青い日記帳 

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「李禹煥展」

絵を観始めるようになってまだほどないころ、
倉敷の大原美術館へ一人出かけ沢山の名画に触れました。
目にするもの全てが新鮮で、子供が初めて手にしたおもちゃで遊ぶように
そこにある名画にひたすら耽溺したことを今でも覚えています。

現代美術まではとてもとても理解する余裕がなかった当時
それらの作品の展示室をスルーし通り過ぎろうとすると
一枚の作品の前で足を自然と止めている自分がいました。

どうしてその前で立ち止まったのか、絵を観入ったのか
よく理由はわかりませんでしたが、とにかく心動かされたのは確かです。
そしてメモだけは取りました。「リ・ウーファン」と。

勿論、知らない名前でした。
ただ作品にいたく惹かれたのでした。

それが李禹煥とのはじめての出会いでした。
代表作の一つ『線より』という作品だったと思います。

それから時間を見つけては絵についてあれこれ解説書を読んだり
自分なりに勉強などしました。「リ・ウーファン」という名を意識しつつ。

もの派」なんて言葉もこのころ頭に新しく入りました。
一つの言葉から無限に世界は広がっていくものです。

その流れの中で「郭仁植」という作家の名前が登場してきました。
李が強く「影響を受けた」作家さんということです。

「影響を受けた」と書くと語弊があるかもしれません。
詳しいことは書きませんが。。。
ただ郭仁植氏の葬儀の際、未亡人が李に対して激昂したことだけ記しておきます。

時の震え
時の震え
李 禹煥

自分の一人の画家さんに対する評価(なんて出来る立場じゃないですが…)が
李禹煥ほど上がったり下がったりした人も他にいないと思います。

こんな経緯がそのまま継続していて今に至りました。
そして横浜美術館での「李禹煥展」の開催。

観に行くか、行かないか戸惑いましたが、
はろるどさんの感想こちらこちらを読み、
自分の思い込みだけで観もしないでこのままでいるのも
一度は心惹かれた相手に悪いかなと思い出向いた次第です。



横浜美術館で開催の
「李禹煥(リ・ウファン)余白の芸術」展に行ってきました。



李の新作を含む近年制作された作品が中心の展覧会でした。
照応」シリーズは約2m四方の巨大なキャンバスに
グレーでぽつりと一箇所だけ塗られた箇所があるだけの作品です。
ポスターなどにもなっているのでお目にかかったことあるかもしれません。

イメージとしてはこんな感じでしょうか
(美術館で押したスタンプを元に再現してみました) 
 

「似てね〜」なんて言わないで下さいね。精一杯?即席で作ったんですから。
本当の作品画像はこちらです。

このような作品が単体であったり、2枚、3枚並べて展示してあったり、
屏風のようなキャンバスにやはり同じく点がぽつりぽつりとあるものばかりです。

ちょどこの本の表紙のような点があるだけの作品です。
余白の芸術
余白の芸術
李 禹煥

この「照応」は李の一連の作品シリーズ「点より」「線より」「風より」などの発展型であって、一種到達点でもあるような作品に思えました。しかし、李はビデオの中で「終着点ではなくスタート地点だ」と述べていました。

これ以上どう発展?進化するのか楽しみでもあります。
何も描かないわけにはいかないでしょう。ロバート・ライマンのように。。。

さてさて、到達点でも出発点でもどちらでもかまわないのですが
これを美術館の床のカーペットを全て作家の意向ではがして
コンクリートむき出しの普段見慣れぬ展示室でどう鑑賞すればいいのでしょう?

