青い日記帳 

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「速水御舟 ―日本美術院の精鋭たち―」

山種美術館で開催中の
「再興院展100年記念 速水御舟 ―日本美術院の精鋭たち―」展に行って来ました。



山種美術館所蔵作品の中で最も有名で人気のある速水御舟「炎舞」が、約1年半ぶりに公開されています。

1977年(昭和52年)に経営破綻した大手総合商社の安宅産業株式会社の御舟コレクションを一括して山種美術館が買い取ったことは、美術館にとっても我々にとっても大変幸せなことでした。

旧安宅コレクションと、山種美術館コレクションの御舟作品を合わせると、その数一体どれくらいになるのでしょうか。「御舟の美術館」として胸を張り誇れる数があることは間違いありません。


「速水御舟展」展示風景

また、今回の展覧会には個人蔵の非常に珍しく、御舟の画業を知るうえで大変貴重な作品「盆栽梅(未完)」も初公開されています。

昭和10年、40歳でこの世を去った御舟の絶筆のひとつとも取れる「盆栽梅(未完)」を拝見すると、まだまだうんと生きて様々な作風にチャレンジしたかったことが知覚できます。


速水御舟「盆栽梅(未完)」昭和10年

常に自分の作品スタイルを意図的に変化させ(革新し続けてきた)御舟。亡くなる直前でもまだ新たな境地を切り開こうとしていたことが察知できます。

御舟は晩年、幾何学的なフォルムに関心を寄せていたそうです。この作品も盆栽は極端な俯瞰で捉えつつ、スズメは水平視点で表現しています。キュビズムのように。

梅の枝も妙に堅苦しく、極端に言うならば「梅メカ」を描いているようです。そう、メカメカしいのです。山口晃さんもビックリするはずです。

御舟が、常に画風を意図的に変えて行ったその変遷を今回の展覧会で辿ることもできます。


速水御舟「灰燼」大正12年(29歳)
速水御舟「春昼」大正13年(30歳)
共に山種美術館蔵

1923年(大正12年)9月1日11時58分マグニチュード7.9の関東大震災が首都東京をがれきの山としました。その時の様子を描いた「灰燼」と、埼玉県の穏やかな田園風景を描いた対照的な作品が並べて展示されています。

因みに関東大震災が発生したその時、御舟は院展の会場にいたそうです。何が起きたのか理解出来ぬ状況の中でも必至に目の前の灰燼と化した東京の街並みを描いたのです。

映画「風立ちぬ」でも描かれていた関東大震災後の東京の街並み。「灰燼」を拝見した後に映画を観たので「まるで御舟の絵のようだ〜」と独り映画館で呟いてました。

そうそう、これは山下裕二先生に教えて頂いたのですが、「春昼」は良ーーくみると、闇の中(土間入口)に梯子が描かれているそうです。これ要チェックです!


速水御舟「炎舞」【重要文化財】1925(大正14)年 絹本・彩色
山種美術館

31歳の速水御舟が家族と共に大正14(1925)年の夏、軽井沢に別荘を借り滞在した際に、焚き火に群がる蛾を毎晩のように観察し描いたとされる「炎舞」ですが、実際に作品を見ると描かれている10匹近い蛾は全て図鑑の写真を張り付けたようにリアルです。

数多くの蛾の写生が残されていて細密に描写したことが伺えます。炎との組み合わせで幻想的な雰囲気を出すためにあえて図式的に「リアル」を超越した姿で描いたのではないでしょうか。

今回「炎舞」は小さい展示室に掛けられています。これまでと照明も変えているそうです。



こういう情報を知っていると、2度目、3度目となる「炎舞」との対面もまた違ったものになりますよね。

さてさて、展覧会の構成は以下の通りです。

第1章:再興日本美術院の誕生
第2章:速水御舟と再興院展の精鋭たち
第3章:山種美術館と再興院展の画家たち


御舟作品約30点に加え、同時代に切磋琢磨した院展の画家たちの作品も展示されています。御舟に影響を与えた今村紫紅や、良きライバルであった小茂田青樹の作品と見比べると、新発見の連続でした。


