青い日記帳 

TB&リンク大歓迎です!
<< November 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 『チャートで読み解く美術史入門』 | main | 「嵐電 MUSEUM TRAIN 『走る美術館』」 >>

「岸田劉生展」

東京ステーションギャラリーで開催中の
「没後90年記念 岸田劉生展」に行って来ました。


http://www.ejrcf.or.jp/gallery/

38歳の若さでこの世を突然去ってしまった岸田劉生の大回顧展が、東京駅丸の内北口改札前にある東京ステーションギャラリーで始まりました。

正直、岸田劉生の作品を目にし心を揺さぶられたりする感動を得たことが一度もないので、とてもフラットな気持ちで初期から晩年までのバラエティーに富んだ作品と向き合うことが出来ました。


岸田劉生「麗子八歳洋装之図」1921年9月27日
個人蔵

劉生といえば、「麗子像」。今回も展示替えを含め10点以上の麗子像が展示室の一角を占めます。

この麗子像を描いた時、劉生は誰を念頭に置きながら描いたのだろう?と考えてみるのは面白い見方かもしれません。

岸田劉生ほど、西洋絵画とりわけポスト印象派(展覧会図録では「後期印象派」)の画家たちから強い影響を受け、自身の画風・スタイルを常に変えて行きました。


岸田劉生「自画像」1921年4月27日 
泉屋博古館分館

麗子像以上に多く手掛けているのが自画像です。マティス風、セザンヌ風であったり、硬質な感じのデューラー風であったりと、その目まぐるしい変遷はさしてイケメンでもない顔を時間をかけて観る基因となります。

麗子像にしても自画像にしても対象物の変遷を追求したのではなく、新たな画風を試す対象物として近くにあったものだったからなのでしょう。


岸田劉生「木村荘八像」1913年8月14日 横須賀美術館
岸田劉生「Kの肖像(荘太像)」1913年8月23日 刈谷市美術館

また、劉生宅にやってくる人たちもみな、モデルにされ劉生の飽くなき探究の「犠牲者」になりました。

周囲の人々をかたっぱしから描いたので、いつしか「首切り劉生」と言われるほどに。

描かれた日付も残されているので、キャプションや展覧会作品リストにもそ制作年月日が記載されています。上記2点の肖像画はほぼ同時期に描かれたものだということが分かります。


岸田劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」重要文化財 1915年11月5日 
東京国立近代美術館

展示順もほぼ制作年代順に並べてあるので、この作品の数日後にはこれを描いたのか〜といった、他の画家の展覧会では味わえない愉しみがあります。

サイトに「日本近代絵画史上に輝く天才画家」とあるのはいま一つピンときませんが、確かに観に行くだけの価値は十分にあります。

明治末から大正、昭和初期にかけて活躍した絵師の展覧会を開催するの美術館が都内では少ない中で、東京ステーションギャラリーはとても大事なよい仕事をしています。

「不染鉄展」「『月映(つくはえ)』田中恭吉・藤森静雄・恩地孝四郎」「木村荘八展」等々。



「岸田劉生展」展覧会の構成は以下の通りです。

第一章:「第二の誕生」まで:1907〜1913
第二章:「近代的傾向…離れ」から「クラシックの感化」まで:1913〜1915
第三章:「実在の神秘」を超えて:1915〜1918
第四章:「東洋の美」への目覚め:1919〜1921
第五章:「卑近美」と「写実の欠除」を巡って:1922〜1926
第六章:「新しい余の道」へ:1926〜1929


さてさて、一度にまとめて劉生作品を観てみると、中にはこれは!と思う作品も幾つかあるものです。


岸田劉生「雨の街路」1908年3月18日 水彩、鉛筆/紙
東京国立近代美術館

劉生が弱冠17歳の時に描いた水彩画です。フランス近代絵画の影響を受ける前の水彩画が第一章に展示されています。ここがもしかして一番の見どころかもしれません。

キリスト教会の牧師を志しながら、独学で水彩画を描いていた頃の作品たちです。水彩画ならではの質感がとてもいい塩梅です。


岸田劉生「満鉄総裁邸の庭」1929年11月
ポーラ美術館

今回の展覧会でも最も最後に展示されている一枚です。これまでなかった明るさが画面いっぱいに表されています。ルノワールの風景画かと見まごうばかりです。

細かな筆致で明るい戸外を描く。重文指定されている「道路と土手と塀(切通之写生)」と比較して誰が同じ作家のものと思うでしょうか。新たな風景画の萌芽を劉生自身も強く実感していたに違いありません。

しかし、そんな高揚感に包まれた劉生ですが、この作品を描いた満州旅行から帰国してすぐに山口県徳山で体調を崩し突然の死を迎えることになります。

さぞかし無念だったことでしょう。


岸田劉生「竹籠含春」1923年4月9日 個人蔵

『第四章:「東洋の美」への目覚め』にあった一枚です。小さく目立たない作品です。でもこれが一番気に入りました。

振り子の揺り戻しではありませんが、西洋絵画を追い求め、時に日本画に対しこんな辛辣なことまで述べていた劉生。
「要するに、結局は今日の日本画は殆ど凡て駄目、今日の日本画家の大半は西洋画にうつるべし、さもなければ通俗作家たれ。日本画は日本人の美の内容をもてる一つの技法としてのこり、装飾想像の内容を生かす道となり、そういう個性によりて今後永久に生かされるべし。以上。」
岸田劉生『想像と装飾の美』
途中に何枚もあった静物画はみなセザンヌ風で面白くないものでした。この「竹籠含春」や「冬瓜」を描いた作品はとても惹かれるものがありました。


