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「速水御舟の全貌」

山種美術館で開催中の
「速水御舟の全貌―日本画の破壊と創造―」展に行って来ました。


http://www.yamatane-museum.jp/

「日本画の破壊と創造」というやや物騒なサブタイトルが付けられていますが、今回の「速水御舟展」を観ればそれがまさにぴったりの表現であると知ることになります。

明治末から昭和初期に活躍した日本画家・速水御舟(1894〜1935)。腸チフスにより命を落とす40歳までの間、常に新たな画風に挑み続けました。

展覧会会場をざっと見て回ると、これが果たして同じ画家の手による作品なのか、もしかして他の画家の作品が混じっているのではないかと訝しく思ってしまうほど、作風が変遷します。



梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つものは更に貴い。大抵は一度登ればそれで安心してしまう。そこで腰を据えてしまう者が多い。登り得る勇気を持つ者よりも、更に降りる勇気を持つ者は、真に強い力の把持者である。」(「速水御舟語録」『美術評論』4巻3号、1935年4月)

自分の型が出来、それがある程度認められれると安寧してしまうものです。一般的には。しかし御舟は違ったのです。創造と破壊を繰り返し、胡坐をかくようなことをよしとしませんでした。


速水御舟「牡丹花(墨牡丹)」1934年

色鮮やかな作品を描いていた御舟ですが、突如水墨を用い極力色を控えた作風となります。しかも墨(黒色)で主役である花を描くという大胆さを採用。

「墨牡丹」は亡くなる1年前の作品ですが、絶筆である「円かなる月」はまるで違う画風にシフトチェンジしています。さらに未完の「盆梅図」に至っては複数の視点から構成された作品です。

兄弟子であった今村紫紅の影響を受けていた画塾生時代から、ヨーロッパ各国を巡った晩年まで実に様々な作品が展示されていて全く飽きさせることがありません。

展覧会の構成は以下の通りです。

第1章:画塾からの出発
第2章:質感描写を極める
第3章:「炎舞」から「名気散椿」へー古典を昇華する
第4章:渡欧から帰国後の挑戦へ


日本一を誇る山種美術館の御舟コレクションに加え、今回は東京国立博物館、滋賀県立近代美術館、岡田美術館、長谷川町子美術館、歌舞伎座、霊友会妙一コレクションからも重要な作品を借りて展覧会を構成しています。

とりわけ、霊友会妙一コレクションは優品が多く、平塚市美術館で2008年に開催された「速水御舟展」以来となるレアな作品も出ています。あの東大の佐藤康宏先生をして「樹木」は「大正画壇の最もぶっ飛んだ1枚、どうぞお見逃しなく。」と言わしめるほど奇妙な作品です。
https://twitter.com/taktwi/status/794884458650271744


速水御舟「名樹散椿」(重要文化財)1929年

それと比べると一見おとなしそうなこちらの作品も金砂子を竹筒に入れ何度も振り撒いていく技法「撒きつぶし」を背景の金地に用いています。通常よりも10倍以上は金を必要とする技法です。

これにより、超フラットな金地の背景が出来上がっています。そしてそこに描かれた椿の樹もこの世のもとのと思えぬ怪しさを醸し出しています。

常に新しいことに挑み、その極みに達したかと思うと、潔くそれを捨てて違うことにチャレンジする。なかなか出来ることではありません。図録によるとご家族(奥さま)のご理解があったからこそと書かれてありましたが、なるほどもっともです。


速水御舟「豆花」1931年

「炎舞」が山種美術館所蔵の速水御舟作品で最も有名なのは誰も異論はないはずです。まさに最高傑作です。井浦新さんが仰っていましたが高速シャッターで燃え盛る炎を撮影するとあのように写るそうです。御舟の目は一体どんな高性能レンズを装着していたのでしょう。

個人的にナンバー1の作品(つまり「これが欲しい!」)は「豆花」一択です。「樹木」や「名樹散椿」では気持ち悪いくらいに植物の形を捉えていましたが、「豆花」では灰汁が抜けたような爽快感があります。

よく見ると形態そのものがちょいグロではあるのですが、それに目を向けさせない清々しさが前面に出ています。

縁側に腰かけ、祖母が畑で作ったサヤエンドウのすじを取りながら色々と話を聞かせてくれたことが思い浮かびます。亡くなった大好きだったおばあちゃんに逢えるそんな特別な一枚です。


速水御舟「菊花図」1921年

「速水御舟の全貌展」その名に違わぬ素晴らしい内容の展覧会です。

それに加え図録に掲載されている山下裕二先生と板倉聖哲先生による対談「速水御舟にとっての中国絵画」は目から鱗のお話し満載です。

「速水御舟の全貌展」は12月4日までです。是非是非!


「速水御舟の全貌―日本画の破壊と創造―」

会期:2016年10月8日(土)〜12月4日(日)
前期:10月8日〜11月6日、後期:11月8日〜12月4日
※ 会期中、一部展示替えを行います。
開館時間:午前10時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(但し、10/10は開館、10/11は休館)
会場:山種美術館
http://www.yamatane-museum.jp/
主催:山種美術館、日本経済新聞社
協賛:SMBCフレンド証券

「速水御舟の全貌―日本画の破壊と創造―」が日曜美術館本編で紹介されます。

番組名:NHK Eテレ『日曜美術館』本編「速水御舟」
放送日:11月6日(日) NHK Eテレ 午前9時〜午前9時45分
再放送日:11月13日(日)午後8時〜午後8時45分
番組HP:http://www4.nhk.or.jp/nichibi/


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注:会場内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。
山種美術館は、山種証券(現・SMBCフレンド証券)の創立者である山崎種二(1893−1983)が、個人で集めたコレクションをもとに、1966(昭和41)年7月、東京・日本橋兜町に日本初の日本画専門美術館として開館、2016年に50周年を迎えました。種二は「絵は人柄である」という信念のもと、同時代の日本画家たちと直接交流を深めながら作品を蒐集していきました。

明治末から昭和の初期に活躍した日本画家・速水御舟(1894−1935)は早世したため、一つ違いという同世代でありながら種二が実際に会うことはかないませんでしたが、機会あるごとに御舟の作品を蒐集し、自宅の床の間にかけて楽しんでいました。1976年に旧安宅産業コレクションの御舟作品105点を一括購入し、計120点の御舟作品を所蔵することになった山種美術館は、以来、「御舟美術館」として親しまれてきました。このたびの展覧会では、開館50周年を記念し、当館の「顔」ともいえる御舟コレクションに、他所蔵の各時期の代表作品も加え、初期から晩年にいたる御舟の作品約80点でその画業の全貌をふり返ります。

「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い」と語り、新しい日本画を目指して努力と挑戦を続けた御舟は、40年という短い人生の中で、一つのところにとどまらず、生涯を通して新たな表現に挑み続けた画家でした。

本展では、研鑽を積んだ修業時代や画塾の兄弟子・今村紫紅の感化を受けた時代から始まり、洋画家・岸田劉生や西洋画、宋代院体花鳥画などへの意識から生まれた写実への追求、代表作《炎舞》以後の新たな日本画への挑戦、さらに渡欧後に取り組んだ人体表現や晩年の水墨による花鳥画に至るまで、御舟の各時期の代表作品を集めて展示いたします。当館の御舟コレクションと他所蔵の御舟の名品が一堂に会する23年ぶりの大回顧展です。
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