青い日記帳 

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「奥村土牛展」

山種美術館で開催中の
「【開館50周年記念特別展】 奥村土牛 ―画業ひとすじ100年のあゆみ―」に行って来ました。


山種美術館
http://www.yamatane-museum.jp/

山種美術館には、奥村土牛(1889 - 1990)の作品が135点もあるそうです。山種美術館の創始者である山種二(1893-1983)氏との親しい交友を通し、所蔵した土牛作品は国内屈指の作品数を誇っています。

まだ土牛が売れない頃から、腕前を見込んでいた山種二氏の先見の明の光る展覧会でもあります。もっとも1959年に日本美術院理事、そして1962年に文化勲章を受章するに至るとは思ってもいなかったかもしれませんが。


奥村土牛「鳴門」昭和34年 70歳

この作品を描いた後に文化勲章を受章しています。徳島の鳴門の渦潮を実際に小舟から身を乗り出しながらスケッチし眼に焼き付け描いたこの作品。土牛作品の中でも例外的に抽象的な度合いの高い一枚です。

それにしても、こんな色の海を本当にしているのか、実際に鳴門へ行くまでは疑心暗鬼でしたが、行って見てビックリ!まさにこの色でした。


詳しくはこちらのコラムに書いています。

鳴門の渦潮は自然が作り出すケタ違いの雄大なアート作品だった!

この暴力的なまでの渦潮を目の前にしたら齢70の土牛さんの絵ごころに火がつかないわけがありません。船から海へ落ちないように奥さんに帯を持っていてもらったというエピソードもまた微笑ましいものがあります。

今回の展覧会でちょっと気になった作品がこちら。


奥村土牛「大和路」昭和45年 81歳

奥の作品は『相棒』にも登場した作品です。手前の「大和路」も初めて拝見したわけではないにも関わらず、今回はえらく心にグッとくるものがありました。

奈良に旅行したわけでもなく、ましてや故郷でもないのですが…多分その理由は東京国立近代美術館で観たこの作品の影響が大きいかと思われます。


速水御舟「京の家・奈良の家」昭和2年 33歳
東京国立近代美術館蔵

土牛は、小林古径を通じてこの御舟作品を観ていたに違いありません。

宮下規久朗先生がしばしば仰っていますが、作品を多く観れば観るほど「繋がり」が見えてくるものです。中国絵画、日本画、西洋絵画、陶磁器、そして現代アート。ありとあらゆるものと好き嫌いせずになるべく多く接しておくこと。これに勝る絵画鑑賞の極意はありません。

最後にもう一枚。


今回展示されているある作品の一部ですが、どの作品だかお分かりになりますでしょうか?

草間彌生さんの水玉のような白いドットが小気味よく描かれています。胡粉の盛り具合によって凹凸にも幅がありますね。日本画ってここまで近づくとその真価がよーく分かるものです。

さて、正解は…何とこちらの作品の一部でした!


奥村土牛「醍醐」昭和47年 84歳

意外と観ているようで、観ていないものです。そして、チラシやwebではここまで見ることはできません。

山種美術館所蔵作品に加え東近美他からも土牛作品を借りてきてその多彩な画業を振り返っています。セザンヌに憧れいびつな建物を描いてみたり、とっても可愛らしい仔犬を描いてみたりと、とにかく観ていてあたたかい気持ちになれる日本画家です。

「奥村土牛展lは5月22日までです。是非!


「【開館50周年記念特別展】 奥村土牛 ―画業ひとすじ100年のあゆみ―」

会期:2016年3月19日(土)〜5月22日(日)
開館時間:午前10時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(但し、3/21、5/2は開館、3/22は休館)
会場:山種美術館
http://www.yamatane-museum.jp/
主催:山種美術館、日本経済新聞社



牛のあゆみ (中公文庫)

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2016(平成28)年、山種美術館は開館50周年を迎えます。当館は、山種証券(現・SMBCフレンド証券)の創始者である山種二(1893-1983)のコレクションをもとに、1966(昭和41)年、日本初の日本画専門美術館として開館しました。現在、約1800点におよぶ所蔵品のうち、中核をなす近代・現代日本画のコレクションは、種二と画家達との親しい交友を通し、収蔵された点に特徴があります。開館50周年記念第1弾として開催する本展では、国内屈指の作品数(135点)を有し、まだ無名だった研鑽の時代から50年以上にわたり、当館の歴代館長と親しく交流した画家・奥村土牛(1889 - 1990)に焦点を当て、その全貌をご紹介します。

土牛は、画家志望であった父親のもと10代から絵画に親しみ、梶田半古(1870-1917)の画塾で生涯の師と仰ぐ小林古径(1883 - 1957)に出会います。38歳で院展初入選と遅咲きでありながらも、40代半ばから名声を高め、100歳を超えても制作に取り組みました。また、半古や古径から学んだ「写生」や「画品」を重視する姿勢を生涯貫き、「絵を通して伝わってくるのは作者の人間性」という自らの言葉を体現するような、清らかで温かみ溢れる作品を数多く生み出しました。

本展では、画業の初期の作品《麻布南部坂》(個人蔵)、《胡瓜畑》(東京国立近代美術館)から、活躍の場であった院展への数々の出品作《雪の山》《聖牛》《城》などを中心に、古径を偲んで描いた《醍醐》《浄心》や、実景の丹念な写生に基づく《鳴門》といった代表作など、他所蔵先から拝借した名品を含め約60点を通し、土牛の101年の生涯をたどります。

土牛という雅号は、「土牛石田を耕す」の中国・唐の詩から父親が名付けたものです。その名の通り、地道に画業へ専心し続けた土牛。80歳を超えてなお「死ぬまで初心を忘れず、拙くとも生きた絵が描きたい」と語り、精進を重ねました。山種美術館が開館50周年を迎えるこの機会に、当館と縁が深く、近代・現代を代表する日本画家として、人々に愛されている土牛の作品と生涯をご紹介いたします。

展覧会 | permalink | comments(1) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

今回スケッチも何点か出品されていたので本画と比べて見ると微妙な差異,大胆な再構成の工夫が興味深いです。此の辺りにポール・セザンヌやピエール・ボナール等洋画の摂取が感じられます。
pinewood | 2019/03/29 7:44 PM
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