『欲望の美術史』
宮下規久朗先生が上梓された『<オールカラー版>欲望の美術史』(光文社新書)を読んでみました。

『<オールカラー版>欲望の美術史』 (光文社新書)
宮下 規久朗 (著)
毎回毎回「ハズレ」の無い宮下先生の新刊。今回も満足度200%!美麗な図版がほぼすべてのページに掲載されているにも関わらず、1000円以下というお財布にもやさしい良書です。
「食べたい!」「眠たい!」といった本能に基づいた欲は動物にもありますが、我々人間の抱く欲望は「愛されたい!!」「認めてもらいたい!!」「偉くなりたい!!」など心理的、社会的なものまでありとあらゆる欲望と共に日々の生活を送っています。
襁褓にくるまれた赤子の頃から人間の欲望は絶えることはありません。かくいう自分もまた欲の塊のようなものです。

ヤン・ステーン「画家の家族」1665年頃
ハーグ、マウリッツハイス美術館
『<オールカラー版>欲望の美術史』 (光文社新書)
では、美術を生み出す欲望から美術を求める欲望まで、多種多様な角度から「欲望」という光を当て古今東西の美術作品を紹介していきます。
宮下先生のお書きになる、簡潔で単刀直入な明快な文章は美術マニアからビギナーに至るまで全く厭きることなく読み進められます。
目次からもこの本の面白さ多様さが伝わってきます。そして「読みたい!」という欲望も。
第1章:欲望とモラル(食欲の罠、愛欲の果てに、金銭への執着 ほか)
第2章:美術の原点(空間恐怖、ミニマル・アートの禁欲と豊饒、作品と展示空間 ほか)
第3章:自己と他者(「私」に向き合う、芸術としての刺青、集団肖像画の魅惑 ほか)
第4章:信仰、破壊、創造(「母なるもの」と聖母像、保守か前衛か、美術と戦争 ほか)
(画像)
第1章:欲望とモラル(金銭への執着)では、ギュスターヴ・クールベ「画家のアトリエ」と川鍋暁斎「枯木寒鴉図」が同じページに掲載され「画家のプライド」「画家の自らの腕と芸術への矜持」について語られています。
第2章:美術の原点(空間恐怖)では、メキシコやペルーなど中南米の教会に観られるデコラティブなバロック装飾「チェリゲレスコ」を端緒に空間恐怖症(隙間恐怖症、ホロール・ヴァクイ)へ言及。
そこで登場するのが、収容先のロンドンの精神病院で実に9年もの歳月を費やして描いたこちらの濃密な作品です。
↓

リチャード・ダッド「お伽の樵の入神の一撃」1864年
ロンドン、テート・ブリテン
ところが、次のページをめくるとお馴染みの長谷川等伯「松林図屏風」が。
西洋絵画に見られる空間恐怖的な作品を美術の原点とするだけでなく、その対極にある「余白の美」もまたそれに該当すると、澱みない語り口で読者の心を話さず語る手法は見事です。
また、単に作品解説をするだけにとどまらず、人間味あふれる表現が随所に見られるのも宮下先生の文章の大きな魅力のひとつです。現状の美術史に対する意見提示もさり気なく盛り込んでいます。
(安本亀八「相撲生人形」やホアン・マルティネス・モンターニュス「受難のキリスト」)こうした造形を、単に写実的だからといって、あるいは見世物であったからといって美術史から排除するべきではない。それらはリアリズムの極致であり、人間が美術に求めてきたものの原点を教えてくれるものなのだ。
こうして読み進めているうちに、宮下先生こそが最も美術に対して貪欲な人であることが分かってきました。(以前から薄々は感じていたのですが…)
ルネサンス、バロック美術は勿論、中世キリスト教絵画から天安門の毛沢東の肖像画にアール・ブリュットはたまた生人形や刺青、ムカサリ絵馬やモーニング・ピクチャーに至るまで、ありとあらゆるジャンルの美術を実際にご覧になり血肉としています。

