青い日記帳 

TB&リンク大歓迎です!
<< August 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 東京都庭園美術館リニューアルオープン | main | ゴッホの幻の「ヒマワリ」 >>

「歌川国貞展」

太田記念美術館で開催中の
特別展 没後150年記念「歌川国貞」に行って来ました。


http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

江戸時代に活躍した最もメジャーな浮世絵師の名前ひとりだけあげるとしたら、誰を思い浮かべますか?歌川広重、葛飾北斎、歌川国芳、鈴木春信、喜多川歌麿、写楽etc…

彼らが活躍したのが今からざっくり150年〜250年前。それまでの間にどう研究され、どのように扱われて来たかにより、現在の知名度に大きな差が生じています。

写楽などその典型で、綺羅星の如く現れ、1年にも満たない間に忽然と姿を消してしまったその謎の部分に注目が集まると共に、希少性も生じ小学生でも知っている江戸時代の浮世絵師として平成の世に名を残しています。

近年では、歌川国芳の大胆な作品や愛らしい戯画に妖怪図、はたまたスカイツリーを描いたのではないかと話題になったりと今や各展覧会でも引っ張りだこの「人気浮世絵師」としての地位を確立しました。


「歌川国貞展」展示風景

しかし、もし1800年代の江戸の町にタイムスリップして「一番の人気浮世絵師は誰?」と訊ねてみたら、間違いなく即答で皆「歌川国貞!」と答える。と、新藤茂氏(「国貞展」企画担当・国際浮世絵学会常任理事)は仰っていました。

幕末最大の人気絵師であり、トップランナーであった歌川国貞。

歌川「広重」や「国芳」は良く知っていてどんな浮世絵を残したか頭にすぐイメージが浮かびますが、同じ歌川でも「国貞」となると、はてさて…(勿論、自分も同様)

参考までに、大久保純一先生の著書カラー版 浮世絵』 (岩波新書)で国貞に言及されている箇所引用しておきますね。
歌川豊国は豊春の門人で、次章で述べるように役者絵の分野で大衆的な人気を得るとともに美人画でも活躍し、多くの門人を養成して歌川派を大きく発展させた。彼の門下から出た国貞(のちの三代豊国)は、やはり役者絵や美人画で絶大な人気を博している。国芳は武者絵、戯画に新境地を開き、また豊国の兄弟弟子である豊広の門からは広重を輩出し、北斎のあとを受けて浮世絵風景画を発展させた。
このカラー版 浮世絵(2008年刊行)に於いて「国貞」での扱いは僅か2か所しか出て来ていません。これは「三代歌川豊国」名義の記述をカウントしていない為ですが、ぱっと見ただけでは国芳、広重に比べ圧倒的に扱いが少く感じてしまいます。


歌川国貞「星の霜当世風俗 (蚊やき)
太田記念美術館蔵

尤も、今年(2014年)の8月に刊行された大久保先生責任編集の日本美術全集15 浮世絵と江戸の美術』 (日本美術全集(全20巻))では、その差は少なくなり、国貞5、国芳6、広重10の図版と解説が掲載されています。

ここで、生没年を確認しておきましょう。初代豊国の弟子である国貞。現在人気上昇中の国芳や広重とは約10歳年上です。

歌川 豊国(1769年〜1825年)
歌川 国貞(1786年〜1865年)
歌川 国芳(1798年〜1861年)
歌川 広重(1797年〜1858年)

最近やっと注目され始めてきた国貞を、「国芳、広重に並ぶ浮世師」と称したりしますが、もし江戸ッ子が耳にしたら「べらんめえ」と一喝されてしまうことでしょう。何せ、国貞が切り拓いた道を国芳や広重が後を追うように付いて行ったのですから。

つまり、国芳・広重が目指した幕末浮世絵師が国貞なのです。


「歌川国貞展」展示風景

展覧会の構成は以下の通りです。

1:肉筆画の名品
2:初期の画業
3:人気絵師国貞登場
4:新画風の展開
5:歌川派の全盛
6:孤高の晩年


しかし、悲しいかな、これまで国貞を研究する人が少なく(役者絵が多いと言う印象が強く敬遠されがち)、かなり不当な低い評価をされているため、これまで日本国内で一度も大規模な「歌川国貞展」が開催されなかったそうです。