李は「空間の響き合いを意識して観て欲しい」と語っています。
とすると、、、

そこに何が描かれ、何処に描かれているかではなく
いかに余白がその描かれたものの周囲に在るか、
そしてその作品が展示してある空間とどうバランスを保っているか
それが観るポイントとなりそうです。

言い換えるなら、展示してある空間と共に、作品に描かれた
一つのがいかに上手く描かれているかではなく、
いかに余白がその点の周りに美しくあるかが重要だということなのだと思います。
たとえば、水墨画のように。

要するに、今回展示されていた絵画作品は
余白が描かれたモチーフを生かし
余白があることによってより意味が明らかになる。

という理解でいいのではないかと。。。

そして余白それは、音楽家・武満徹のいう「間」とか「さわり」にあたると感じました。
私は常々、邦楽の演奏家と接している中で、日本人は音によって表現そうとするより、音を聴きだそうとすることを重んじているのではないか、と感じることがある。「間」とか「さわり」のようなことばは、表現における実際的な技術上の意味を示すものでありながら、同時にそれは、形而上的な美的観念でもある。
音楽の余白から
『音楽の余白から』
武満 徹

難しいこと書くときは先人の文に頼るのが一番です。

何も演奏しない部分。音の無い時間。
空白の時間であるかもしれないが、それは大変意味深い時間。

西洋絵画が画面を余すところなく油絵の具で塗りつぶしていくのと同様
西洋音楽もまた余すところなく様々な音で埋め尽くされています。

余白に美を求める水墨画や日本の絵画。
そして音楽に於いては武満のいう「間」や「さわり」。

とても対照的で面白いですね。

李禹煥の表した余白をどう書き表したらいいか迷いましたが、
この西洋と東洋の比較からヒントを得てこんな言葉が思いつきました。

饒舌と寡黙

西洋絵画や音楽はとても「饒舌」です。
東洋絵画や音楽はとても「寡黙」です。

まんざら間違っていないような気がしますが如何でしょう。

個人的な意見ですが「饒舌な母親からは寡黙な子供が育つ。」と思ってます。
饒舌な西洋絵画を観て育った自分が寡黙な日本画や李の作品に最近どうしてか、心惹かれる理由もこんなところにあるのかもしれません。

話を展覧会に戻しましょう。

絵画作品の他に彫刻作品も多く展示してありました。
彫刻といっても自然の石と鉄板が床に置いてあるだけです。
こんな感じです

会場内のみならず横浜美術館の前にも作品が置かれています。
   

関係項」と名づけられたシリーズです。
同じもの派の関根伸夫氏がかつて制作した「位相−大地」の方が
分かりやすかったと思ったりもしつつ、それでも李が繰り返し語る「空間との響き合い」を意識してじっと見つめたり、ぐるぐる周ったりしながら鑑賞してきました。

「与えられる」「考える」のでもなく、その場に居合わすことが大切で、
よしんば何も得るもの、感じられるものがなかったとしても
そこに居合わせたことは後々どこかで生きてくるはずだと信じて。

展覧会を観終えて、コレクション展も一通り観、
表へ出たのは夕方5時近くになっていました。

午前中から
作家の意識性を極限までに表した場「横浜トリエンナーレ」と
作家の意識性を極限までに抑えた場「李禹煥展」をセットで鑑賞し
さすがに少し疲れていました。「関係項」も分からないままだし。。。

表に一歩出た瞬間。
左右両脇の風景にはっと息をのみました。
そこには李の「関係項」と夜の帳がまさに下りようとする
港町横浜の夜景が素晴らしく響き合いそれぞれの空間を作り出していました。

 
                   

「与えられる」「考える」のでもなく、その場に居合わすことが大切で、
よしんば何も得るもの、感じられるものがなかったとしても
そこに居合わせたことは後々どこかで生きてくるはずだと信じていたら…
まさかこんな早くに答えが見つかるとは思ってもいませんでした。


日韓交流通信」にあるこの二人のインタビューは必読かと。
もの派の人々.関根伸夫インタビュー:日韓現代美術を極大化した作家
第1回:「もの派」誕生まで/第2回:「環境美術」への展開

