青い日記帳 

TB&リンク大歓迎です!
<< October 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 【疫病退散】史上初!奈良の大仏前からネット生中継【鎮護国家】 | main | 特殊切手「国宝シリーズ 第1集」 >>

『画家とモデル』

新潮社より刊行となった中野京子著『画家とモデル: 宿命の出会い』を読んでみました。


画家とモデル: 宿命の出会い
中野京子(著)

『聖書』やギリシャ神話の一場面を描いた絵画に焦点をあて、そこに隠された神々のドラマを一気に読み解いていくシリーズとは少々テイストが違う新刊が出ました。

書評:気取らない「中野節」が奏でる笑えて泣ける、聖書のドラマ『中野京子と読み解く 名画の謎 旧約・新約聖書篇』

タイトルからも分かるように『画家とモデル: 宿命の出会い』には表面的には知り得ない、名画に潜んだ深い(深すぎる)人間ドラマが主となっています。


ベルト・モリゾ「夢みるジュリー」1894年
個人蔵

それも、ちょっとやそっとでは絶対に分からない、時にドロドロな、時に親密な18の人間模様があたかも今さっき見てかのような筆で記されています。

我々は美術館で絵を前にして、作品の美しさや構図などと同時に、そこに描かれた人物についての情報を無性に欲したくなるものです。そして画家との関係性も。

100人の画家とモデルがいれば、100通りの筋書きが存在します。それが身震いするほどアッと驚くような関係であったとしたら絵画以上にそちらに興味関心が向くのではないでしょうか。

人は誰しも、他人のことが気になって気になって仕方ないものですからね。


レンブラント・ファン・レイン「バテシバ」1654年
ルーヴル美術館蔵

旧約聖書の一場面を描いたレンブラントのこの名画のモデルを務めたヘンドリッキエ・スロッフェルスと彼との関係。この当時の彼の置かれた立場。そしてヘンドリッキエに訪れる暗い影。

18のいずれの話も『画家とモデル: 宿命の出会い』というタイトルに相応しい劇的な内容で時に唖然茫然となることでしょう。


ラヴィニア・フォンターナ「アントニエッタ・ゴンザレスの肖像」1595年頃
ブロワ城美術館蔵

女流画家のフォンターナが皮膚疾患である多毛症者のモデルを情愛あふれる母親の眼で捉え描いています。

人としてではなく「ペット」として主人に飼われていた少女を初めて人として描いたのがフォンターナでした。

「画家とモデルがいっしょに創りあげた、幸せな一枚。」

『画家とモデル』【目次】
晩年に得た真のミューズ:サージェントと《トーマス・E・マッケラーのヌード習作》
「飛んでいってしまった」:ゴヤと《黒衣のアルバ女公爵》
母として画家として:ベルト・モリゾと《夢みるジュリー》
守りぬいた秘密:ベラスケスと《バリェーカスの少年》《道化セバスティアン・デ・モーラ》
レンピッカ色に染める:タマラ・ド・レンピッカと《美しきラファエラ》
愛する母をマリアに:ギュスターヴ・モローと《ピエタ》
大王と「ちびの閣下」:メンツェルと《フリードリヒ大王のフルート・コンサート》
伯爵の御曹司とダンサー:ロートレックと《ムーラン・ルージュ、ラ・グリュ》
野蛮な時代の絶対君主に仕えて:ホルバインと《デンマークのクリスティーナの肖像》
愛のテーマ:シャガールと《誕生日》
過酷な運命の少女を見つめて:フォンターナと《アントニエッタ・ゴンザレスの肖像》
真横から捉えた武人の鼻:ピエロ・デラ・フランチェスカと《ウルビーノ公夫妻の肖像》
破滅型の芸術家に全てを捧げて:モディリアーニと《ジャンヌ・エビュテルヌ》
妹の顔のオイディプス:クノップフと《愛撫》
宗教改革家との共闘関係:クラーナハと《マルティン・ルター》
画家の悲しみを照り返す:レンブラントと《バテシバ》
呪われた三位一体:ヴァラドンと《網を打つ人》
「世紀の密会」:ワイエスと〈ヘルガ・シリーズ〉