昨年(2012年)高知県立美術館で開催された「大絵金展 極彩の闇」(10月28日〜12月16日)
ここでも絵金という絵師や彼が描いた血みどろの芝居絵、そして絵金生誕200年を記念して開催された展覧会の紹介だけに留まらず、純粋芸術と大衆芸術、美術館や芸術の在り方の再考まで話が及んでいます。
キャッチーな作品から美術界が抱える深淵な問題まで、書き記す点こそが宮下先生の文章の真骨頂であり、一番の魅力だと思います。
因みに、直近の美術の話題としては、同じ2012年にスペインのボルハという町の小さな教会で起きた「世界最悪の修復画」とネットでも大きな話題となったキリスト像修復事件についても「名画への敬意と反発」のくだりで紹介されています。
繰り返しますが、美麗な図版がほぼすべてのページに掲載されているにも関わらず、1000円以下というお財布にもやさしい良書です。超絶におススメします!
・美術史家に聞く第五回:宮下規久朗先生(前篇)
・美術史家に聞く第五回:宮下規久朗先生(後篇)

『<オールカラー版>欲望の美術史』 (光文社新書)
宮下 規久朗 (著)
美術を生み出し、求めるときの様々な欲望に光を当て、美術というものをいろいろな観点から眺めたエッセイ。世界的な名作から、通常は美術とは目されない特殊なものまで様々な作品を扱い、四つの観点から、「美が生まれる瞬間」を探る。

宮下規久朗(みやしたきくろう)
1963年愛知県生まれ。美術史家、神戸大学大学院人文学研究科准教授。東京大学文学部卒業、同大学院修了。『カラヴァッジョ――聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞などを受賞。他の著書に、『食べる西洋美術史』『ウォーホルの芸術』(以上、光文社新書)、『カラヴァッジョへの旅』(角川選書)、『刺青とヌードの美術史』(NHKブックス)、『裏側からみた美術史』(日経プレミアシリーズ)『フェルメールの光とラ・トゥールの焔』(小学館>ビジュアル新書)など多数。
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『<オールカラー版>欲望の美術史』 (光文社新書)
宮下 規久朗 (著)
毎回毎回「ハズレ」の無い宮下先生の新刊。今回も満足度200%!美麗な図版がほぼすべてのページに掲載されているにも関わらず、1000円以下というお財布にもやさしい良書です。
「食べたい!」「眠たい!」といった本能に基づいた欲は動物にもありますが、我々人間の抱く欲望は「愛されたい!!」「認めてもらいたい!!」「偉くなりたい!!」など心理的、社会的なものまでありとあらゆる欲望と共に日々の生活を送っています。
襁褓にくるまれた赤子の頃から人間の欲望は絶えることはありません。かくいう自分もまた欲の塊のようなものです。

ヤン・ステーン「画家の家族」1665年頃
ハーグ、マウリッツハイス美術館
『<オールカラー版>欲望の美術史』 (光文社新書)
宮下先生のお書きになる、簡潔で単刀直入な明快な文章は美術マニアからビギナーに至るまで全く厭きることなく読み進められます。
目次からもこの本の面白さ多様さが伝わってきます。そして「読みたい!」という欲望も。
第1章:欲望とモラル(食欲の罠、愛欲の果てに、金銭への執着 ほか)
第2章:美術の原点(空間恐怖、ミニマル・アートの禁欲と豊饒、作品と展示空間 ほか)
第3章:自己と他者(「私」に向き合う、芸術としての刺青、集団肖像画の魅惑 ほか)
第4章:信仰、破壊、創造(「母なるもの」と聖母像、保守か前衛か、美術と戦争 ほか)
(画像)
第1章:欲望とモラル(金銭への執着)では、ギュスターヴ・クールベ「画家のアトリエ」と川鍋暁斎「枯木寒鴉図」が同じページに掲載され「画家のプライド」「画家の自らの腕と芸術への矜持」について語られています。
第2章:美術の原点(空間恐怖)では、メキシコやペルーなど中南米の教会に観られるデコラティブなバロック装飾「チェリゲレスコ」を端緒に空間恐怖症(隙間恐怖症、ホロール・ヴァクイ)へ言及。
そこで登場するのが、収容先のロンドンの精神病院で実に9年もの歳月を費やして描いたこちらの濃密な作品です。
↓

