青い日記帳 

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「ゴッホ展」

上野の森美術館で開催中の
「ゴッホ展」に行って来ました。

スヌーピーなどコラボグッズが盛りだくさん「ゴッホ展」


https://go-go-gogh.jp/

37歳の若さで1890年にこの世を去ったゴッホが、様々な職業を転々とし画家の道を進むことを決心したのが1878年の頃。

画家となることを決意したのが1880年、ゴッホが27歳の時でした。

簡単な引き算で分かるように世界中で最も名前が知られている画家のひとりであるゴッホが絵画制作活動に費やしたのは、僅か10年足らずのことです。


フィンセント・ファン・ゴッホ「籠を持つ種まく農婦」1881年10月
個人蔵

その頃描いた作品も今回出ていますが、キャプションが無ければ、前にしてもそれがゴッホの作品だとは分からないほど抱いているイメージとは程遠い暗く、動きの少ない硬い作品です。

ある意味で、この展覧会のひとつの大きな見どころと言っても良いでしょう。

ここから亡くなるまでの10年足らずの間、同じひとりの画家とは思えないほどの変貌を遂げるのです。「ゴール」が分かっている我々としては、ゴッホらしからぬ「スタート」に戸惑いを覚えることでしょう。


フィンセント・ファン・ゴッホ 「疲れ果てて」1881年9-10月
P. & N. デ・ブール財団

当初は貧困にあえぐ農民たちの生活を「ジャガイモを食べる人々」に代表される作品を、こうした暗いトーンで描いていました。

展覧会の構成は以下の通りです。

第1部 ハーグ派に導かれて
第2部 印象派に学ぶ


そのゴッホがどのようにして、よく我々の知るところとなる原色を活かした明るくそして激しい筆致の代表作「糸杉」や「カラスのいる麦畑」を描くようになったのでしょう。


アントン・マウフェ「雪の中の羊飼いと羊の群」1887-88年
ハーグ美術館

アントン・マウフェは「ハーグ派」を代表する画家であり、ゴッホの従妹アリエットと結婚していたため縁戚関係にありました。

画家として駆け出しのゴッホに絵画の手ほどきをしたのがマウフェであり、「ゴッホ唯一の師」として知られています。室内に閉じこもり作画をしていたゴッホに戸外へ出て写生し絵を描くことを進言し、アドヴァイスを送るなどしました。

ゴッホ晩年に多く見られる横長の絵画(「カラスのいる麦畑」など)を、ふとアントン・マウフェ「雪の中の羊飼いと羊の群」を目にし想起しましたが、流石にその関連性は薄そうです。


ヤン・ネンドリック・ウェイセンブルク「黄褐色の帆の船」1875年頃
ハーグ美術館

しかし、ハーグ派との付き合いも長くは続きませんでした。アントン・マウフェと仲たがいをしハーグを離ニューネンに引っ越してしまいます。1883年、ゴッホ30歳の時です。

アルルでのゴーギャンとのひと悶着をよく知る我々としては、ゴッホらしいエピソードと自然と受け入れられるから奇妙なものです。

仮に、マウフェの弟子としてハーグに残り、ハーグ派の一員として生涯を送っていたら「ゴッホ」にはなれなかったのですから、彼の癇癪持ちな性格も一概に非難出来ません。


ィンセント・ファン・ゴッホ「ジャガイモを食べる人々」1885年4-5月
ハーグ美術館

ニューネン、アントウェルペンと転地しながら農民や労働者を対象に作品を残しています。人物の表現はかなりゴッホらしくなってきましたが、まだまだ明るさが足りません。

「陶器と洋梨のある静物」など観ても、筆致もどことなく堅苦しいままです。

大きな転機を迎えたのが、1886年(33歳)に弟テオのいるパリへ移り住んでからのことです。そこで出会ったのが当時パリの街を肩で風を切って歩いていた?!印象派の画家たちです。


