青い日記帳 

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ビデオアートのグランドファーザー逝く

新聞を読んでいた妻が
「この人って前に話していた人じゃない?」と
食事後、寛いでいる私にたずねてきました。

その新聞を見てみると社会面のおくやみ欄に
「ナムジュン・パイク氏=ビデオ・アーティスト」とありました。


ナムジュン・パイク(白南準)Nam June Paikをご存知の方は
それほど多くないと思います。

私がたまたまパイクを知っていたのはニューヨークのグッゲンハイム美術館を
訪れた2000年3月に彼の特別展を開催していたからでした。
(「ナムジュン・パイクの世界展」)
←床にはテレビが…
    ↑
「カタツムリ」のようなグッゲンハイム美術館の内部は、
床から渦巻状の壁から天井まで全てパイクのビデオアートで
埋め尽くされてまるで「異界」のようでした。
The Worlds of Nam June Paik (Guggenheim Museum Publications)
The Worlds of Nam June Paik (Guggenheim Museum Publications)
Nam June Paik, John G. Hanhardt

ビデオアートのグランドファーザー」と
パイクが称されると知ったのは帰ってきてあれこれ調べてからのことでした。

名前を知ってからは東京都現代美術館の常設展示にある「TV時計」など彼の作品を意識して観るようになりました。

フルクサス」Fluxusなんて用語もパイクを通じて知りました。

マルセル・デュシャンと20世紀美術展」でもパイクのビデオ作品が展示されていたこと記憶にまだ新しいことです。

多分、皆さんもどこかで一度は作品をご覧になっていることと思います。

坂本龍一・80年代の映像作品集
坂本龍一・80年代の映像作品集
↑こちらの作品集に「教授」とパイクとのコラボ作品が収録されているそうです。
 

ビデオアーティスト、ナム・ジュン・パイクとのコラボ作品。当時のアート・シーンを賑わせていたローリー・アンダーソン、ヨゼフ・ボイス、ジョン・ケージ、アレン・ギンズバーグといった錚々たるアーティスト達を紹介したドキュメンタリー映像。


葬儀はニューヨークで現地時間2月3日金曜日に行われるそうです。
詳しい情報などはパイクのサイトに掲載されています。
ナムジュン・パイク(白南準)Nam June Paikのサイトはこちらです。

生前の功績を偲び、心からご冥福をお祈りいたします。

尚、パイクの経歴については2003年にヨコハマポートサイドギャラリーで
開催された「ナムジュン・パイク展」のサイトに詳しく載っています。

それにしても、新聞の扱いかた小さかったな〜

 韓国の聯合ニュースによると、ビデオ・アーティストとして国際的に知られる韓国のナムジュン・パイク(白南準)氏が29日夜(米東部時間)、米フロリダ州マイアミのアパートで死去した。73歳だった。
 家族によれば、死因は「自然的なもの」で、葬儀は数日後にニューヨークで行われる予定という。
 パイク氏は1932年、日本の植民地統治下のソウルで生まれ、東京大文学部を卒業後、西ドイツ(当時)に渡り、前衛芸術運動に参加。63年の初個展でテレビ受像機を使った実験的な作品を出品し注目を集めた。
 その後、ニューヨークに居を移し、ビデオアートの先駆者として活躍。84年に同地とパリを衛星回線で結んだ「グッドモーニング、ミスター・オーウェル」を発表するなど、電子技術を駆使した表現を開拓し続けた。
 93年にベネチア・ビエンナーレのドイツ館に出品し、金獅子賞。95年に福岡アジア文化賞などを受賞した。妻は、日本人美術家の久保田成子(しげこ)さん。
Nam June Paik, an avant-garde composer, performer and artist widely considered the inventor of video art, died Sunday at his winter home in Miami Beach. He was 73 and also lived in Manhattan.
その他 | permalink | comments(12) | trackbacks(3)

この記事に対するコメント

やはりパイク氏の仕事は素晴らしかったと改めて思います。
いつもニコニコ顔のパイク氏は飄々とした感じでしたね。
冥福を祈ります。
seedsbook | 2006/02/01 8:49 PM
ナムジュン・パイクというと、Takさんも紹介して下さっている坂本龍一らとの作品を思い出します。80年代といえば、僕らも若かった。その時代を彩り、さまざまな刺激を与えてくれた人たちが亡くなると、なんともしんみりします。
| 2006/02/01 9:07 PM
Tak様、こんばんは。

そうか、ナムジュン・パイク氏が亡くなられたのですか・・
何故かTVブラウン管を積み上げた作品の前で、こちらを挑発しているような彼の目線が印象深くて、覚えていました。
80年代、NYは華々しかったような気がします。

ウォーホールやキース達もいたんだっけ・・・

激しい魂を燃やしたのでしょうね。
天空から、ビカ〜〜!!と光を届けてくれるんじゃないでしょうか?