岸田劉生「黒き土の上に立てる女」1914年7月25日 
似鳥美術館

先月、小樽芸術村にある似鳥美術館(あのニトリが運営する美術館です)で観たこちらの作品も出ていました。

さて、これは誰の影響を受けているのでしょうか。

「岸田劉生展」は10月20日までです。山口県立美術館(2019/11/2〜12/22)、名古屋市美術館(2020/1/8〜3/1)に巡回します。


「没後90年記念 岸田劉生展」

会期:2019年8月31日(土)〜10月20日(日)
休館日:月曜日[9月16日、9月23日、10月14日は開館]、9月17日(火)、9月24日(火)
開館時間:10:00〜18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館の30分前まで
会場:東京ステーションギャラリー
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/
主催:東京ステーションギャラリー[公益財団法人東日本鉄道文化財団]、東京新聞
協賛:大日本印刷、トヨタ自動車
特別協力:東京国立近代美術館


もっと知りたい岸田劉生

来年開催!こちらの展覧会も待ち遠しい!!

「神田日勝 大地への筆触」
会期:2020年4月18日(土)〜6月28日(日)

十勝の大地で農業をしながら制作を続けた神田日勝(かんだにっしょう・1937-1970)。その没後50年を記念した本展は、東京での40年ぶりの本格的な回顧展となります。日勝は、NHK連続テレビ小説「なつぞら」の山田天陽のモチーフとなった画家です。


【Amazon.co.jp 限定】【Amazon.co.jp 限定特典/A5サイズクリアファイル付き】連続テレビ小説「なつぞら」LAST PHOTO BOOK

Twitterやってます。
@taktwi

Facebookもチェック!

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=5595

JUGEMテーマ:アート・デザイン



画家・岸田劉生(1891−1929)は、日本の近代美術の歴史において最も独創的な絵画の道を歩んだ孤高の存在です。明治の先覚者・岸田吟香を父として東京・銀座に生まれ、父の死後はキリスト教会の牧師を志しますが、独学で水彩画を制作するなかで、画家になることを勧められ、黒田清輝の主宰する白馬会葵橋洋画研究所で本格的に油彩画を学びます。そして、雑誌『白樺』が紹介する「後期印象派」の画家たち(ゴッホ、ゴーギャン、マティスら)を知り、大きな衝撃を受けます。1912年には、斎藤与里、高村光太郎、萬鐡五郎らとともにヒユウザン会を結成、強烈な色彩と筆致による油彩画を発表します。しかし、画家としての自己の道を探究するために、徹底した細密描写による写実表現を突きつめ、その先にミケランジェロやデューラーら西洋古典絵画を発見、独創的な画風を確立します。1915年には、木村荘八、椿貞雄らとともに草土社を結成、若い画家たちに圧倒的な影響を与えました。また、最愛の娘・麗子の誕生を契機に、自己のなかの究極の写実による油彩画を志します。その後は、素描や水彩画、日本画にも真剣に取り組み、再び油彩画に「新しい道」を探究しはじめた1929年、満洲旅行から帰国直後に体調を崩して、山口県の徳山において客死しました。享年38歳でした。
本展では、岸田劉生の絵画の道において、道標となる作品を選び、会期中150点以上の作品を基本的に制作年代順に展示することで、その変転を繰り返した人生の歩みとともに、岸田劉生の芸術を顕彰しようとするものです。このたび没後90年を迎えて、一堂に名品が揃います。この機会をどうぞご堪能ください。
展覧会 | permalink | comments(2) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

はじめまして。

とても記事興味深く拝見させていただきました。

僕はアート鑑賞歴が短く、知らないことばかりですが、

今日現在、岸田劉生は、日本人で一番好きな画家さんです。

それだけに、「劉生大好き目線」で展覧会楽しんだのですが、
逆に、「劉生大好き目線」ではない鑑賞の記事とても面白かったです。

「劉生大好き目線」で見た今回の展覧会、
1926年からの第六章の劉生作品には、なんともがっかりさせられてしまいました。

特に最後の、「満鉄総裁邸の庭」1929年11月は、初めて見たのですが、がっかりしてしまいました。

それまでと画風が違うと言ってしまったらそれまでなのですが、個人的には、「これは、劉生じゃない・・・劉生の集大成じゃない・・・」なんて思いながら観てしまいました。

この実質遺作の作品を素晴らしいという方のご意見色々伺えば、この作品に対する印象かわるかなとは思っています。

この展覧会、あと2回は行きたいです。
わらべ | 2019/09/05 2:03 PM
静物画から消された手の存在,或いは手や陰への執着,放蕩期の京都滞在時代の洒脱な墨絵が文人画風でした。ラストのコーナーは西洋・油彩画とと東洋・日本画の両刀使いのフュージョンとしての遺作の風景画かもと思って観賞しましたが…。
pinewood | 2019/10/17 6:58 PM
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://bluediary2.jugem.jp/trackback/5595
この記事に対するトラックバック