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講演会「闘う建築家・安藤忠雄氏と語る」

浜離宮朝日ホールで開催された講演会
〜闘う建築家・安藤忠雄と語る〜「《主題なき時代》をどう生き抜くか」に
参加して来ました。



朝日新聞とメディアに関心のある大学生の共同企画によって実現した講演会。
安藤氏の基調講演は30分ほどで残りの一時間以上を学生さんの企画による
質疑・応答と一般質問に割り振られた「対話型」の講演会でした。

私の感想なんて書く必要全くありません。
安藤氏の言葉はそのひとつひとつに重みが感じられ心に響きます。
以下、できるだけ漏らさぬように書き留めてきました。
いまひとつ文章の繋がりがないのは私のまとめる力の無さです。
ただ、安藤氏の短い一言の中に計り知れない重さを随所に感じられるはずです。

〈イントロダクション〉

1960年代、自分が20代だった頃は国民皆が前を向き、日本の国は元気だった。
それは「豊かさ」を求めていた時代。皆の目が輝いていた。

ところが、次第におかしくなっていった。
お金さえあれば豊かになれると勘違いし、利益だけを追求した結果、経済大国にはなったが、国は次第におかしくなっていった。

そして現在。皆意識が朦朧としているようで、目にかつてのような輝きはなく、
目がボーとしている。
(豊かになった今)「豊かさの中で、豊かさを求めない。」状態。

そして自分の価値観を持とうとしても持てない時代でもある。

〈基調講演〉

若いとき、建築家になろうと思ったが、大学へ進む頭もお金もなかった。
それでも建築家になりたいという希望は持ち続けた。
そして、自分なりにどう勉強したらよいか考えた。

出した結論は「昼は働き、夜は通信教育を受ける。」
目茶目茶頑張った。人一倍努力もした。

その後1965年、23才の時に世界の建築物をこの目で見ておこうと思い旅に出た。
周りの人間は「もうきっと生きて帰ってこない」と諦めていた(笑)

シベリア鉄道でモスクワまで行き、その後、ヨーロッパ各国、アフリカ、アジア諸国を船で旅した。
ここで目にしたものは後々大きな影響を自分に与えた。

日本に戻り、自分の住む街、大阪を見て
「日本人は個性的でないと言われるが、建築物を見ているとどれも個性的。建物を建てる時だけ個性的になる。」

自分が生きている場所に疑問を持たなければならない。

自分が社会に何ができるか。
自分で考えなくてはいけない。

連戦連敗
「連戦連敗」 安藤 忠雄

〈質疑・応答〉(学生さんが事前に準備した質問を安藤氏に問う形式)

【情報との付き合い方】

(学生が今の情報化された時代にどのように自分たちは「情報」と付き合っていったらよいか?との質問に対して。)
「自分で考えろ。」

自分でどのように情報を処理するか。
それは自分の価値観がないと出来ない。

情報はあふれているが、かえって情報がないそんな時代が今。

(因みに安藤忠雄建築事務所はメールを使っていないそうです。必要ないとのこと。)

【学問との向き合い方】

生(ナマ)に先生と話し合うことが大切。
対話の中から得るものがある。

「水平線」というものを知識で知っていても、「水平線」を見たことがなければそれは本当に知っているとは言えない。
知識を肉体化することが大切。

その為にも考える時間を持つことが大切。

自分は社会とのつながりがあるとのことを念頭に置いて、学生の時は、役に立つとか立たないとか関係なしに、学問を徹底的に勉強しておくことが大切。

【個人か社会か】

建築物を計画するにあたり念頭におくことは、社会の中で人々の心に何十年も残っていくものを考える。そしてそれはクラアントや住む人たちとの対話の中でアイディアが生まれてくるもの。(先達が我々に残したものは何か?)