もの派の人々.李禹煥インタビュー
第1回:もの派の生成の核心にいた作家/第2回:アジアを超克する交流へ

「もの派−再考」展
国立国際美術館(大阪・中之島)12月18日(日)まで開催中です。
詳しくはこちら

「李禹煥展 余白の芸術」は 12月23日(金)までです。
李禹煥は、韓国や日本の伝統あるいは西洋の文化を深く学びとりながらも、そのいずれともつねに一定の距離をたもってきました。そうすることで、近代の美術がはらんできた問題点を見きわめ、創作を通して、いかにしてこれをのりこえるかということを活動の大きな課題としてきたのです。その課題へたち向かうために、決してでき合いの表現をたよりとせず、自らの表現の起源を問いつづけてきた李禹煥の姿勢は、高く評価されてよいでしょう。
とくに、90年代以降の作品は、その構成が整理され、素材の選択がシンプルになり、李禹煥の問題意識がよりあざやかに読みとれるようになってきました。
この展覧会では、そうした90年代以降の作品に注目し、新作をふくむ絵画・彫刻、合計36点を紹介します。日本では12年ぶりの大規模な個展となりますし、90年代以降の新作・近作で構成される大きな個展も日本では初めての試みです。
展覧会 | permalink | comments(14) | trackbacks(4)

この記事に対するコメント

こんばんは。
余白というのは景色の一部なのですよね。
それはおそらく山水画からきている東洋思想のようなものだと思います。
しかし、武満さんの言葉は説得力があります。
李禹煥氏、機会があれば観てみたいです。
tsukinoha | 2005/12/14 10:12 PM
Takさん、こんばんは。
拙ブログへのリンクまでいただいて恐縮です。ありがとうございます。
充実の記事、早速拝見させていただきました。

>余白が描かれたモチーフを生かし
余白があることによってより意味が明らかになる。

そうですね。
「余白をどうあらしめるのか。」その辺の意味も感じさせます。
美術館の床を剥がしたのも、その余白を生かすため、
そして余白から湧き上がる場の意味を示唆させるためかもしれません。

ただ、この展覧会を見ても、やはりまだ引っかかるのは、
その余白とは一体どんな空間なのか、そして何なのか、
さらには捉えられるのかということでした。
その辺を解くため?に、
もう一度行こうかななんて思っていますが…。

東洋的な云々や西洋的なことについては、
李自身はあまりそれを肯定的に語っていないようですが、
私もTAkさんの仰られるようなことを感じます。
武満との対比も興味深いです。
Takさん、一本ご論文でもいかがでしょう!

関係項は「余白」からアプローチすると難しいですよね。
やはりこちらは「もの派」としての創作、
そういう視点があるのかなと思います。
長々と失礼しました。
はろるど | 2005/12/15 1:14 AM
Takさん

西洋と東洋の絵画と音楽の対比について、大変感銘を受けました。今まで、自分でもモヤモヤしていた部分が、Takさんの記事で、そうかっ!!って改めて解釈できました。

時は、クリスマス・モードが真っ盛りなので今は西洋に浸っておりますが、一夜明けて来年になると今度は東洋の静けさが待っていると言う自分でもアンバランスな感覚を両方楽しんでおります。

Takさんもはろるどさんも私の尊敬する絵画文士です。これからもどうぞ素敵なブログで私たちを楽しませてくださいね〜(^_-)-☆
Julia | 2005/12/15 8:09 AM
@tsukinohaさん
こんばんは。

武満さんの全集を図書館で読むのが好きです。
素晴らしい文章書いていらっしゃいます。
李の作品は国内の美術館結構所蔵してます。
今回のシリーズも横浜美術館に残るものも
あるはずです。壁に直接描いていたりしてますから。

@はろるどさん
こんばんは。

お待たせいたしました。
このとことどたばたしてて
中々upできませんでした。
一気に書ける時に書かないと
時間をおいてからだと感動伝えられませんね。

>その余白とは一体どんな空間なのか、そして何なのか
人によって色々だと思います。
また同じ人でも見る時によって
様々に見えるものだと思います。

例えば今回の作品の余白は
静かな池に石をポンと投げ入れた瞬間にも見えました。
余白には波紋が広がっていました。
一瞬そう思っただけですが、そのように見えました。

もう一度行かれたら何が見えたか記憶しておいてください。
また、何も見えないのも「あり」だとおもいました。

東洋と西洋の比較文化論はベタなテーマで
語り尽くされた感がありますからね。
その枠に入りたくないのでしょう。あえて。

「論文」なんてとんでもない!
もう原稿用紙に向かって書けないでしょう。

大阪のもの派の展覧会観に行きたいです。
それと私の知り合いの画家さんが詳しくお話聞かせて
下さるそうなので今度ご一緒しましょう。

@Juliaさん
こんばんは。

私が考え出したことではないので・・・
でも、文化の比較は面白いです。
以前、箸とナイフ、フォークの違いについて
ちょっとだけ某所に書いたことがあります。
身近なところでも思わぬ発見いっぱいあります。

