青い日記帳 

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「徒然草―美術で楽しむ古典文学」展

サントリー美術館で開催中の
「徒然草―美術で楽しむ古典文学」展 に行って来ました。


http://suntory.jp/SMA/

鎌倉末期の随筆『徒然草』を記したのは誰?と聞かれ、吉田兼好と答えてしまった方、かなりのお歳ですね。自分も学生時代にはそのように覚えた記憶がありますが、現在の教科書には吉田兼好の文字はどこにも見当たりません。

正解は、兼好法師(もしくは、卜部兼好です)

日本三大随筆のひとつとして、『枕草子』(清少納言)、『方丈記』(鴨長明)とともにタイトル名だけは誰しもが知る『徒然草』。

江戸時代に入り庶民にも読まれるようになると、『伊勢物語』、『源氏物語』同様に大変な人気を博すことになります。そして画帖や奈良絵本、そして絵巻や屏風に絵になる段落が絵画化されて行きました。

因みに、三大随筆の中で最も硬派な『方丈記』は一般受けせず、『枕草子』は底本により段落がまちまちで紹介しずらい点(他にも理由はあるのだけど)を抱えています。

そんな中にあって最も庶民の心に通じたものを記したのが兼好法師でした。40歳前後に書かれた随筆ですので、やや爺臭く、説教じみている点も所々ありますが、まぁそれもお愛嬌。

女子高生には受けくても、35歳を過ぎた辺りから兼好法師の言葉が響いてくるものです。


英一蝶「徒然草・御室法師図」江戸時代 17世紀後半
個人蔵

『徒然草』第五十三段は最も「絵になる」段落のひとつです。

(原文)
これも仁和寺の法師、童の法師にならむとする名殘とて、各遊ぶことありけるに、醉ひて興に入るあまり、傍なる足鼎をとりて頭にかづきたれば、つまるやうにするを、鼻をおしひらめて、顔をさし入れて舞ひ出でたるに、滿座興に入ること限りなし。

しばし奏でて後、拔かむとするに、大かた拔かれず。酒宴ことさめて、いかゞはせむと惑ひけり。とかくすれば、首のまはり缺けて血垂り、たゞ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、うち割らむとすれど、たやすく割れず、響きて堪へがたかりければ、叶はで、すべき樣なくて、三足なる角の上に、帷子をうちかけて、手をひき杖をつかせて、京なる醫師(くすし)の許(がり)、率(い)て行きけるに、道すがら人の怪しみ見る事限りなし。醫師の許(もと)にさし入りて、むかひ居たりけむ有樣、さこそ異樣なりけめ。物をいふも、くゞもり聲に響きて聞えず。「かゝる事は書にも見えず、傳へたる教へもなし」といへば、また仁和寺へ帰りて、親しきもの、老いたる母など、枕上により居て泣き悲しめども、聞くらむとも覺えず。

かゝる程に、或者のいふやう、「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざらむ、たゞ力をたてて引き給へ」とて、藁の蒂(しべ)をまはりにさし入れて、金を隔てて、首もちぎるばかり引きたるに、耳鼻缺(か)けうげながら、拔けにけり。からき命まうけて、久しく病み居たりけり。


Tak口語訳(アレンジあり)
仁和寺の法師(兼好は仁和寺の近くに庵を構えていたこともあり、よくこの寺のお坊さんの失敗談が登場します)が、酒宴の余興で無理やり鼎を頭から被り場を盛り上げた。

ところが、その鼎が抜けなくなってしまった。みなさん協力的ではあるのだが、酒に酔っているので扱いも雑でしまいには首周辺から流血も。本人に息苦しくなってきたので鼎をかち割ろうとするも割れないどころか、頭に響いて逆に苦しさを増幅。仕方ないので医者へ連れていくと、「こんな患者は診たことない」とむべなく断れる始末。

寺に戻り、命だけでも助かればと力の限り皆で引っ張ったところ鼎はやっと抜けた。でもそれと同時に鼻や耳もちぎれてしまい穴だけになってしまい悲惨な結末に。(酒の席でアホなことやると一生後悔する羽目になってしまうぞ。気をつけなされ。)