設計は自分のアイディア半分。事務所のアイディア半分。
新しい仕事が来ると自分を含めた事務所内の15人でコンペを実施する。
審査員は自分。そしていつも自分(安藤さん)が勝つ。(笑)

これは笑い話のようだが、どうして自分が勝てるのかというと簡単なこと。
それは「現実と夢」のバランスの中で設計をしているから。
「現実」とはクライアントや現場の声。(これを聞いているのは自分)
「夢」ばかりでは勝てない。

死に物狂いで勉強しその中で自分なりの価値観(良いアイディア)が生じてくる。

語り合いを持つことが大事。表参道ヒルズにしても何年も何年も話し合いを重ねた。

「社会で仕事をするには時間がかかる」(それゆえ、簡単に諦めてはいけない)

【価値観を変える出来事とは】

阪神淡路大震災。
あの時、たまたまロンドン(テイトギャラリー)にいた。

すぐさま日本に帰ると戦後と見まごうばかりの悲惨な状態だった。
これは復興なんて無理だなと正直思った。

ところが数年で復興した。
人々の力は凄いと思ったと同時にやはり自然の力も凄いとあらためて思った。

自然に対するには強度ではなく人々の心。

震災後、半年間は普段の仕事は一切せずに復興の手伝いに奔走した。
現地まで足を運んで毎日のように人々の意見を聞いた。

(東京と大阪)

東京での仕事が多く週に何度も行き来している。(安藤氏は大阪にお住まい)
どうして大阪に拘るのかとしばしば聞かれる。
大阪を離れるつもりはない。(生涯大阪から通い仕事をする。)
それは大阪の街には義理があるから。(駆け出しの自分に初めて仕事をくれたのは大阪。)
義理なんて言うと今の若い人には理解できないかもしれないけど。

2016年の東京オリンピックにも携わることになったが
あれは石原都知事が勝手に自分を指名したもの。
事前に連絡もなにもなく、ベニスでその話を聞いてビックリした。

【遊びの変化】

本来、遊びは自分で探さなくてはいけない。
(モノが溢れ過ぎている。)
「遊ばされる」ているのか、自分で遊ぶのか。

遊ばされるような遊びでは意味がない。

【その他】

美術館・博物館の建物(ハコ)は作りっぱなしではいけない。
作るだけでなく、育てていかないといけない。
建物を建てるだけでなく「栄養」を与え続けていくことが大切。
その為に、積極的に直島や兵庫などの美術館・博物館のボランティアとして出向いている。
もう、そろそろ建物を建てる段階から、育てる段階に来ていると思う。
行政は立てっぱなしではなく、育てる面にもお金を使わなくてはいけない。

自分の建物は自然光、光から希望が感じられる建築となるようにしている。
モノトーンの中に奥行きのある色が感じられるそんな建物。

最後に、今日本はまただんだんと景気が良くなってきているが
こういう時こそ(お金のことだけでなく)色々と考えなくてはいけない。

「どう『豊か』に生きるか?」
「どう自分が社会に参加できるのか?」

可能性というものは自分でつかむもの。
決して諦めてはいけない。

「想い」を持ち続け、自分なりの希望をしっかり持って生きていこう!


学生さんに対してのお話しなのに、ちゃっかり自分も勇気をもらえた
そんな有意義な講演会でした。

CasaBRUTUS特別編集 安藤忠雄×旅 総集編
CasaBRUTUS特別編集 安藤忠雄×旅 総集編
マガジンハウス

自分が大学生の時にはこんな大それた企画を立ち上げることすら
考えもできませんでしたので、安藤忠雄プロジェクト学生実行委員会の
学生の皆さんは立派だな〜と思いました。

ただ、その反面、安藤忠雄氏との対話が出来るというまたとない機会に
恵まれたのですから、質疑・応答もそれこそ安藤さんの仰る通り
もう少し考えて臨んだ方が良かったのかもしれません。
老婆心ながら、もったいなさを感じました。
(これには多少の妬みも含まれます…)

なんて、苦言を呈しつつもこのようなまたとないチャンスに
参加させてもらったことに感謝しています。
実行委員の学生さん、どうも有り難うございました。
感謝。感謝です!