日本人は器用です。
何でも取り入れて自国風にアレンジして楽しんでしまいます。
たとえそれが商業主義と揶揄されようがおかまいなしに。
好きです、そういう点。

尊敬されて、今日は「ガンダム」ですから
落差激しいです。。。(^^ゞ
Tak管理人 | 2005/12/15 9:37 PM
線より、点よりは好きなのですが、照応は、難しいですね。
関係項は、好きですが、美術館という空間が、あの作品を展示するのにふさわしいのか、考えさせられました。
美術館側も通常の展示スペースでないところを展示空間にするなど、工夫はしていたようですが。・・・

じゅん | 2005/12/17 5:48 PM
@じゅんさん
こんばんは。

照応は新日曜美術館で予習が出来ていたので
それなりに観られましたが、全く知らないで行くと
確かに難しいでしょうね。

関係項は・・・場が大切だということよく分かりました。
とすると。。。展示場所もやっぱり。。。
Tak管理人 | 2005/12/18 2:52 AM
今年の大規模美術館での滞在時間最短記録達成展示でした。
(この後、横浜トリエンナーレに行ったので)

前半の部屋の絵は、昔のMac(今のOS-XではなくOS-9の時代)のゴミ箱のようでした。と、言うかそっくりでした。
次は、行かないだろうな、と言うのが正直なところです。

急いでいたにもかかわらず、「アーティスト・イン・ミュージアム横浜 屋代敏博」で、遊んでしまいました。
もう、終わってしまいましたが、私がモデルの写真もあったはず。
(ぐるぐる廻っているところを、1分かけて撮った写真なので、判別不能です)
鼎 | 2005/12/18 10:51 PM
@鼎さん
こんにちは。

確かに観る時間はあっという間かもしれません。
「照応」と「関係項」だけですからね。
マックのゴミ箱とは面白い発想ですね。
そういわれるとそう見えてしまうから不思議です。

横浜は一日がかりでいくもので
あちこち効率よくまわらなくてはいけません。
疲れます。
当然買い物タイムもあったりするので・・・
疲れます。
Tak管理人 | 2005/12/19 3:15 PM
こんにちは。
私も、やっと昨日、最終日にみてきました。
「余白」という言葉と、それによってイメージされるものは、東洋と西洋では、大きく違っているはずです。
李は、韓国生まれですから、その「余白感」は日本人とも異なる点があるのでは、という点も、大いに気になるました。今後、この「余白」という観点から、他の現代に現代作家をみてみようとも思いました。
拙いうちのブログをTBさせてください。
自由なランナー | 2005/12/24 6:56 PM
初めまして。
李禹煥展のことを書かれているblogないかなと思って検索していたら
ここを見つけました。最終日になんとか滑り込みで入ることができました。
絵画の鑑賞を始められたころ、出会った作家が李禹煥であったという文章に魅かれTBさせていただきました。
skiyose | 2005/12/25 6:20 PM
なんで、最終日が25日でなくて23日なのだろう。
25日までなら、もう一度行ったのに・・・

後片付けに時間がかかるので、学芸員が年末年始休むためとの説がありますが、そうでないことを願います。
横浜美術館の指定管理者を募集中ですが、立地がいいこともあり、民間企業が狙っているとか。
こんなことでは、芸術文化振興財団は、民間企業に勝てませんよ。

 
じゅん | 2005/12/26 11:47 PM
@自由なランナーさん
こんばんは。
コメントありがとうございます。

余白と一言で言い表しても
それに含まれる意味はかなりのものがあるかと思います。
それ以上に、今回のリの作品の持つ意味は大きなものが
あるように思えました。なんとなく。

