青い日記帳 

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池上英洋先生が語る「ルクレツィアの肖像」の魅力

ルーヴル美術館所蔵のレオナルド・ダ・ヴィンチ「ルクレツィアの肖像(ミラノの貴婦人の肖像)」について、青い日記帳の予習帳(第6回)で取り上げました。


レオナルド・ダ・ヴィンチ「ルクレツィアの肖像」1490-95年頃
ルーヴル美術館蔵

ルーヴル美術館公式サイトやWiki、手元にあるレオナルド関連の書籍を読み漁った結果、完全にレオナルドの筆によるものでは無いとの意見もあるとのこと。

素人では帰属問題についてあれこれ書けませんので、これは池上先生にお話し伺うのが一番!との結論に達し早速お話しを伺ってきました。

池上英洋先生による《ルクレツィアの肖像》の魅力解説

イタリア語で《ラ・ベル・フェロニエール》と呼ばれる《ルクレツィアの肖像》ですが、とても質が高く、雰囲気もあるのでわりと好きな作品です。

伝統的に、ミラノ公妃ベアトリーチェの周辺にいて、やはりミラノ公イル・モーロの寵愛を受けたルクレツィア・クリヴェッリの肖像とされてきました。細い金の鎖の頭飾り(フェロニエール)から、そう呼ばれています。

面白いことに、《白貂を抱く貴婦人》の左上隅に、「ラ・ベル・フェロニエール」という銘記が薄く残っていて、本作と混同されていたことがわかります。この2枚、おそらく同じクルミ材からパネルが造られたと考えられています。モデルには諸説あります。まあ制作時期から考えて、ミラノ宮廷の高貴な女性と考えて良いと思います。


レオナルド・ダ・ヴィンチ「白貂を抱く貴婦人」1490年頃
チャルトリスキ美術館蔵

さて、ご存知かもしれませんが、作者の帰属問題に関しては論議の対象になってきました。来歴もちょっと不明確で、1642年が本作の所在に関して遡ることのできる、最も古い年です。フォンテーヌブロー宮での記録です。

ただ、1517年にデ・ベアーティス(枢機卿の秘書)がレオナルドによる《フィレンツェの婦人》という作品について記述しており、これを本作とする説もあります。ただ、当時からフェロニエールはミラノで流行したファッション・アイテムなので、そんな同時代人がフィレンツェ婦人とするのも変ですよね(ややこしいことに、フェロニエール自体、後世の加筆だと考える人もいますが)。

作者の名としては、レオナルドの弟子で、ボルトラッフィオなどの名が挙げられてきて、わりと支持されていた時期もあります。でも僕はやっぱり小学館の画集で、《レオナルド・ダ・ヴィンチ、他者による加筆あり》としました。



スフマートという上塗りの技法が用いられていない ​という指摘は​その通りなのですが、まだ時期的にスフマートを使い始める少し前の制作だと思いますし、なにより、服の赤い色が頬の下に映っていたりするような描写はレオナルド独特のものです。

他にも、胸と肌の間に見られる滲み、下唇の横の筋肉の盛り上がり、鼻の下の影の付け方などは、《ラ・ジョコンダ》に酷似しています。ボルトラッフィオだと、もうちょっと金属的な肌質になりますしね。
(ここまで)

お忙しい中、とても丁寧に対応していただき、大感謝です。専門家が観るポイントは、やはり違うことがよく分かります。

軽〜い気持ちで書き始めた青い日記帳の予習帳(第6回)でしたが、池上先生のお話しが加わり、ぐっと厚みが出ました。

因みに、この絵画を巡る人間模様を描いたドラマ「TAKE FIVE」のページも良くできてます。

(おまけ)

「ルクレツィアの肖像」iPad miniケースなんてものもあるのですね。



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