青い日記帳 

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旅するノグチ


イサム・ノグチ「黒い太陽

 『イサム・ノグチある彫刻家の世界』(美術出版杜刊)の序文は、バックミンスター・フラーによって書かれている。フラーはそのなかで、飛行機の発明によってこれまで互いに分離されたままにあった民族の文明の歴史的成果は、いまや一つの歴史と地理を目指して統合へ向ったことを指摘している。
 ノグチの誕生は、今世紀の初頭、人類の飛行機の発明とほぼ時代を同じくしているが、このことからフラーは、ノグチの全体を最も美しく形容するであろう旅という言葉をその最初のフレーズに含む、暗示と喚起性に充ちた序文を書いたのであった。
 私はその文を読むかなり以前から、白分の内部でイサム・ノグチの仕事を、ちょうど旅という言葉で言い表わすことがふさわしい憧憬の糸で繍っていたように思う。ノグチの全ての仕事から喚起されるそのような感情は、知的な分析によるものではなく、むしろ直感的なものであったが、フラーの文が私のノグチヘの感情の縁を一層明瞭にした。
 ノグチは旅人である。ノグチの人格に接し、その仕事に触れることは、私にこの世の安全な滞在者であることを止めて未見の世界へ向う道の所在を知らせる。ノグチが旅からもち帰るものはさまざまな形をしており、時には彫刻作品であったり未完の庭園計画であったりするのだが、それらのひとつひとつが私を豊かにし、私の旅の地図には新しい地名が記入されて行く。
 旅の意味は、一つの地点から他のもう一つの決定された地点へ向うその目的性にあるのではなく、その経過の一限定されない人為的な意志によっては制しようもない領域にあるのであり、したがって、真の旅は終ることが無い。私たちが一つの目的地に滞まることを望む時は、表現行為は特権的な美に支配され、旅は全て無意味になってしまう。それにしても、ノグチのように旅しつづけることは容易な業ではない。


樹の鏡、草原の鏡
「樹の鏡、草原の鏡」 より 武満 徹

この作品は東京オペラシティアートギャラリーで開催中の
「武満徹 ─ Visions in Time」展に出展されています。
↓展覧会カタログ(と言うより一冊の単行本)にも載っています。
武満徹―Visions in Time
武満徹―Visions in Time 武満 徹

武満がエッセイを残しているマン・レイ、パウル・クレー、オディロン・ルドン、村上華岳らの作品や、交友があったジャスパー・ジョーンズ、サム・フランシス、宇佐美圭司、堂本尚郎、加納光於、瀧口修造らの国内外の芸術家の作品が紹介されています。


武満徹の音楽
武満徹の音楽
ピーター バート, Peter Burt, 小野 光子
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