青い日記帳 

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「津田青楓展」

練馬区立美術館で開催中の
「生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」に行って来ました。


https://www.neribun.or.jp/museum.html

津田青楓(つだせいふう、1880〜1978、本名・亀治郎)の名前をもし知らなくても、この作品は歴史の資料集、または国立近代美術館常設展示室で目にしたことがあるはずです。

『蟹工船』などプロレタリア文学を遺した小林多喜二の特高警察による拷問死を受けて描いた油彩画です。


津田青楓「犠牲者」1933年
東京国立近代美術館蔵

左下の鉄格子の窓の外に国会議事堂が描かれていることを、初めて知りました。何度か目にしているはずなのですが、磔にあったキリストのような「犠牲者」にばかり目が行っていたようです。

この作品を描いたことにより津田自体も捕まってしまい半月間牢獄へ。洋画を金輪際描かないと誓い、釈放されます。当時の新聞のスクラップも展示されていましたが、大きな話題となったようです。

津田青楓画伯転向
左翼画壇と決別
多年精進の洋画とも別れて日本画界へ更生

老いた左翼画家
青楓氏廻れ右
河上博士らに隠れ家を提供
拘置場に半月の苦悩



津田青楓「婦人と金絲雀鳥」1920年
東京国立近代美術館蔵

1907年(明治40)に安井曾太郎とともに渡仏し、パリのアカデミー・ジュリアンで修行し、帰国後は二科会の創立メンバーに名を連ねるなど、洋画の世界で彼ほど尽力した人物もそうはいません。

津田青楓塾も作り、多くの弟子を輩出しました。画塾主催の「洋画展」には古賀春江、東郷青児、安井曾太郎、鈴木信太郎らも作品を出し盛況だったそうです。

その津田が洋画の筆を置き、日本画(南画風な脱力系な作品)に転向してしまうのですから、戦前の弾圧はすさまじいものがあったと何も記されていなくても恐ろしくなってしまいます。


津田青楓「秋天煌煌」1941年
酒井億尋コレクション

「津田青楓展」の後半から紹介を初めてしまったので、何やら政治的、時代的に難しく感じてしまったかもしれません。ただこれはマルチな活躍をし98歳まで生きた津田青楓という画家のほんの一端でしかありません。

夏目漱石とも親しく、漱石本の装幀を行ったのも津田青楓その人なのです。


津田青楓「夏目漱石『草枕』表紙」1915年
(『装幀図案集』より)

1階の第一展示室はこうした素敵なデザイン画のオンパレードです。

どれもとても華やかで色使いも豊かです。色の多さ、綺麗さは津田デザイン画に共通して見ることのできる特徴です。


展覧会図録より。

驚くことに、今の我々が観てもとてもポップで魅力を感じる意匠を、日清・日露戦争のさなかに描いているのです。

しかも津田自身も看護士とし戦争に従軍し、あの乃木将軍の元、203高地の激戦のど真ん中で、多くの傷ついた兵士の姿や死そのものを目にしています。


『津田青楓の図案―芸術とデザイン』

その辺り、観ていながら思考の整理が付けるのが難しいものがあります。

周りの状況に左右されない性分だったのでしょうか。確かにそれは個々の意匠からも感じ取れます。つまり誰にも似ていないのです。「琳派の影響が〜」とか「浮世絵的な〜」とかほとんど感じません。


津田青楓「茶園
(『小美術図譜』より)

小野竹喬との関連など知りたいところではあります。生前二人は親交があったのでしょうか。今回のチラシ・ポスターを見てすぐ頭に浮かんだのが竹喬でした。

Twitterでこの件に関しお応えを頂戴したので掲載しておきます。

@Conrrrrad
小野竹喬が京都市立絵画専門学校の学生時代に参加していた黒猫会に津田青楓も入ってるので親交はあったようです。竹喬の師の竹内栖鳳と青楓の師の谷口香嶠は共に幸野楳嶺門下なのでその繋がりもあったかもしれないですね。

展覧会の構成は以下の通りです。

第1章:因縁に背くー図案から美術へ
第2章:帝国に背くー社会派の画家
第3章:近代に背くー南画の世界へ
資料


展覧会タイトルに「背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」とあったので一体どんなアウトロー作家なのかポスターからは看取できませんでした。

冒頭で紹介した「犠牲者」があまりにも有名でこのような作品ばかりを描いていた画家のように思われがちですが、全くそんなことはありませんでした。


津田青楓「夏目漱石『明暗』表紙」1917年
(『装幀図案集』より)

