青い日記帳 

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「吉田博展」

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で開催中の
「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」に行って来ました。


http://www.sjnk-museum.org/

吉田博(よしだ ひろし、1876年(明治9年)〜1950年(昭和25年))の個展がやっと東京に巡回してきました。昨年他の美術館で「吉田博展」をご覧になり、年間ベスト10に選出していた方も何人もいらっしゃいます。

観ているだけで気分が良くなるそんな美しい自然の風景が、版画や洋画で描かれています。どんな部屋のインテリアとしても合うそんなやわらかで抒情的な作品です。


吉田博《冬木立》明治27‐32(1894‐99)年
水彩 横浜美術館蔵


吉田博《日本アルプス十二題 劔山の朝》大正15(1926)年
木版 個人蔵

同時代に同じく人気を博した川瀬巴水の木版画は、今ではすっかりおなじみのものとなりましたが、作品のクオリティーだけを単純に比較すると吉田博に軍配があがります。

名声を得た後に、時代の要請を受けるようにして始めた木版画ですが、これまで描いてきた洋画にかける熱い情熱と妥協を許さぬ徹底した態度が活かされています。


生誕140年 吉田博展 吉田博の木版画

そもそも、吉田博の展覧会がどうしてここまで高い評価を受け、口コミで良さが伝わり、多くの方に会場へ足を運ばせているのでしょう。

作品の素晴らしさは、当然として、彼の生き方そのものに共感や憧憬を抱く点が多くあるからだと思います。まず絶対的なライバルとして黒田清輝がいました。

フランスで絵を学び凱旋帰国を果たした清輝が、日本近代美術史の中で厚遇に処されていることにどこか納得がいかない思いがある方に吉田博の作品や生き様がまさにぴたりと合致するのです。

気にくわない黒田を殴ったことがあるなんてことも実しやかに語られるほどです。


吉田博《堀切寺》明治40(1907)年頃
油彩 福岡市美術館蔵

展覧会の構成は以下の通りです。

1:不同舎の時代
2:外遊の時代
3:画壇の頂へ
4:木版画という新世界
5:新たな画題を求めて
6:戦中と戦後


同時代の作家と圧倒的に違うのは、国費で西洋に留学し絵を学んだのではなく、自費で(片道分しか持たず)友人と共にアメリカへ作品を携え乗り込んで行った点でしょう。

ヨーロッパでなくアメリカを敢えて選んだのには訳があり、フリーア美術館の創設者であるチャールズ・ラング・フリーア氏が横浜で博の絵を購入し、東京の自宅までわざわざ会いに来てくれた縁があったからです。

今のようにメールで「何日に行くから!」と事前に連絡を取る術もなかった時代です。吉田博らがデトロイトへ到着したまでは良かったのですが、フリーア氏が出張中で会うことが出来ませんでした。


フリーア美術館
http://www.asia.si.edu/

仕方なく二人はデトロイト美術館へ赴きます。片言の英語で辞書を見ながら必死にコミュニケーションを図ったのが功を奏したのか、なんとグリフィス館長が二人の持参した作品を観てくれることに。

これが「デトロイトの奇蹟」の始まりでした。


「吉田博展」展示風景

二人の水彩画を観るやいなや、グリフィス館長は大いに感動しデトロイトの滞在費用と額縁代を出すから、展覧会を開かせてくれと懇願してきたのです。

今なら絶対に詐欺だと勘ぐってしまいそうなあまりにも出来過ぎた話です。翌月実際に展覧会は開催され二人の作品は飛ぶように売れ、約300万円もの大金を手にしたのです。

洋服を新調し、アメリカ各地を巡り、大西洋を渡ってヨーロッパへ。初めての外遊でこんな幸運に恵まれた作家も他にはいません。運だけなく、作品力があったことは言うまでもありません。

初めてのアメリカ、ヨーロッパ外遊を含め、生涯に5回も外遊へ出て行く先々であらたな画題を見つけ作品としてったバイタリティーも吉田博の大きな魅力のひとつです。


吉田博《印度と東南アジア フワテプールシクリ》昭和6(1931)年
木版 個人蔵

とても頑固者だったとキャプションにありました。それは自分の信念を曲げることをせず作画にひたすら専念した吉田博への最大級の賛辞です。

今の時代、自分の好きなように生きたくても様々なしがらみがあり出来ずに憤懣やるかたない気持ちでいっぱいの人が大勢います。人に相談すると「気にせず思うようにするとよいよ。」と解決策に程遠い答えが返ってくるのがおちです。

悩める現代人に希望の光を与え、解決策の道筋をつけてくれるのが「吉田博展」だとしたら、人気の秘密も頷けます。


吉田博《ヴェニスの運河》明治39(1906)年
油彩 個人蔵

長い間外国を旅行して歩いた兄妹の絵がたくさんある。双方とも同じ姓で、しかも一つ所に並べてかけてある。美禰子はその一枚の前にとまった。
「ベニスでしょう」
これは三四郎にもわかった。なんだかベニスらしい。ゴンドラにでも乗ってみたい心持ちがする。

夏目漱石『三四郎』


吉田博が義理の妹と二度目の外遊を元に描いたイタリア、ヴェニスの風景画。夏目漱石の『三四郎』に出てくる作品にあたります。

近代日本美術史の側面から、旅する高所好きの画家、絵に関しては一家言ある夏目漱石も認めた画家、山を自然を愛した画家。吉田博を形容する言葉が次々と出てくる展覧会です。

昨年(2016年)4月より千葉市美術館、郡山市立美術館、久留米市美術館、上田市美術館と巡回しようやく東京展の開催となりました。お見逃しなきように。

「吉田博展」は8月27日までです。是非!


「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」

会期:2017年7月8日(土)〜8月27日(日)
休館日:月曜日(ただし7月17日は開館、翌18日も開館)
開館時間:午前10時〜午後6時(入館は午後5時30分まで)
会場:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
http://www.sjnk-museum.org/
主催:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館、毎日新聞社
協賛:損保ジャパン日本興亜、ニューカラー写真印刷
特別協力:福岡市美術館
協力:モンベル

ダイアナ妃が愛した画家でもあります。(執務室の壁に掛かる2枚の絵は吉田博の作品です。)


《ケンジントン宮殿の中にある執務室のダイアナ妃》
イギリスの王室雑誌『Majesty』1987年より
写真提供:吉田司


吉田博 作品集

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注:会場内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。
明治から昭和にかけて風景画の第一人者として活躍した吉田博(1876-1950)の生誕140年を記念する回顧展です。

福岡県久留米市に生まれた吉田博は、10代半ばで画才を見込まれ、上京して小山正太郎の洋画塾不同舎不同舎ふどうしゃに入門します。仲間から「絵の鬼」と呼ばれるほど鍛錬を積み、1899年アメリカに渡り数々の作品展を開催、水彩画の技術と質の高さが絶賛されます。その後も欧米を中心に渡航を重ね、国内はもとより世界各地の風景に取材した油彩画や木版画を発表、太平洋画会と官展を舞台に活躍を続けました。

自然美をうたい多彩な風景を描いた吉田博は、毎年のように日本アルプスの山々に登るなど、とりわけ高山を愛し題材とする山岳画家としても知られています。制作全体を貫く、自然への真摯な眼差しと確かな技量に支えられた叙情豊かな作品は、国内外の多くの人々を魅了し、日本近代絵画史に大きな足跡を残しました。

本展では、水彩、油彩、木版へと媒体を展開させていった初期から晩年までの作品群を一堂に展示、吉田博の全貌とその魅力に迫ります。
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