まだまだ研究されていない宝庫の浮世絵師。国貞が先鞭をつけ、国芳、広重がその後を追いかけたことが、実際に展示作品からもはっきりと見て取れます。


歌川国貞「四天王膣蟷退治ノ図」1815年頃
日本浮世絵博物館蔵
歌川国貞「武蔵坊弁慶 御曹子牛若丸」1811年
神奈川県立歴史博物館蔵

国芳が得意とした武者絵をそれ以前に描いているのです。しかも大迫力の画面構成。「四天王膣蟷退治ノ図」などは、描かれているものが、画面からはみ出さんばかりの勢いです。

そもそも、初期作品の武者絵を、西村屋(大手版元)から出している時点で早くに才能を見いだされていたことが分かります。


歌川国貞「紅毛油画名所尽 日本橋」1824年頃
北海道立近代美術館蔵

広重が「東海道五十三次絵」を描くざっと10年前に、西洋の風景画を意識し「額縁」まで描いています。(北海道立近代美術館所蔵の国貞が都内で見られるのも初めてとか。)

また、三代豊国になった時代の役者絵は写楽に負けるとも劣らぬものがあります。そもそも写楽が150点ほどしか描いていないのに対し、国貞は数万点の作品を残しているのです。


歌川国貞(三代豊国)「江戸美人尽(夕立)
太田記念美術館蔵 10/31〜11/12展示

国貞が79歳で亡くなる元治元年頃、最晩年に描かれた美人画シリーズ「江戸美人尽」。42図が確認される大作にかかわらず、何らかの理由で出版されず、下絵、版下だけが残る幻の作品です。本展では、約30年ぶりに本作を公開。

肉筆画を初めとし、初期から晩年まで60年に渡り生涯描き続けた作品を地下1階の展示室まで使い開催しています。中には今回の展覧会を開催するにあたり調査していた段階で新発見された国貞作品も含まれています。

「歌川国貞展」は11月24日までです。お見逃し無きように!江戸っ子たちが愛した国貞が全国各地から大集合しています。

「国貞展」担当学芸員 渡邉晃氏と新藤茂氏(「国貞展」企画協力・国際浮世絵学会常任理事)の熱い熱い国貞愛のこもった展覧会です。


特別展 没後150年記念「歌川国貞」

会期:2014年10月1日(水) 〜 11月24日(月・祝)
前期:10月1日〜10月26日
後期:10月31日〜11月24日
休館日:月曜日※祝日の場合は開館、翌火曜休館
開館時間:時間 10:30〜17:30 
※入館は閉館時間の30分前まで
会場:太田記念美術館
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

図録は永久保存版!


この図録の表紙に用いられている歌川国貞(三代豊国)「東海道五十三次之内 京 石川五右衛門」(太田記念美術館蔵)ってどこかで見たことありますよね…


Twitterやってます。
@taktwi

Facebookもチェック!


この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=3756

JUGEMテーマ:アート・デザイン


歌川国貞(1786〜1864)は浮世絵師随一とも言われる数万点の作品を残し、国芳や広重を押さえて当時人気No.1を誇った浮世絵師です。22歳で浮世絵界にデビューしてから79歳で亡くなるまで、歌舞伎や吉原、当時の文化風俗など、まさに「江戸文化の全て」を描き切り、浮世絵界のトップランナーとして走り続けた大御所中の大御所です。
今年は国貞の没後150年の記念の年にあたります。本展は、国貞の膨大な作品の中から名品のみを選りすぐり、その画業の全貌に迫る今までにない回顧展です。同時代を生きた歌川広重や歌川国芳が既に広く美術ファンの人気を集める中、満を持して幕末の浮世絵師「最後の大物」が登場いたします
展覧会 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

コメントする









この記事のトラックバックURL
http://bluediary2.jugem.jp/trackback/3756
この記事に対するトラックバック