下村観山 「不動明王」1904(明治37)年頃
絹本・彩色 山種美術館

妙にやたらとムキムキした筋肉質の不動明王です。システィーナ礼拝堂の天井画から遥か海を越えてやってきたかのような「立体感」のある画風です。

それもそのはず、観山は、文部省留学生としてヨーロッパに渡り、嫌というほどあちらの美術を目にしてきたのです。落款が「KANZAN」になっていることからもその影響の大きさが分かります。

西洋美術館で「ミケランジェロ展」始まる前に、この下山観山の「ミケランジェロ風 不動明王」是非その目に焼き付けておきましょう。

さて、最後はこの一枚で。


速水御舟の孫にあたるブッシュご兄妹(お母様は御舟の三女・朝子さん)と山下裕二先生。

昭和8年(39歳)に描かれた「椿ノ花」。目黒の自宅の庭に咲いていた椿を描いた作品がブッシュさんは一番お気に入りだそうです。とても気さくな方で「写真撮ったらFacebookにあげてね!」なんて仰ってました。(約束は当日果たしましたよ!)

芸術の秋、食欲の秋。共に満たしてくれる山種美術館で開催中の「速水御舟展」は10月14日までです。


再興院展100年記念 速水御舟 ―日本美術院の精鋭たち―

会期:2013年8月10日(土)〜10月14日(月・祝)
会場:山種美術館
主催:山種美術館、日本経済新聞社
http://www.yamatane-museum.jp/

展覧会ごとにオリジナルの特製和菓子を作っている山種美術館のCafe椿さんに、どのような手順を経て特製和菓子が作られるのかを取材して来ました。

「速水御舟展」特製和菓子が出来るまで


「速水御舟展」特製和菓子「ほの穂」(テイクアウトもできます)

朝日マリオン・コムに連載中の「ぶらり、ミュージアム」にもコラム書きました〜

日本画と和菓子 展覧会の余韻に浸れるカフェ(山種美術館)

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山種美術館は、近代・現代の日本画を中心に、とりわけ日本美術院(院展)の画家たちの作品を数多く所蔵しています。2014年に院展が再興100年を迎えることを記念し、当館に縁の深い院展画家、そして当館コレクションの中でも最も重要な院展画家の一人・速水御舟(1894〜1935)に焦点をあてた展覧会を開催します。

院展は岡倉天心の精神を引き継いだ横山大観、下村観山らを中心に1914(大正3)年に再興されました。当時の日本画家たちは押し寄せる西洋画に相並ぶ、新時代の日本画を探求しており、再興院展は官展とともに中心的な役割を果たしていました。そのなかでも御舟は第一回目から再興院展に出品し、常に新たな日本画に挑み続けた画家でした。

御舟の約40年という短い人生における画業は、伝統的な古典学習、新南画への傾倒、写実に基づく細密描写、そして象徴的な装飾様式へと変遷しました。一つの画風を築いては壊す連続は、型に捉われない作品を描き続けた、画家の意欲の表れといえるでしょう。

本展では、御舟の芸術の変遷を、再興院展という同じ舞台で活躍した画家たちとの関わりを中心にご紹介いたします。御舟芸術の軌跡は、同門の今村紫紅、小茂田青樹、さらには御舟をいち早く評価した大観、そして小林古径、安田靫彦、前田青邨など、つながりの深い院展画家たちとの交流や、同時代の院展の動向と密接に関わっていました。当館の誇る御舟コレクションから、古典学習と構成美の集大成《翠苔緑芝》(院展出品作)や、写実により幻想的な世界を表現した《炎舞》【重要文化財】をはじめとする代表作の数々を、同時代の画家たちの作品とともにご覧いただきます。大正期から日本画壇の中心であり続ける再興院展の芸術の神髄に迫ります。
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 速水御舟の作品を中心に、館蔵の再興院展の画家の作品を並べた「再興院展100年記念展」。この展覧会には、酷暑の中、家内が見に行ってきてなかなか良かったとの話だったが、軟弱な私は、涼しくなるのを待って、昨日見に行ってきた。 第一会場に入るとすぐのところに