アドルフ・フォン・メンツェル「フリードリヒ大王のフルート・コンサート」1850〜52年
アルテ・ナショナルギャラリー蔵

中野京子先生の本はこれまでほぼ全て読んできました。「中野節」と言われる独特のリズムで読者を飽きさせない文体もさることながら、あらためて注目したいのが各章の書き出しです。

名画や画家について扱っていると、どうしてもそれらの紹介から文章が始まりがちです。ところが、そこに変化をつけ18あるそれぞれの画家とモデルの物語を、大きなひとつの読み物としてまとめ上げています。

幾つか冒頭部分を引用してみましょう。

「19世紀後半のアメリカとヨーロッパの関係については、ヘンリー・ジェイムズが数々の小説で描いている。」

「華やかなルネサンス期、金を湯水のごとく使うローマ教皇庁にとって、神聖ローマ帝国傘下の領邦国家ドイツは贖宥状(免罪符)を売りつけて富を収奪するための良き狩場だった。」

「19世紀フランスにおける初婚平均年齢は男性27,8歳、女性25,6歳。ただし上流階級だけは別で、財産維持と世継ぎ博帆のため、女性は18歳頃だったという。」


画家とモデル: 宿命の出会い』より。
福岡伸一先生もそうですが、書き出しでぐっと読者をひきつけることの出来る書き手は息が長く、人気の衰えを知らないものです。

勿論、こうした歴史的背景だけでなく、時として詩的で一体何のことだろう?と思わせるリード文のような書き出しもあります。

「眠れる才能がいつどんなきっかけで発芽するかは、運命の女神の廻す車輪次第だ。」

そして、当然直球勝負の回もあります。


ハンス・ホルバイン「ヘンリー8世像」1536年頃
ビーバー城美術館蔵

「16世紀前半のイギリスにドイツ人画家ハンス・ホルバイン(1498-1543)がいなければ、ヘンリー8世の(悪の)魅力が、今に至るまで燦然と輝き続けることはなかっただろう。」

因みに、ホルバインが描いた「ヘンリー8世像」はこれ以外にも同じような作品が複数残されています。
Portrait of Henry VIII

それにしても、画家とモデルという有り体の主題でこれだけ多彩で豊かな読み物を紡ぐことが出来ようとは!中野先生の引き出しの多さ、蔵の深さにあらためて脱帽です。


Andrew Wyeth : The Helga Pictures

そうそう、表紙にアンドリュー・ワイエスのヘルガを持ってくるあたりも拘りが感じられます。唯一まで存命のモデルですからね。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で美術館・博物館が閉館を余儀なくされ、展覧会に足を運べない日々がまだまだ続きそうです。

座して落ち着いて本をとり、感性を研ぎ澄ましながら美術館で展覧会を再び観られる日を気長に待ちましょう。ジタバタしても仕方ありません。こんな時こそ読書です。


画家とモデル: 宿命の出会い
中野京子(著)

生涯独身を貫いた画家サージェントによる黒人青年のヌード。身分違いの女公爵への愛のメッセージを絵のなかに潜ませたゴヤ。遺伝的疾患のために「半人半獣」と呼ばれ差別された少女を情愛をもって描いたフォンターナ。リアリズムの巨匠ワイエスが15年にわたり密会し描いた近隣の人妻。絵に画家が刻み込んだ、モデルとの深淵なる関係。


『新 怖い絵』 (角川文庫)

「著者は、美術評論をエンターテインメントにした!」(佐藤可士和)


Twitter:https://twitter.com/taktwi
Facebook:https://www.facebook.com/bluediary2/
Instagram:https://www.instagram.com/taktwi/
mail:taktwi(アットマーク)gmail.com

この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=5826

JUGEMテーマ:アート・デザイン



読書 | permalink | comments(1) | -

この記事に対するコメント

たのしく拝読しました。
「因みに、ホルバインが描いた「ヘンリー8世像」はこれ以外にも同じような作品が複数残されています。」
というところからリンクをたどりました。
 とても多くの同様の作品があります。
 このようにほぼ同様の作品を複数つくることについての記述はバックナンバーにありますでしょうか。
 あるいは、同様の作品を複数つくることそのものを論じた文章(著書でも論文でもけっこうです。日本語か英語まで)は発表されたことがありますか。
 この部分(複数コピーを共有すること)を勉強したいと思っています。
 お時間のあるときにご教示いただければ」幸いです。
すずすけ | 2020/05/02 4:49 PM
コメントする