で桂南光さんと対談(2008年)

Tak「難しい質問で恐縮ですが、好きな作家(複数可)を教えてください。」

宮下「美術史を生業にしていると、好き嫌いよりも、よいか悪いかという基準で見るようになりますが、よいものはすべて好きです。よいというのは、技法がしっかりしているのに加え、造形的な深みがあるものです。もっとも、下手でも美術史的に興味深い対象は多いのですが。」

「日本の画家なら浦上玉堂が好きで、一日中でも眺めていたいと思います。あと好きなのは月岡芳年や河鍋暁斎、絵金といった幕末明治のどろどろ系や、藤田嗣治をはじめとする太平洋戦争時代の戦争記録画。これに限らず、生と死のせめぎあう極限状況を高い技術で表現したものに惹かれます。」

「中国なら北宋の山水画や元末四大家。日本でも牧谿をはじめ、北宋の李成、董源、燕文貴らのすばらしい名作があり、世界一の絵画のひとつです。やはり大きさが大事ですね。」

「西洋はたくさんありすぎますが、美術館にあれば必ずしっかり見ようと心がけているのが、ルーベンスとティツィアーノです。この二者は、ベラスケスとともに絵画の頂点をきわめた巨匠ですが、ルーベンスは作品が多いので軽視されがちです。でも、欧米の大美術館や教会にあるルーベンスの大作ほどすばらしいものはなく、色彩もタッチも卓越していて、いつまでも見飽きない魅力があります。とくにアントウェルペンとジェノヴァの教会にある祭壇画が最高です。こうした系譜にあるのですが、いつでも足をとめてじっくり見たいのはセザンヌとマチスですね。」


ルーベンスの大作があるアントウェルエペン、ノートルダム大聖堂

「ファン・アイクとフェルメールはもうひとつの系譜で、やはり頂点にあると思います。同じような宝石のようなきらめきがありますが、ファン・アイクは欧米ではフェルメール以上に大事にされていて、板絵ですから、残念ながら日本に来ることは滅多にありません。」

「建築と彫刻では、何といってもベルニーニが頂点ですが、その系譜にあるドイツのアザム兄弟。バロックの空間芸術の究極の姿で、一昨年、南ドイツで彼らの作品を苦労して見て回り、至福の体験をしました。」

「現代美術では、バーネット・ニューマン、フランク・ステラ、ゲルハルト・リヒターなんかを見るとわくわくします。リヒターの抽象絵画は日本の美術館にもいくつかありますが、いずれも実にすばらしいです。」

Tak「わわわ(汗)次から次へと多ジャンルに渡る作家がまるで泉のように湧き上がってきますね。これだけぱっと頭の中に浮かばれるのですから、いかに普段から様々な作家、作品をご覧になろうと心がけていらっしゃるかが分かります。」

宮下「先ほどの質問で、作品を見るときに心がけるとよいポイントにひとつ加えるとすると、作品の大きさをしっかり感じるということです。図版や本で見るときに漠然と想像していた大きさと、実際の作品の大きさがどうちがうのか、作品を前にしてそれを考えることは、その作品の本質につながるものです。ファン・アイクの絵のように、想像していたよりも小さいときは、なぜそう思わせたのかを考えてみる。いま私のあげた北宋の山水画、ルーベンス、ニューマンなどはみな堂々たる大画面を特徴としています。映画館で見る映画もそうですが、実際に見て圧倒されるような経験、これは画集では決して味わえないものです。」


研究室旅行 高知の絵金蔵にて(2010年)

Tak「いや〜貴重なお話、長時間に渡りお聞かせ頂き有難うございました。最後に、「ブログ:青い日記帳」をご覧の皆さまにひとことお願いすます。」

宮下「さきほども申しあげたように、美術を見るには知識や情報が大事です。このブログは展覧会と美術書に関して驚くほど幅広く、しっかりと紹介されていて、私もいつもありがたく拝見してきました。このブログによって教えられた展覧会情報は数えきれないほどです。美術鑑賞には視覚経験の蓄積が大事で、食通が経験とともに舌が肥えるように、美術を見る目も肥えていきます。ぜひこのブログをまめにチェックして、たくさんの美術にふれてほしいなと思います。同時に私の本も読んでくれたら言うことありません!」

Tak「勿体ないお言葉、恐縮です。」

宮下「Takさんというひとりの素人の方がこうした充実したブログを運営しているというだけでも、日本の美術愛好家の層の厚みを表すものにほかなりませんが、アクセス数も信じられないくらい多いそうですね。ここをご覧になっている大勢の美術ファンの皆さまが、今後の日本の美術文化を支えてくれるのだと確信しております。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。」

宮下規久朗先生にはいつの日か必ずインタビューお願いしたいと思い続けていたので、こうして念願叶い大満足です。予定していた時間があっと言う間に過ぎて行きました。

インタビューの中でも「知識は視覚経験と同様に、あればあるほどよいものです。あって困ることは絶対にありません。」とはっきり断言されていました。それに応えるべく宮下先生は数多くの本をお書きになられています。まだお読みになったことのない方も、大ファンの方もこれを機に先生の著書に触れてみるのがよろしいかと。

最後に頂戴したお写真の中で最もお若い頃の一枚を。

兵庫県立美術館「芸術と広告」展展示中(1992年)

→美術史家に聞く第五回:宮下規久朗先生(前篇)はこちら

【美術史家インタビュー記事】

『美術史家に聞く』第一回:小池寿子先生
『美術史家に聞く』第二回:池上英洋先生
『美術史家に聞く』第三回:高橋明也先生(前篇)
『美術史家に聞く』第三回:高橋明也先生(後篇)

『美術史家に聞く』第四回:金沢百枝先生(前篇)
『美術史家に聞く』第四回:金沢百枝先生(後篇)


「展覧会の仕掛け人に聞く」(前篇)
「展覧会の仕掛け人に聞く」(後篇)

Twitterやってます。
 @taktwi

この記事のURL
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この記事に対するコメント

こんにちは。
宮下喜久朗先生との前編を読んで、早速図書館に行ってまず目についたものから借りてきました。
「フェルメールの光とラ・トゥールの焔」
「カラヴァッジョ巡礼」
「三島由起夫の愛した美術」
何しろあまり読んだことなかった方なので、特に新鮮です。
「知識はあればあるほどよい」すばらしいです。
展覧会の見方も変りそうです。ありがとうございました。
すぴか | 2012/01/18 9:20 AM
細かい点ですが、大阪市美術館ではなく、大阪市立美術館です。
ss | 2012/01/19 10:44 PM
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