あべまつ | 2006/02/01 9:39 PM
Takさん、こんばんは。私も新聞の「小さな記事」で知りました。
どなたか書かれるかなーと思っていたらTakさんがUP
してくださいました。
この方のお名前は作品はぽつぽつ目にしたことがあるだけで
ほとんど知らないに等しいのですが、作品の印象から
何となくお若いイメージを持っていたのです。
73歳だったとは知りませんでした。
ご冥福をお祈りします。
code_null | 2006/02/01 11:29 PM
日本の新聞の取り上げ方は、ホントに小さいですね。
わかってないんだな。パイクの偉大さが。

TAKさん グッゲンハイムで、見れたなんて、なんて幸せなんでしょう。!!!

パイクは、このとき、既に車椅子だったそうです。

韓国国立現代美術館のトップページで、パイクの作品が見れます。
http://www.moca.go.kr/Modern/eng/

ご冥福をお祈りします。
じゅん | 2006/02/02 7:26 AM
絶句です。

そうですか。亡くなられたんですか。作品は言うに及ばず、作者自身の人間性も実に素晴らしいかたでした。
過去に一度だけお会いしたことがあります。といってもギャラリーとしてですよ(笑)
合掌。
シルフ | 2006/02/02 10:23 AM
ソウル(行政的には、果川市)の国立現代美術館に焼香所が設置されたそうです。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=72263&servcode=400&sectcode=400
| 2006/02/02 9:21 PM
@seedsbookさん
こんばんは。
TBありがとうございます。

飄々とNYの街をテレビ抱えて
歩いていたそうです。昔。昔。

@| | 2006/02/01 9:07 PM | たてさん
こんばんは。

>80年代といえば、僕らも若かった。
若かったねーー(しみじみ)
あの頃もっと絵画に興味あれば。。。
でも、でも楽しかったね!
また一杯やりましょう。

@あべまつさん
こんばんは。

天国で先に逝った連中と今頃
盛り上がっているでしょうね。
天国にもテレビ抱えていったはずです。
液晶でもプラズマでもなく
ブラウン管のテレビを抱えて。

80年代を懐かしんでいたら
もう2006年ですものね。。。
時代が進むの早すぎです。

@code_nullさん
こんばんは。

随分前から体調を悪くされていたことは
知っていたのですが・・・
新聞の扱いが小さくて悲しくなりました。
私も妻に教えてもらわなければ
見落としてしまうところでした。

今見ると作品古く感じるかもしれませんが
なんと言っても先駆者です。
何事も初めに行うのは大変なことです。
合掌。

@じゅんさん
こんばんは。

朝日と読売だけですか?
情けなくなります。

グッゲンハイムでの出会いは偶然です。
それから後追いで知りました。
だから本当は・・・

回顧展希望します!!

「国立現代美術館に焼香所」情報もありがとうございました。

@シルフさん
こんばんは。

全盛期の彼をよく知りません。
後追いです。
シルフさんならきっと詳しく
ご存知でしょうね。
それだけショックも大きいかと。

あらためてご冥福をお祈りします。
Tak管理人 | 2006/02/02 10:29 PM
TBどうもです。

こんなに濃いブログからTBをいただけて嬉しいっす!

グッゲンハイムのは凄そうですね。
僕も見たかったな。

グッゲンハイムは建築自体も好きなんで
早く行ってみたいもんです。
キーボー | 2006/02/03 1:36 AM
@キーボーさん
こんばんは。

濃そうに見せかけるのが上手いだけです(^_^;)

グッゲンハイム何も知らずに行ったので
焦りました。

渦巻状の展示場にテレビが
転がってました。
Tak管理人 | 2006/02/03 11:20 PM
早速のコメント有り難うございました。

「新聞の扱いかた小さかったな」−そうなんですか。こちらの新聞は文化面一面に四分の一面ほどを使って ざ っ と 紹介していました。どちらかと言うと「モニターを通したイメージ」の方が強くて、活字での紹介と言うのは最近も少なかった様に思います。

昔のフルクサスの中でのイメージがあるからでしょうか。その辺の流れが紹介し難さにも現れているのかもしれません。
pfaelzerwein | 2006/02/07 1:28 AM
@pfaelzerweinさん
こんばんは。

こちらこそTBありがとうございました。
言葉で紹介しようとすると確かに
難しくなってしまう作家さんかもしれません。
でも逆にそこが世界で活躍できた利点でも
あったのでしょうね。きっと。

やっぱり回顧展どこかで企画して欲しいです。
Tak管理人 | 2006/02/08 10:09 PM
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