ただ、これ以降の作品がどうなっていくか注目です。
リだけのオリジナルな新境地を開拓できるかどうか
とても楽しみです。

@skiyoseさん
初めまして、こんばんは。
コメントありがとうございます。

リの作品がどうして印象に残ったか
今となってはよく分からないのですが
絵を見始めたころの自分にはかなり衝撃的だったことは確かです。

貴blog拝読させていただきました。
後ほどあらためてうかがわせていただきます。
今後とも宜しくお願い致します。

@じゅんさん
こんばんは。

財団法人横浜市芸術文化振興財団なんて組織があるのですね。
知りませんでした。
横浜美術館の管理を民間に委託する計画があるのですか??
これまた全く知りませんでした。
ミュージアムショップやカフェが新しくなったのは
気がつきましたが、内部でそんな動きがあるなんて・・・

しかし、その23日まで説。正しいとしたらがっかりですね。
いくらお客さんが少ないとはいえ・・・
Tak管理人 | 2005/12/27 1:24 AM
芸術文化振興財団は、横浜美術館を運営する横浜市美術振興財団と区民文化センター、みなとみらいホールなどを運営する横浜市文化振興財団が、統合して誕生しました。

平成15年6月に地方自治法が改正され、公の施設の管理運営が、民間企業等にも代行されることができるようになりました。(指定管理者制度)

改正自治法施行後、3年以内(18年9月まで)に、自治体は公の施設の管理運営について、直営で行うか、指定管理者を選定するか、選択する必要があります。
通常、施設の管理運営委託は、年度単位で行うので、18年4月には、すべての施設の指定管理者を選定する必要があるのです。

指定管理者は、従来の管理者を指定してもよいのですが、横浜市では、原則として、公募することになっています。
横浜美術館については、18年度と19年度については、既に展覧会の準備が進行しているため、財団が指定管理者に選定されています。
20年4月以降の管理者は現在、公募中です。
横浜美術館は、立地がよいので、民間企業も関心を持っているようです。
http://www.city.yokohama.jp/me/shimin/geijyutsu/shitei/bijyutukan.html

指定期間は5年、美術館の運営主体が、5年単位で変わってしまって、ホントによい展覧会ができるのか。議論のあるところですが、展覧会を含めたの美術館の質的サービスが維持されるのであれば、必ずしも反対すべきものではないと考えています。

ホントの民間企業が運営するようになれば、23日終了ということは、絶対になくなるでしょう。



じゅん | 2005/12/28 11:12 PM
@じゅんさん
こんばんは。

単純に展覧会が開かれているから
よーーし観に行くぞ!!としか
考えていない自分とは大違いですね。
いつもながら深いです。

国立博物館と美術館の民営化については
mixiでも話題になっています。

ご存知かとは思いますが
こちらのblogなどに書かれています。
http://mbakeyword.livedoor.biz/archives/50220724.html

上野は別として
横浜は民間企業に任せるのも
一つの手かもしれませんね。
Tak管理人 | 2005/12/28 11:27 PM
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横浜美術館(横浜市西区みなとみらい) 「李禹煥展 余白の芸術」 9/17〜12/23 横浜美術館で開催中の李禹煥展です。先日、トリエンナーレに出向いた際に、もう一度見てきました。 前回見た時の感想には、会場について云々と、特に狭さを感じたことについてあれこれと
?η???Ť?ŸŴĤСХξ ?...????Τ? ?å???????Ф??ä?? ????????Τ???? ??δ???Τ?ä¿?? ????ä??ξ?ŴĤФ?ΥХ ????ξ????ιŤ? ν餫????β??Τ ????β... ??ä?????Ť?? ????Ф????Ф????Ÿ? ? κ??????Ĥ??? ¤???Ĥä ??Ĥä?øø??
李禹煥展 余白の芸術(横浜美術館) | 徒然と(美術と本と映画好き...) | 2005/12/15 2:02 AM
昨日、やっと横浜美術館で「李禹煥(リ・ウファン) 余白の芸術」を見てきました。会
李禹煥のつくる余白と空間 | 単身赴任 杜の都STYLE | 2005/12/24 6:58 PM
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李禹煥(LEE UFAN) 余白の芸術 | Memo | 2005/12/25 6:15 PM