青い日記帳 

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「夏目漱石の美術世界展」

東京藝術大学大学美術館で開催中の
「夏目漱石の美術世界展」に行って来ました。


公式サイト:http://www.tokyo-np.co.jp/event/soseki/

夏目漱石の作品を最後に読んだのはいつでしょう?

高校時代に教科書に載っていた『こころ』を最後に漱石の小説に眼を通してない方多いのではないでしょうか。漱石にしても宮沢賢治にしても本来は「子ども」の読み物ではありません。

賢治の小説など大人になってから改めて読んでみると、その内容の深淵さに驚かされます。“童話作家”なんて呼び名は適当ではありません。試しにこちらでも→『フランドン農学校の豚』宮沢賢治

漱石もまた然り。彼の記した作品には数十年後の日本の未来を予見するかのような台詞がさりげなく盛り込まれています。例えば『三四郎』の冒頭、主人公と広田先生が初めて汽車で出会い会話を交わす場面には、このように書かれています。

三四郎はべつだんの答も出ないのでただはあと受けて笑っていた。すると髭の男は、
「お互いは哀れだなあ」と言い出した。「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。もっとも建物を見ても、庭園を見ても、いずれも顔相応のところだが、――あなたは東京がはじめてなら、まだ富士山を見たことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。我々がこしらえたものじゃない」と言ってまたにやにや笑っている。三四郎は日露戦争以後こんな人間に出会うとは思いもよらなかった。どうも日本人じゃないような気がする。
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。


明治維新以降、西洋列国に追い付け追い越せと脇目もふらず猪突猛進してきた日本。日清戦争、日露戦争と立て続けに勝利しヨーロッパの国々に肩を並べたと、誰もが無邪気な自尊心を高ぶらせていたこの時代(1908年、明治41年)に、広田先生は一言(これからの日本は)「滅びるね」と。

これを単なる「髭の男」の戯言と読み流してしまっては、漱石の言わんとしていることがまるで理解出来ていないことに。

3年後の明治44年に漱石が、和歌山で行った講演会『現代日本の開化』を読めば、広田先生の言わんとすることが判然とし、漱石が当時の日本の有様をいかに憂いていたかも分かります。


「夏目漱石の美術世界展」展示風景
(津田青楓や橋口五葉らの装幀や挿画も漱石を取り巻く魅力的な美術作品の一部です)

こうした謂わば「先見の明」が漱石にあったのは、1900年(明治33年)から約2年間ロンドンへ留学したことが大きな要因のひとつです。(当時は船旅で数カ月かけて渡欧していました。)

国費で行ったロンドンですが、馴染めず果ては神経衰弱に陥り予定よりも早くに日本に帰ることになります。理由は定かではありませんが、「圧倒的な差」「超えられない高い壁」を肌で感じ取ってしまったからでしょう。

英国留学から帰国した後しばらくして、1907年(明治40年)に東京帝国大学講師等の一切の教職を辞し、朝日新聞社専属の職業作家となったのは、広くそのことを小説を通して世間に知らしめめねばという責務に駆られたからかもしれません。

そう考えると先ほど引用した『三四郎』広田先生の(これからの日本は)「滅びるね」という台詞も腑に落ちるかと。


J.E.ミレイ《ロンドン塔幽閉の王子》1878年
ロンドン大学 ロイヤル・ホロウェイ絵画コレクション

しかし、厭世感だけを前面に出すことをしなかったことにより、漱石が国民作家として100年以上経った現在でも読み続けられる作品になっているのです。

そして、それだけでなく小説内にロンドンで実際に眼にしてきた絵画作品や日本美術を巧みに配することにより、漱石作品に華を添えているのです。

前置きが随分と長くなりましたが、「夏目漱石の美術世界展」では漱石作品の華とも言うべき美術作品に焦点をあて、漱石がもっていたイメージを視覚的に読み解いていくありそうでなかった画期的な展覧会となっています。

ジャン=バティスト・グルーズ、J.M.W.ターナー、与謝蕪村、青木繁、岸田劉生etc…学生時代に漱石文学に触れた際に必ず目にしているはずの画家たちの名前も当時は単なる活字として気にもかけず、スルーしていたことに気づかされます。


「夏目漱石の美術世界展」展示風景

J.W.ウォーターハウス《シャロットの女》1894年 リーズ市立美術館

ありのままなる浮世を見ず、鏡に写る浮世のみを見るシャロットの女は高き台(うてな)の中に只一人住む。活ける世を鏡の裡(うち)にのみ知る者に、面(おもて)を合わす友のあるべき由なし。
薤露行』夏目漱石

「夏目漱石の美術世界展」にウォーターハウスがやって来る!

→「ウォーターハウス回顧展」(オランダ、フローニンゲン美術館)

大好きなウォータハウスの作品が2点観られただけでも満足ですが、会場へ行って最も驚いたのはこちらの作品が展示されていたことです。まさかこれを観られるとは!