あの気難しい夏目漱石が快く迎い入れたことだけでも、そのことは分かります。漱石に絵を手ほどきしたのも津田だそうです。

こちら未読なのですぐにでも読んでみたいと思っています。


漱石と十弟子

今回の「津田青楓展」が彼の画業をまとめて観られる初めての展覧会です。ここでは紹介とてもしきれない様々な側面を持ち合わせた器用な画家です。

そして何と言ってもコミュニケーション能力に、彼ほど長けていた画家も他にはいないでしょう。展覧会をざーと観ただけでも異常なほど高いコミュ力を持ち合わせていたことがそこかしこで散見できます。(女性好きであったことも)


展覧会図録より。

青年時代に戦場で多くの兵士たちを、そしてまた交友のあった仲間や慕ってくれた漱石を常に看取る立場にあった津田青楓。

人との多くの別れを補うかのように、人との多くの出会いを求めた生涯だったように感じました。

作品もさることながら、作家自身にこれほど興味が湧くことも珍しいことです。すこし熱が冷めた頃、もう一度中村橋まで行ってみようと思います。

「津田青楓展」は4月12日までです。是非〜


「生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」

会期:2020年2月21日(金)〜4月12日(日)
休館日:月曜日
※ただし、2月24日(月・休)は開館、翌25日(火)は休館
開館時間:午前10時〜午後6時 
※入館は午後5時30分まで
会場:練馬区立美術館
https://www.neribun.or.jp/museum.html
主催:練馬区立美術館(公益財団法人練馬区文化振興協会)
特別協力:笛吹市青楓美術館
助成:公益財団法人三菱UFJ信託地域文化財団

展覧会図録は作品を数多く所蔵している芸艸堂より一般書籍としても販売されています。


背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和
芸艸堂

戦争や関東大震災、社会運動など、激しく動く世の中に翻弄されながらも、常に時代に背きながら自由闊達に筆をふるった津田青楓。本書は図案、日本画、洋画、書に至るまで、多彩な作品を生涯にわたって生み出し続けた彼の画業を通覧する初の書籍となります。

また、友である浅野古香や兄の一草亭、深い親交を結び多くの装幀を手掛けた夏目漱石、ともに社会に立ち向かった河上肇らとの交流を絵葉書や書簡、作品を通じて紹介することで、青楓の幅広い交友関係も紹介。作品点数200点余、資料約50点を掲載。詳細な年譜と豊富な文献目録、さらに関連作家略歴を加え、多角的な視点で、その生涯に迫ります。



練馬区立美術館の階段の壁の数か所に色がさり気なく添えられています。これ今回の展覧会のテーマカラーとしてポスター等に用いられている色ですよね。きっと。


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1880年(明治13)に京都市中京区に生まれた津田青楓(つだせいふう、1880〜1978、本名・亀治郎)は、1896年(明治29)に生活の糧として図案制作をはじめたことから画家人生の第一歩を踏み出します。歴史画家谷口香嶠に師事し日本画を学び、関西美術院では浅井忠らにデッサンを学んで、1907年(明治40)に安井曾太郎とともに渡仏。アカデミー・ジュリアンで修行します。帰国後の1914年(大正3)には二科会の創立メンバーになるなど洋画の世界で活躍し、後に洋画を離れ、文人画風ののびやかで滋味豊かな作品世界を展開していきました。 

 青楓は文豪夏目漱石に愛され、彼に絵を教えた画家であり、漱石らの本の装幀も数多く手がけました。また、写生にもとづく創造的な図案の試みや、随筆や画論など多岐にわたる文筆活動、それに良寛研究とその成果ともいえる書作品など、幅広い交流と旺盛な制作活動で知られています。しかし、さまざまな分野で足跡を残した青楓ですが、これまでまとまったかたちで作品やその生涯を紹介する回顧展は開催されていません。

 青楓は、長生でもありました。青年時代には日露戦争に従軍し、203高地の激戦に居合わせ、その凄惨な体験を赤裸々に文芸雑誌『白樺』に発表しています。昭和初頭には、二科展に社会思想を背景とした作品を発表し、物議をかもしました。自由を求めて時代に対峙しつづけた青楓の作品は、その時代を知るための歴史資料としての側面も持ち合わせているでしょう。

 本展では、交友のあった夏目漱石と経済学者河上肇、それに私淑する良寛和尚と、青楓がもっとも影響を受けた3人を軸にしながら、作品や関連資料約250点を通して、明治・大正・昭和の時代を生きた画家津田青楓の生涯を振り返ります。
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