奈良絵本 徒然草 五冊のうち第一冊(部分) 江戸時代 17世紀
富美文庫蔵

展覧会の構成は以下の通りです。

第1章 兼好と徒然草
第2章 〈徒然絵〉の諸相
第3章 徒然草を読む
第4章 海北友雪の画業における「徒然草絵巻」


近年サントリー美術館の所蔵品に新たに加わった海北友雪(かいほうゆうせつ)筆「徒然草絵巻」二十巻を初公開しているのもこの展覧会の大きな見どころのひとつです。

随筆作品の特性か、物語作品と違い、『徒然草』244の章段をそれぞればらばらに独立させて読み、鑑賞するスタイルが一般的です。

しかし、今回全20巻を通しで観る(読む)ことにより、段落と段落の関連性や配置などこれまで気が付かなかった新たな『徒然草』の側面も見えてきます。

とても新鮮な体験が出来ました。(これが一番の収穫かな)


尾形乾山「兼好法師図」江戸時代 17世紀後半〜18世紀前半
個人蔵

コレジャナイロボ」的な雰囲気ぷんぷん醸し出している乾山による「兼好法師図」でほっこりしつつ、海北友松の息子・海北友雪(1598〜1677)が描き出した作品世界にどっぷり浸る。

いつもながら、一本筋の通った、メリハリのある展示内容と展示作品が観て、読んでいて飽きさせることありません。

王朝貴族の雅な世界を描いた「源氏絵」や「伊勢絵」に比べると美しさの面では劣るかもしれませんが、そこに記されたテキスト(キャプションの現代語訳が秀逸!)が補って余りある存在となっています。

滑稽な坊さんの話しや、オヤジの説教聴きたくなったら?!迷わず「徒然草展」へ!7月21日までです。意外と会期が短いのでご注意を。


「徒然草―美術で楽しむ古典文学」展

会期:2014年6月11日(水)〜7月21日(月・祝)
※作品保護のため、会期中展示替を行ないます
開館時間:10時〜18時
※金・土、および7月20日(日)は20時まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
休館日:火曜日
主催:サントリー美術館、朝日新聞社
協賛:三井不動産、三井住友海上火災保険、サントリーホールディングス
会場:サントリー美術館
http://suntory.jp/SMA/

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鎌倉時代末期、兼好(けんこう)法師(生没年未詳)によって書かれた『徒然草』は、名文の誉れ高く、『枕草子』・『方丈記』とともに日本三大随筆に数えられます。「つれづれなるままに」の序段で始まる『徒然草』は、今や古典文学のなかでも最も親しまれた作品の一つといえるでしょう。
しかし『徒然草』は、成立後100年あまりもその鑑賞の歴史をたどることができません。『徒然草』の本格的な享受は慶長年間(1596〜1615)に始まると考えられ、江戸時代になると、『徒然草』は研究、鑑賞、そして創作への応用など、さまざまな分野で多様な展開を示すようになりました。そうした『徒然草』流布の過程で、〈徒然絵〉とも呼ぶべき絵画作品が登場するようになります。近年館蔵品に加わった海北友雪(かいほうゆうせつ)筆「徒然草絵巻」二十巻もその一つです。そこで本展では、この新収絵巻を初公開するとともに、屏風や絵本などの美術作例を通して、一度は読みたい、今こそ知りたい『徒然草』の名場面をたどります。
17世紀半ば以降、『徒然草』は244の章段に区切ることが常識化し、各段は独立して鑑賞されることが多くなりました。しかし、『徒然草』の生成過程を想起しながら、章段の連続性に注意を向けることで、兼好がどのような内面性に根ざして『徒然草』を執筆したのか、その思いにどのような変化・深化が生じたのかが見えてくるのです。
『徒然草』といえば無常観の文学といわれますが、兼好は、「無常」という時代の既成概念に挑み、現世にあっていかに生きるべきか、いかに楽しむべきかを探究した現実主義の人でした。本展では、兼好の心うつりゆく世界を美術作品とともにぜひお楽しみください。
展覧会 | permalink | comments(1) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

徒然草は 吉田兼好の古典であり懐かしいです。
実際は買物を楽しむばかりで、ホームページで
改めて復讐しているばかり。私の幼馴染兼 先輩の名前で吉田は
周りに多くいるので、忘れてしまうほどです。
つれづれなるままに ひらがな好きなので 吉田さんの作品も好きです。
「夫婦つれづれ日記」という本があります。
ふじわらかずえ(漫画家)谷口じゅんぺい(デザイナー)の
夫婦の毎日をつれづれなるままに書いた本。
ひらがなも 漫画もコミカルでとてもほほえましい。おすすめです。吉田兼好さんのタイトルの良さを改めて確認しました。
ショップはいつも可愛くて元気のあるグッズが多く
贈り物としても お土産としても助けて頂いています。
そしてサントリー美術館 ホールディングスから頂いた
手帳(栄養学他)カレンダー とても大切にしています。 
SAT NAGATA | 2016/04/05 2:48 PM
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