クロード・モネ「花咲く林檎の樹」1873年以前 
ポール・セザンヌ「オワーズ河岸の風景」1873-74年
共に、モナコ王室コレクション

印象派の画家たちからの強い影響(特に色彩)はこれまでの「ゴッホ展」でも指摘されていますが、実際に印象派の作品とゴッホ作品を比較しながら鑑賞できる機会は、中々ありませんでした。

とりわけ、あの荒々しいまでの激しい筆致をモンティセリから学んだとい指摘は、この展覧会で最も重要な点ではないでしょうか。


アドルフ・モンティセリ「陶器壺の花」1875-78年頃
個人蔵

モンティセリは印象派に先立つ画家ですが、1886年にパリへ到着したゴッホが最も心酔し色彩やその筆致を彼から学びました。

他にもモンティセリ作品が数点出ており、とても良心的な展覧会であるな〜と感じました。正直ゴッホ作品を並べるだけの方が何倍も楽なはずです。お金のことは別として。

さて、モンティセリやモネ、ルノワール、シスレーらから色彩表現を会得したゴッホは、自分の夢を実現するためにパリを離れアルルへ旅立ちます。

ここから先の話は、よく知られているので割愛しますが、↓の「麦畑」を描いたのがゴッホ35歳の時。「終焉」はもうすぐそこまで迫ってきています。


フィンセント・ファン・ゴッホ「麦畑」1888年6月
P. & N. デ・ブール財団

ここから先は、ゴッホの一人舞台です。

短い間ながら多くの名作を生み出した期間であり、相変わらず周囲とのいざこざが絶えなかったにも関わらず作品は、それとは無関係に輝きを一層増していきます。


フィンセント・ファン・ゴッホ「サン=レミの療養院の庭」1889年5月
フィンセント・ファン・ゴッホ「曇り空の下の積み藁」1889年10月
共に、クレラー・ミュラー美術館

サン=レミの療養院の庭」はゴッホ作品の中で、個人的にベスト3に入れたい名作です。これが観られるだけでも満足満足。

このように、今回の「ゴッホ展」ではゴッホの短い画家人生の中で特に彼に大きな影響を与えた「ハーグ派」と「印象派」との出会いに焦点をあてその変遷を丁寧に辿ります。

いわば、如何にして「ゴッホ」は出来たのかを、影響を受けた画家の作品と見比べながら知ることのできるこれまでになかった「ゴッホ展」です。

これまで数多くの「ゴッホ展」を見てきたゴッホファンであればあるほど楽しめる、大人のゴッホ展に仕上がっています。一味違いますよ!

「ゴッホ展」は2020年1月13日までです。混雑する前に是非是非!!


「ゴッホ展」

会期:10月11日 (金) 〜 2020年1月13日 (月・祝)
開館時間:9:30〜17:00(金曜、土曜は20:00まで開館)
*最終入場はそれぞれ閉館30分前まで
休館日:12月31日(火)、1月1日(水)
会場:上野の森美術館
http://www.ueno-mori.org/
主催:産経新聞社、BS日テレ、WOWOW、ソニー・ミュージックエンタテインメント、上野の森美術館
後援:オランダ王国大使館
協賛:第一生命グループ、大和証券グループ、眈招設、NISSHA、アトレ、関電工、JR東日本
協力:KLMオランダ航空、日本航空、ヤマトグローバルロジスティクスジャパン
総合監修:ベンノ・テンペル(ハーグ美術館館長)
「ゴッホ展」特設サイト:https://go-go-gogh.jp/


スヌーピーとのコラボグッズが熱い!

スヌーピーなどコラボグッズが盛りだくさん「ゴッホ展」


『ファン・ゴッホ 日本の夢に懸けた画家』 (角川ソフィア文庫)
圀府寺 司 (著)


『カラー新書 ゴッホとゴーギャン』 (ちくま新書)
木村泰司 (著)

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豊かな表現力と鮮やかな色彩で人々を魅了し続ける画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。彼が画家として独自の画風を確立するまでには「ハーグ派」と「印象派」の画家たちとの出会いがありました。本展では、彼に影響を与えた画家たちの作品を交えながらゴッホの画業の変遷をたどり、ゴッホが後期印象派を代表する画家の一人になるまでを紹介します。
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