この記事のURL
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=789

日本が豊かになることを目指してきた時代には、家族の役割や企業システムへの信頼感があり、夢や価値観を多くの人々と共有することができました。しかし、1980年代半ばに生まれた私たち、大学生は、バブル崩壊やインターネットの普及、世界各地でのテロの頻発と戦乱の拡大という、かつてないほど変貌する世界のビックバンの中で、人々が共有していた価値観が劇的に崩壊していった時代の子、世代ととらえられています。これからの社会を担っていく私たちが今、意識して考え直さなければならない課題とは何か。旧来の価値基準ではなく、問われている自分らしい選択をする基準、価値観とは何か? 安藤氏との対話を通じて、その答えをさがします。

「建築家・安藤忠雄氏と語る」
講演会 | permalink | comments(7) | trackbacks(1)

この記事に対するコメント

興味深く読ませていただきました。
情報に関する安藤氏の考えは、その通りだと思いました。
安藤氏はやはり勢力的ですね。
コンクリート打ちっ放しは今では広まっていますね。
磯崎新にも興味はあるのですが、難解で・・・。
まるみ | 2006/10/12 2:00 PM
安藤氏には大変興味があります。
本物を見る機会はさほどありませんが、京都にあるTime´s(違ったらすみません)は好きで高瀬川を望むテラスに長いこと居座ります。

上手く言えませんが、彼の“豊さ”がコンクリート打ちっぱなしに通じるのだと思います。
シンプルな中にあっての想像力や自然との融合など…そこに居る人を“豊か”にしてくれるのではないでしょうか?

現代美術が苦手なわたしですが、建築物は大好きです。安藤氏の講演、羨ましいな〜
るる | 2006/10/13 7:55 AM
「連戦連敗」持ってます。読みました。
尊敬してます、安藤氏。
えーっと…、、
安藤氏には顔がそっくりの双子の弟さんがいらっしゃると聞いて、ちょっと笑ってしまいました。
あれ?かなり失礼???笑
nao | 2006/10/13 1:24 PM
@まるみさん
こんばんは。

安藤氏のお話直接に初めて聞きましたが
活字で読むより何倍も迫力ありました。
説得力も。
努力してきただけのことはあり
言葉に重みが感じられました。


@るるさん
こんばんは。

安藤氏はこういった企画にも
積極的に参加してくださっているようです。
作りっぱなしではなく
そのあとどう育てるかが大事だという話を
ご自身で実践していらっしゃるかのようです。

私も建築に関しては全くの素人でしたが
こういう魅力的な方がいることで
次第に興味関心の度合いが深まってきました。

@naoさん
こんばんは。

双子の弟さんがいらっしゃるのですか〜
それはビックリ(@_@。
若いときにプロボクサーのライセンスを
とったりと「一筋縄」ではいかない
建築家さんであることは確かですね。
Tak管理人 | 2006/10/13 5:23 PM
こんばんは
わたしは同じ大阪人として馴染み深く安藤サンと呼ばせてもろてます。
実は建築関係のさるエライさんと懇談したとき興味深い話を聞きました。
「人間安藤より作品が見事だ」というのが東京の建築家の共通した認識だと言うのですね。
関西では逆でして、「安藤サンは考えも人間もすばらしいが作品、もう少しなんとか」というのが大体多いですね。
(世代にもよりますが)
そのエライさんの個人的感想なのか共通感覚なのかは知りませんが、わたしは安藤サンの思想はとても立派だと思います。調和と言うことを凄く深く考えている方だと思います。
昨今の自己満足な失敗作を「無駄ではない」と押し付ける輩に比べて、失敗は失敗だと認めて何とかしようとする姿勢が正しいと感じます。
そんな安藤サンだからこそ、こうして熱心に討論会などにも出られるのでしょうね。
Takさんがこうして出かけられたのがとてもうらやましいです。
がんばれ!安藤サン! ・・・そんな気分で読ませていただきました。
遊行七恵 | 2006/10/13 11:11 PM
遊行さんが、エライさんのコメント(の一部)として引用している内容に興味を持ちました。
> 関西では逆でして、「安藤サンは考えも人間もすばらしいが作品、
> もう少しなんとか」というのが大体多いですね。
大阪府立狭山池博物館で実感しました。
安藤忠雄の建築には、正面入口?に至る長いアプローチを特徴とする建物が多い(多かった?)と、思うのですが、ここは最悪です。「間違ったのか?」と、思うほど難解なアプローチでした(笑)。
企画展に合わせて開催された講演会に行ったのですが、「分り難い」と、文句を言っている人が多かったです。
その文句に、頷いた1人です。