B.リヴィエアー《ガダラの豚の奇跡》1883年
テイト、ロンドン
© Tate, London 2013

漱石の小説の中で最も異彩を放っている作品に『夢十夜』という大変魅力的な短編集があります。1から10まで多種多様な不思議な夢の話しが綴られているこの作品の最後を締めくくる「第十夜」に登場するのが「ガダラの豚の奇跡」と瓜二つの場面です。

これまで小説を読んでおぼろげにしか頭の中でイメージ出来なかった「第十夜」の重要なシーンが、テイトからやってきたこの一枚の絵によりはっきりと具現化されました。

優れた小説を映画化してイメージが台無しになってしまうことよくありますが、この展覧会に関してはその逆です。漱石作品の理解に深く役に立つこと間違いなしです。

庄太郎は必死の勇をふるって、豚の鼻頭を七日六晩叩たたいた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻こんにゃくのように弱って、しまいに豚に舐なめられてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。
夢十夜』(第十夜)夏目漱石

まだまだ書きたいことは山ほどあるのですが、切りが無いのでそろそろこの辺でやめておきます。西洋絵画だけでなく漱石が国内で観た日本美術(若冲、蘆雪、抱一から明治期の作品まで)も集められるだけ集め贅沢に展示されています。


酒井抱一《月に秋草図屏風》 【重要文化財】江戸時代(19世紀)
東京国立博物館寄託
Image: TNM Image Archives
展示期間:6/25(火)〜7/7(日)

そうそう、『虞美人草』のラストに登場する酒井抱一の虞美人草の描かれた「二枚折の銀屏」は、芳賀徹氏が小林忠先生に確認したところ、実在しないそうです。(『絵画の領分』より)

荒井経氏がこの展覧会にあわせて描いた、酒井抱一作≪虞美人草図屏風≫(推定試作)2013年を『虞美人草』のラストシーン同様に、6月15日(土)の一日に限り、特別に逆さにして展示するそうです。

漱石自身が描いた作品も展示してあります!


夏目漱石《山上有山図》1912年
岩波書店

今年の年間ベスト10入り間違いなしの展覧会です。
「夏目漱石の美術世界展」は7月7日までです!

藝大美術館正面にある東京藝術大学附属図書館(図書館2階カウンター前)では、「夏目漱石の美術世界展」関連資料紹介展示を展覧会の開催にあわせて行っています。


藝大図書館所蔵の夏目漱石関係資料や展覧会関係資料について、普段目に触れにくい書庫の中の資料を中心に紹介しています。こちらも要チェックです!

「夏目漱石の美術世界展」

会期:2013年5月14日(火)〜7月7日(日) 
※出品作品の一部を会期中、展示替えいたします。
会場:東京藝術大学大学美術館(東京都台東区上野公園12-8)
http://www.geidai.ac.jp/museum/
主催:東京藝術大学、東京新聞、NHK、NHKプロモーション
後援:ブリティッシュ・カウンシル、新宿区
協力:岩波書店、神奈川近代文学館、KLMオランダ航空、日本航空

公式サイト:http://www.tokyo-np.co.jp/event/soseki/

※展示室内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。


夏目 漱石(なつめ そうせき、1867-1916)
小説家、評論家、英文学者。本名、金之助(きんのすけ)。江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)出身。愚陀仏とも称した。

大学時代に正岡子規と出会い、俳句を詠む機会を得る。帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、松山で愛媛県尋常中学校教師、熊本で第五高等学校講師などを務めた後、イギリスへ留学。帰国後、東京帝国大学講師として英文学を講じながら、「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判になり「坊っちゃん」などを書く。

その後朝日新聞社に入社し、「虞美人草」「三四郎」などを掲載。「修善寺の大患」後は、『行人』『こゝろ』『硝子戸の中』などを執筆。「則天去私(そくてんきょし)」の境地に達したといわれる。晩年は胃潰瘍に悩まされ、「明暗」が絶筆となった。


「夏目漱石の美術世界展」と連動した『芸術新潮』6月号(特集「夏目漱石の眼」)図録と違う切り口で存分に漱石の美術世界を堪能できます!


芸術新潮 2013年 06月号』 [雑誌]

絵で読み解く漱石の理想の 女性像と芸術観 【文】古田亮、“門外漢”の美術時評  大正元年(1912)第六回文展評 「文展と芸術」より他。

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夏目 漱石
岩波書店
コメント:「夏目漱石の美術世界展」

近代日本を代表する文豪、また国民作家として知られる夏目漱石(1867-1916)。この度の展覧会は、その漱石の美術世界に焦点をあてるものです。漱石が日本美術やイギリス美術に造詣が深く、作品のなかにもしばしば言及されていることは多くの研究者が指摘するところですが、実際に関連する美術作品を展示して漱石がもっていたイメージを視覚的に読み解いていく機会はほとんどありませんでした。

この展覧会では、漱石の文学作品や美術批評に登場する画家、作品を可能なかぎり集めてみることを試みます。私たちは、伊藤若冲、渡辺崋山、ターナー、ミレイ、青木繁、黒田清輝、横山大観といった古今東西の画家たちの作品を、漱石の眼を通して見直してみることになるでしょう。

また、漱石の美術世界は自身が好んで描いた南画山水にも表れています。漢詩の優れた素養を背景に描かれた文字通りの文人画に、彼の理想の境地を探ります。

本展ではさらに、漱石の美術世界をその周辺へと広げ、親交のあった浅井忠、橋口五葉らの作品を紹介するとともに、彼らがかかわった漱石作品の装幀や挿絵なども紹介します。当時流行したアール·ヌーヴォーが取り入れられたブックデザインは、デザイン史のうえでも見過ごせません。

漱石ファン待望の夢の展覧会が、今、現実のものとなります。
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