リチャード・ダッド「お伽の樵の入神の一撃」1864年
ロンドン、テート・ブリテン
ところが、次のページをめくるとお馴染みの長谷川等伯「松林図屏風」が。
西洋絵画に見られる空間恐怖的な作品を美術の原点とするだけでなく、その対極にある「余白の美」もまたそれに該当すると、澱みない語り口で読者の心を話さず語る手法は見事です。
また、単に作品解説をするだけにとどまらず、人間味あふれる表現が随所に見られるのも宮下先生の文章の大きな魅力のひとつです。現状の美術史に対する意見提示もさり気なく盛り込んでいます。
(安本亀八「相撲生人形」やホアン・マルティネス・モンターニュス「受難のキリスト」)こうした造形を、単に写実的だからといって、あるいは見世物であったからといって美術史から排除するべきではない。それらはリアリズムの極致であり、人間が美術に求めてきたものの原点を教えてくれるものなのだ。
こうして読み進めているうちに、宮下先生こそが最も美術に対して貪欲な人であることが分かってきました。(以前から薄々は感じていたのですが…)
ルネサンス、バロック美術は勿論、中世キリスト教絵画から天安門の毛沢東の肖像画にアール・ブリュットはたまた生人形や刺青、ムカサリ絵馬やモーニング・ピクチャーに至るまで、ありとあらゆるジャンルの美術を実際にご覧になり血肉としています。

昨年(2012年)高知県立美術館で開催された「大絵金展 極彩の闇」(10月28日〜12月16日)
ここでも絵金という絵師や彼が描いた血みどろの芝居絵、そして絵金生誕200年を記念して開催された展覧会の紹介だけに留まらず、純粋芸術と大衆芸術、美術館や芸術の在り方の再考まで話が及んでいます。
キャッチーな作品から美術界が抱える深淵な問題まで、書き記す点こそが宮下先生の文章の真骨頂であり、一番の魅力だと思います。
因みに、直近の美術の話題としては、同じ2012年にスペインのボルハという町の小さな教会で起きた「世界最悪の修復画」とネットでも大きな話題となったキリスト像修復事件についても「名画への敬意と反発」のくだりで紹介されています。
繰り返しますが、美麗な図版がほぼすべてのページに掲載されているにも関わらず、1000円以下というお財布にもやさしい良書です。超絶におススメします!
・美術史家に聞く第五回:宮下規久朗先生(前篇)
・美術史家に聞く第五回:宮下規久朗先生(後篇)

『<オールカラー版>欲望の美術史』 (光文社新書)
宮下 規久朗 (著)
美術を生み出し、求めるときの様々な欲望に光を当て、美術というものをいろいろな観点から眺めたエッセイ。世界的な名作から、通常は美術とは目されない特殊なものまで様々な作品を扱い、四つの観点から、「美が生まれる瞬間」を探る。

宮下規久朗(みやしたきくろう)
1963年愛知県生まれ。美術史家、神戸大学大学院人文学研究科准教授。東京大学文学部卒業、同大学院修了。『カラヴァッジョ――聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞などを受賞。他の著書に、『食べる西洋美術史』『ウォーホルの芸術』(以上、光文社新書)、『カラヴァッジョへの旅』(角川選書)、『刺青とヌードの美術史』(NHKブックス)、『裏側からみた美術史』(日経プレミアシリーズ)『フェルメールの光とラ・トゥールの焔』(小学館>ビジュアル新書)など多数。
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