もう一つ、ちょっと話は飛びますが、大阪府立近つ飛鳥博物館の常設は、某建築家(笑)が、変更を許さないとの噂をきいた事があります。(もちろん、展示は学芸員が考えるものだと言う点において、その行動を非難しているわけです。)
たしかに、常設は設備がくたびれた部分を除いて、リニューアルと言うものが、なかったように思う。
近つ飛鳥博物館は、結構、お気に入りの博物館なのですが、その噂をきいた時に「そう言えば、そうだな」と思ったものです。
ここの館長(非常勤で週1だそうです)は、佐倉の歴博にいた白石(太一郎)先生です。(現奈良大教授)
行事予定を見ると、安藤さんが呼ばれる事もあるようです。白石先生が館長になってから、多いかも知れない。

組織のトップが非常勤と言うのは、博物館や美術館くらいかも知れない。結構、多いと思いますよ、有名教授の非常勤。

某国首相も非常勤だったらよかったのになぁ(笑)。
鼎 | 2006/10/14 1:35 AM
@遊行七恵さん
こんにちは。

>関西では逆でして、「安藤サンは考えも人間もすばらしいが作品、
>もう少しなんとか」というのが大体多いですね。

私の知人で関西に御住まいの方も
まさに同じようなことおっしゃっていました。
その時は、確か兵庫県立美術館について
話しているときだったと思います。

私は建築の良し悪しについては
良く分からないのでなんとも言えません。

ただ、今回の講演会が建築の話ではなく
ある種「生き方」のような内容だったので
深く共感できるものがありました。

ちょっと今まで安藤さんとは「距離」が
あった自分ですが、これで一気にお近付きになれた気がします。

@鼎さん
こんにちは。

鼎さんはほんと、行動範囲&趣味の範囲が広いですね。
感心してしまいます。いつも。

今回の講演会は学生さん相手だったこともあり
肩の力抜いてお話になれた分、笑いも随所に
取られていて、とても面白かったです。
ご機嫌だったのかな?

大阪府立近つ飛鳥博物館なんて存在自体知りませんでした。
今、webで検索してざーーと見てみましたが
ここも安藤氏の設計によるものなのですね。

建築家さんてよく分かりませんが
かなり我が強くないと仕事成り立たないのでしょうね。
それはどの職業でもいえることかもしれませんが。

谷口氏なんて椅子の置く位置まで指定して
あの法隆寺館作ったそうですからね。

>組織のトップが非常勤

これで組織が運営できてしまうことが不思議ですね。
いてもいなくても一緒だよ。という意見もあるかも
しれませんが、どちらにせよ非常勤とは。。。
肩書きが必要な世界は大変ですね!
Tak管理人 | 2006/10/14 11:02 AM
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 副題は「会社を休んで59日間 地球一周」とある。  大学を出てフリーターをしながらお金を貯め小さな会社をつくった30代後半の男。一生懸命働くものの不景気も手伝い気持ちは空回り。ちょっとした出来事がきっかけとなり、突然、仕事を放り出し、大学時代以来2
『いつかモイカ河の橋の上で』 中野吉宏 著 (第三書館) | エルミタージュ図書館 | 2006/10/12 12:14 AM